第ニ幕『動』

(2-1)相変わらず・・・

天ノ矢剣心は道場で一心不乱に剣を振るっていた。

今までは木刀を振るっていたのだが、今は実戦を想定して両刃の西洋剣を振るっている。重たいその剣を振るう様は、流麗にして豪快。流れる汗ですらきらめきを持つ。見るものを虜にするその所作に対して、本人の顔はいつになく渋かった。


「はぁはぁ、これじゃあ、これじゃあ!!!」


力が入る。綺麗だった剣舞は、次第に獣じみた気迫に変わり、乱れに乱れる。

昨日も一昨日も、そのまた前日も、彼は手痛い敗北を喫していた。


ダンジョン。

突如現れたそれは、生活に変化をもたらした。

産出される鉱石も討伐された魔物の素材も、どれもが生活に革新をもたらすことが判明。そして様々な利権が重なり合い、命を失う覚悟をしたものだけがダンジョンに潜ることを許可された。それが半年前。


今やものすごい勢いで増加する攻略者は、新しい生活を築くのに必須な存在と化した。未だ供給が需要に追い付かない現状で、天ノ矢剣心はとある事情から攻略者になることを決意したが、天才だった彼はここ最近くすぶっていた。


敵があらゆる意味で強すぎるのだ。一対一、または勉学のような点数で表されることに対して、剣心は無類の強さを誇っていた。だがしかし、ダンジョンは数の暴力や、人ひとりではどうしようもないほど高い戦闘能力を有する魔物が跋扈していた。

普段の彼なら、届かない高みを目指さず、すぐに違う道、もっと言えば自分を有効に使える道を行っただろう。しかし、今は違う。一人の存在が自身に道を違うことを許さなかった。


故に剣を振るう。何度も何度も剣を振るい、今までで一番努力をしていた。天心一刀流を剣一本の武術として昇華させ、それでもなお剣を振り続ける。


すべては親友に並ぶ為。


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数時間後。剣心は仲間を連れてダンジョンに潜っていた。連日のアタックは体に疲労を残したが、それでも仲間がいるのだからそれらは些末なことだ。


それよりも目的の達成が最優先。回収依頼を受けてから早数日。とあるダンジョンの目的地である三層で、彼らは足止めを喰らっていた。


「各個撃破作戦は上々のようね。剣心、疲労の方は大丈夫?今日は走りっぱなしだけど、もう少しいける?」


「はは、当たり前だ。俺はこの中で一番強いからな。これくらい朝飯前さ。」


「・・・強いのと体力はまた別物だと思うけど。まぁいいわ、それじゃみんなもお願いね。私は集団の真ん中にをぶち込むわ。」


そう指示を出すのは、攻略者の中でも稀有な存在。魔法と呼ばれる神秘の法を操る才女、柳日向やなぎひなたは、パ―ティーを組んで長い剣心の様子を見てため息を吐いた。


確かに、大丈夫なのだろう。体力面は。

だがしかし、彼の目には目の前の敵が映っていない。だからこそ依頼を達成できないとわかっているのだが、それを本人に伝えるほど、日向は優しくない。それは自分で気づいてこそ意味があるのだ。それならば他人である自分が関わる意味はない。


散開するパーティーのメンバー。皆同じ高校の出身で、現在は大学に通いながら、日々の依頼をこなしている。大学側も、勉強とダンジョン攻略を両立できるカリキュラムをいち早く組んだところに入学しており、それらが相まって彼らはこの若さで三層進出という最年少記録を樹立した、もっとも現在三層を攻略しているほとんどが半年から一年での到達だったことを考えるとそれほどすごくは無いのだが。


