路地裏のメリークリスマス
美澄 そら
路地裏のメリークリスマス 1
セックスのあとの、愛おしいだるさが好きだった。お互い裸のまま寄り添って一つの布団に包まれていると、不思議と幼い頃に戻ったような、懐かしくて、温かくて、切ない感情でいっぱいになる。
レンの汗と香水の混ざった、優しくて甘い匂いは、ゆるゆると夢の中へと意識を運んでいく。
そのまま
「――結婚しよう」
驚いて、飛び跳ねるように起き上がって、レンの顔を見た。
「リホ?」
一体、その時のあたしは、どんな表情をしていただろう。レンは驚いた表情から、悲しげな表情へと変わっていった。
「ごめん、考えさせて」
まだ、冬の気配すらない。ハロウィンの前のことだった。
レンと一緒に住んでいた東京から、逃げ帰るように実家に戻ってきたリホは、とりあえずバイトをすることにした。
「お疲れ様でしたー」
「ああ、リホちゃんお疲れ。クリスマスなのにありがとうね」
髪が薄くなってきたのを気にしている店長は、疲れた顔で労ってくれた。
「どうも」
この時期は休みたがる人が多いため、二つ返事で引き受けたリホを店長は気遣ってくれているらしい。
「これ、よかったら食べて」
チキンを二つと、二個入りのショートケーキを差し出された。
二個というところに引っかかりはあるが、厚意は丁重に受け取った。
いつもの缶チューハイを二つとドリップマシーンによる挽きたてが売りのホットコーヒーを買って、リホはコンビニを後にした。
実家の近くにあるこのコンビニをバイト先に選んだのは、距離が近いからだけではない。道路の反対側にある結婚式場を見るのが好きだったからだ。
西洋のお屋敷を思わせる建物に、道路に面した小さな前庭には大きな針葉樹と噴水がある。
冬に入ってからはイルミネーションが飾られて、冬の重たい暗さの中で小さくて柔らかな明かりが宝石のように輝いている。女の子なら誰しも一度は憧れる光景だ。
時折新郎新婦が写真を撮っていたり、お客さんが談笑していたり……そんな姿をコンビニのレジから遠巻きに見ていた。
その度に、レンの言葉がやけどのようにジリジリ痛む。
リホも結婚をしたくない訳ではない。結婚をするならば、レンしかいないと思う。
彼のことを本気で愛しているし、これから先もずっと一緒に居たい。
ただ、シンプルに考えられない自分がもどかしい。
先程店長に貰ったチキンにケーキ、缶チューハイをトートバッグに仕舞い、左肩に掛けて、空いた左手はモッズコートのポケットに突っ込んだ。
暖冬だと今朝の天気予報で言ってはいたけれど、最近急激に寒さが増してきたせいで、リホはまだ慣れずにいた。
バッグの中からストールを出そうか迷って、帰るまでは大丈夫かと辞めた。
右手に持ったブラックのホットコーヒーを啜りながら、式場のイルミネーションを眺める。
今夜挙式するカップルでもいるのだろうか。夜の七時を回った頃だが、式場は煌々と明かりを点している。
――綺麗だなぁ。
リホは冷めてきた苦いだけのコーヒーを飲み干すと、帰路についた。
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