ともかく、三層で発見された花、小鬼の心臓と呼ばれるそれの採取依頼を受けたこのパーティーは、いつものごとく依頼をこなしながらレベリングを済ませられると思っていた。しかし、それはかなわない。小鬼、つまりゴブリンの集落の周りに咲く花は、必然的にゴブリンとの接敵が必須なのだ。そして、最近ゴブリンの集落には一層の階層主にも認定されるほどの強敵、ゴブリンキングが住み着いた。単体ならレベル3以上ときちんとした連携さえあれば容易い相手なのだが、手下を従えているとその脅威度は劇的に上がる。


とにかく厄介なのだ。ゴブリンキングは配下のゴブリンの能力値を底上げし、さらにホブゴブリンへの進化を促す。そして軍隊を作ると、恐ろしい連携と数の暴力で攻略者を圧倒する。ここ数日、命こそ助かっているものの、花を手に入れることはできず、半ば依頼達成を諦めていたところだった。


今回の作戦が上手くいかなければ、依頼を諦めるしかない。だからこそ、剣心は全力を賭しているし、日向も作戦の見直しや改良を何度も行っては全体に共有している。


今回の作戦は敵の厄介な点である集団戦を避け、数匹をおびき出し、殲滅を繰り返すというものだ。ゴブリンキングやホブゴブリンの足止めは私が集落に魔法を定期的に落とすことで行い、あわよくばホブゴブリンの討伐を目論んでいる。剣心は敵を惹きつけつつ数を減らす役で、そのため体力の消耗が一番激しい。だがそこで弱音を吐かないのが剣心だ。そこは信頼している。しているからこそ、気になってしまうのだが、それに気づけるほど、日向は人間関係について詳しくはなかった。


何度目かの攻防を繰り返し、そろそろ敵も集落の周囲で蠢く集団に気付く頃だ。そう思って日向は魔法の狙撃ポイントと決めていた場所まで移動し、魔法を練り上げる。


周囲に満ちるマナが己の描きたい魔法を形作るのがわかる。こうした感覚器官を持ち合わせていなければ、魔法を放つことができない。さらに言えば魔法を形作る為には想像力と知識、それらを高度な次元で組み合わせなければならず、結果として魔法を使うものは少なくなってしまうのだ。


実は彼女。ダンジョンが現れた直後から攻略をはじめ、ずっとソロで戦い続けた猛者である。その頃培った経験と魔法の下地が現在の彼女を作っていて、彼女に比肩する魔法使いはほとんどいない。ダンジョン内において彼女の魔法は一流だった。


卓越した知識、それを持っているのは誰しもがわかっていた。何せ剣心が学力では勝てないと白旗を上げた人物こそ彼女だからだ。仲間内で彼女より知識があり頭の回転も速いと言えるものは一人もいなかった。


だが、同時にこうも思う。彼女に卓越した想像力があったなんて、と。

だがそれこそ勘違いだ。彼女の想像力は半端ではない。


世の中の魔法教本とされる一冊の本がある。今までは良くできた空想だった。だがしかし、ダンジョンが現れたことによって、その本は魔法に目覚めたものの魔道書グリモアとなったのだ。様々な系統の魔法が羅列され、挿絵も一流。事細かに現実で再現するにはどうしたらいいか、科学に基づいて書かれたそれはまさに至宝。もはや魔法を作り上げたと言っても過言ではないその作者こそ、柳日向なのだ。


そう、彼女は正真正銘の―――魔法少女なのだ。


「ふふ、いくわよ。『大地に突き立つ一筋の柱。野を焼く炎、眼に焼き付く光。数多の衝突、交差を経て、昇華されるは金色の稲妻。天災来りて、空を裂く。歌え、穿て―――絶歌雷招ぜっからいしょう』」


一瞬にしてゴブリンの集落が落雷の嵐に見舞われる。音速を超えたその攻撃。それも多数の落雷を受けた地面はリズミカルに破壊の音楽を奏でる。そして直撃を受けたもの、側撃雷を喰らったもの達が奏でる悲壮なる歌声が音楽に華やかにする。


終焉を迎えた舞台は静けさに包まれた。感動のあまり涙を流すものまでいる。それが心を震わされたという意味合いなのか、怒りで溢れた心の叫びなのかは置いておこう。


日向は即座に撤退する。そこにいる意味はないからだ。ゴブリンキングはこれくらいじゃ死なない。そもそも魔法に耐性を持っているのだ、けろっとした顔をして標的にされたらたまったものではない。森を駆け抜け、次のポイントへと急ぐ。


剣心たちもゴブリン達の数を順調に減らしていた。その中でもやはり目覚ましい活躍を見せるのが剣心だった。一つ振るえば四肢が飛び、二つ振るえば首が飛ぶ。一騎当千の活躍を見せる剣心をカバーするように、短剣や槍を持った男女数名が援護と死にかけの息の根を止める役を担っていた。この半年で完成された連携はなかなかお目にかかれるものではないほどに高みを極めていた。


そうしてあらかた殲滅し終わったところで、異変を感じる。


「剣心、なんかさっきからゴブリンばっかりじゃないか?最初の方は少なくとも一体はホブゴブリンが混じってたと思うんだが。」


「確かに、ここ数回は全部ゴブリンだけだったな。だとしたら集落に戦力を割いたのか?それなら日向の思うつぼじゃないか。そこまでゴブリンキングはバカじゃないだろう。現に初っ端で集落に魔法を叩き込んでるんだ。二度目がないとどうして言い切れる?・・・まさか、皆、急いで日向のもとに向かうぞ!」


剣心の脳裏に閃いた、最悪の想定。

それが当たらないことを祈りながら、日向が設定した集合ポイントに駆ける一行。不安は次第に恐怖へと変わっていった。全員の脳裏に、日向の死が過る。


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集合地点が近づくにつれ、戦闘の音が大きくなっていく。時折響く爆発音は魔法のそれ。よかった、日向は生きている。そうであるならば一刻も早く駆けつけて参戦するしかないだろう。そう考え剣心は単身速度を上げる。先行して敵の背後を突こうという考えだ。


疾走すること数秒。瞬く間に目的地へとたどり着いた剣心を待ち構えていたのは、ホブゴブリン数体と配下のゴブリン数十匹。それも完全にこちらの動きを予測し待ち構えるように陣を形成していた。


そしてその向こうで、ホブゴブリン数体とゴブリンキングを相手に奮闘する日向の姿が見える。その体はボロボロ。大小の傷を受け、息が上がっており、むしろ致命傷を避け経戦し続けていることにこそ驚くほどに劣勢だった。


ここにきて自分たちの考えが甘かったことを知る剣心たち。敵の戦力を見誤っていた。敵の知能を下に見ていた。なにより単独行動を許してしまった。彼女に対する信頼が、大きすぎたのだ。もはや魔法を放つほどの体力もないのか、杖を必死に操り、防戦一方の日向。剣心は血相を変えてゴブリンの群れに突進する。


はじけ飛ぶゴブリン。しかしその背後からホブゴブリンがぬらりと姿を現し、剣心の勢いを受け止める。そしてその隙にゴブリンたちが剣心に魔の手を伸ばした。


と、そこで遅れて仲間たちがやってくる。走る勢いそのままにゴブリンの群れへと突撃し、剣心の背後を守るように布陣を完成させる。これでホブゴブリンを剣心が、数が多いゴブリンを仲間たちが担当する形となった。


しかし、如何せん層が厚い。ホブゴブリンの後ろには複数のホブゴブリン、さらに足元には未だ数多いゴブリンが蠢いている。小鬼たちは群れると恐ろしい。奪うことに真摯なのだ。命を欲している。純粋な殺意が知恵となって剣心たちに襲い掛かる。


一方、日向は冷静に戦力差を分析していた。そして後一発が限界であろう魔法の行使、そのタイミングを計る。すべては仲間を逃がす為。自身が生き延びることはとっくに選択肢から外していた。それほどに、ゴブリンキングは強いということ。


絶え間なく撃ち込まれるホブゴブリンたちの石剣。そして間隙を突くようにゴブリンキングの重い一撃が日向の命を奪い去ろうとする。必死に抵抗するも、杖一本ではまともにゴブリンキングの攻撃を受けこともできない。


だからこそ、マナを練り上げ、彼方で攻防を繰り広げる剣心たちの退路を作ろうとしているのだ。そして猛攻が一旦止む。彼らは時折攻防の手を止めて包囲を作り直すことがあった。そしてその隙を突いて日向が仕掛ける。


「皆!私が吹き飛ばすからその隙に逃げて!」


大声で声を掛けた後、魔法を一気に形成し、発動の祝詞を唱え始める。しかし、思いは簡単には交わらない。


「日向!お前を置いてはいけない!!!」


なんと剣心がホブゴブリンの攻撃をその身で受けつつ、強引に壁を突破したのだ。

これでは魔法を放ったところで逃げることは出来ない。急速に崩れる日向の計画。


「な、なにやってるの!あたしを見捨てるのが最良でしょうが!」


「うるさい!日向は仲間だ!仲間を見捨てるのは俺の流儀じゃない!」


「変なところで、こだわらないでよ!このわからずや!」


必死で覚悟を決めたのに、それを無に帰す男の所業。涙目になりながら必死に訴えかけるその姿を見た剣心は、勘違いをした。


助けを求めているのだと。


そして単騎でゴブリンキングに突撃を敢行する。それが敵の狙いだとも知れず。


にやりと笑うゴブリンキング。直後横の林からホブゴブリン数体が剣心めがけ踊りかかった。剣心はゴブリンキングに向けて全力で走っていたため迎撃態勢がとれない。


全員の思考がゆっくりと流れていく。まさかの伏兵。絶体絶命のこの状況。打破することはできない。なすすべなく最高戦力を失うのか。天は無慈悲だと誰かの心がそう叫んだ。


だからこそ、幻想の灯火が閃いた。その絶望を勝利の喜びへと変えるために。


「がぁあああああああ!!!!」


獣のような雄たけびを上げ、林を突っ切り恐るべき速度でホブゴブリン数体を纏めて屠る。赤く迸る残像の線。怪しく光る宝玉を携えた斧が、悪鬼を討ち取った。


そして翻り、ゴブリンキングへ接近。応戦し振るわれたシミター。それを持つ腕が瞬く間に切り落とされる。驚愕に染まる鬼の王の表情。だがしかし、次の瞬間には反対側の腕が切り落とされていた。何が何だかわからない。眼が追いつかない。見えない恐怖が全身を襲う頃には、一歩無意識に後退をしていた。


そして、戦意を失った鬼の王は、あっさりと断頭される。


転がる頭部。吹き上がる血煙。


黒に染まった何者かは、そのまま次々とホブゴブリンを屠っていった。なんという暴力の嵐。まさに修羅。鬼神が舞い降りたと全員が錯覚した。


片手に日本刀。片手に凶悪な斧。

真っ黒だと思っていたその服は、うっすらと赤みを帯びていた。血だ、血を浴びているのだ。だからこその黒。血を啜った黒がそこに立つ。


戦場が静かになったその瞬間、その怪物の名前を、剣心は思い出した。


「おま、嘘だろ。・・・・・・勝利。」


名前を呼ばれた男はすっと剣心の方に振り返る。屈託ない笑顔で、軽い調子で手を上げる。


「よっ、あんま無理すんなよ。こんな危ない戦いじゃこの先が思いやられるぜ?」


捲ったその腕には、驚愕の数字が浮かんでいた。




不知火勝利。現在『Level.6』。




剣心の心に、ヒビが入った。それがこれからどうなるのか。殻を破るためのヒビなのか、それとも崩壊の序章なのか。まだそれは、わからなかった。


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To be continued



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