負け続けた男のダンジョン奮闘記ーもう絶対に負けないと決めた男ー

必殺脇汗太郎

第一幕『始』

(1-1)負け続けた男、その名は・・・

「また負けたか。くっ、つくづく俺の才能の無さには驚かされるよ。」


「何言ってんだ、お前の努力だって、誰も真似できねーよ。だから、辞めるなんて言うな。」


「はは、わりーな。こればっかりは俺にもどうしようもない。親父が倒れたんだ。だから、実家を手伝わなきゃいけない。」


「はぁ!?どうしてそれを先に言わないんだ!」


「それ言ったら、お前が手加減するかもしれないだろ?負けるのは嫌いだが、手加減されるのはもっと嫌いなんだ。ありがとう、現状お前にはどうあがいても勝てないって解っただけでも儲けもんだ。それじゃ、な。」


親友の天ノ矢剣心あまのやけんしんに別れを告げて、道場に備え付けられている更衣室を後にする。もう二度とこの汗臭い香りを嗅ぐことがないと思うと、背負う荷物がほんの少し重く感じられた。慣れ親しんだ場所というのは、それが例え男くさくて堪らない場所であっても愛着を感じずにはいられないものなのだな。


天心一刀流。長い歴史を誇る道場で、剣心の家系が代々師範を務めている。そして俺は体を鍛える為、そして何より親友に勝つためにこの道場に入門した。


・・・したはいいのだが、やはり俺の親友はいっそ恐ろしいと感じてしまうほどにだった。


幼いころから文武両道を極めたような化け物で、それでいて容姿はアイドルも裸足で逃げ出すほどに整っていた。周囲はいつも花が咲き乱れているかのように活気に満ち溢れ、男女ともに人気が高い。俺の容姿は正直大したことないし、身長もありがっちりとした体形の為どうしても同級生から一歩引かれてしまう。ぶっきらぼうな話し方もそれに拍車をかけているようだ。


どうしてそんな奴が剣心の親友なのかというと、生まれた病院から通う幼稚園、そしてその後の学校すべてにおいて一緒だったからという理由だ。俺は勝つことが好きで、負けることが嫌いなのに、ただそれだけは己のことを理解していたのに、天は俺に勝つことを許しはしなかったようだ。だからって剣心のことは嫌いにならないが。


体格は正直俺の方が勝っている。筋トレだって並み以上にしてきた。おかげで体だけは成人男性と張り合えるほどに仕上がっていたが、それでも運動という面で俺は剣心には勝てなかった。そしてもちろんだが勉強も勝てた試しはない。体格差をものともしない才能が、何もかもを俺より一つ上の段階に押し上げていた。


さらに言えば俺は覚えがとにかく悪かった。

人の数倍、数十倍努力しなければ何一、頭や体に覚えさせることが出来なかった。それでも、諦めなければ大抵の人間は追い越せた。努力は裏切らない、そう感じた俺はより一層努力するようになった。一種のゲームのような、レベルを上げて敵を倒していくその感覚に似ていて、俺は勝つことの楽しみを味わうため己を鍛え続けた。高みを目指し、それと同時に親友の背を追いかけ続けた。必ず追い越せると信じて。


だがしかし、最後の超えたい壁を前にして俺は、努力は必ずしも裏切らないわけではないことを痛感した。何をしても追い越せない。どうあがいても奴が少し努力するだけで俺の数歩先を悠然と歩いて行ってしまう。俺の最大の壁は常に高く成長し続けた。


だがまだ諦めない。

いつか必ず勝てるのだと信じ、俺はさらなる努力を重ねる。

今までの数倍の鍛錬と勉強を己に課した。成績は剣術も学業もどちらも急激に伸びていった。ようやく壁を乗り越えられるか、そう思った時。その壁の向こうに更に高く分厚い壁があることを知って、俺は絶望した。

親友は俺のぶち当たった壁の遥か向こうに城壁を築き上げていたし、勉学に至っては、親友ですらも越えられない、遥か高き山脈が聳え立っていたのだ。驚愕した。完全なる敗北とはこのことかと。そしてよりにもよってそれを親友以外の人間からも味合わされるとは思ってもみなかった。それが高校一年の夏。


そしてそれから俺は一度たりとも勝つことなく、二年の時を過ごす。


不知火勝利しらぬいしょうり。それが俺の名だ。そして陰で揶揄されている原因にもなっている。


曰く、「何が勝利だ。」

曰く、「剣心のおまけ。」

曰く、「諦めの悪い敗者。」


常に心が、折れかかっていた。

何度となく、努力を諦めようと思ったことだろう。


それでも俺は折れなかった。それはなぜなのか。


答えはすでに分かっている。

諦めずに己を鍛え上げてこれたのは、誰でもない、親友が俺に向き合ってくれていたからだ。どれだけ実力が乖離しても、どれだけ立場が変わろうとも、剣心だけは俺に全力でぶつかってきた。全力で俺を蹴散らした。まだできるだろう、あきらめるのか、勝ってみせろ。そういう心が伝わったからこそ、俺は折れずにやってこれたのだと思う。いつもいつも折れそうになる度、親友は勝負を持ちかけてくる。普通の奴からすればそれは追い打ちと呼べる行為なのだろう。


だがしかし俺にとっては違った。


その真摯な思いに、俺は素直に応えたかったのだ。だからこそ、俺はその気持ちにがむしゃらにぶつかってこれた。正々堂々、正面から挑み続けられたのだ。俺は剣心に感謝し同時に、道場から、学校から去れねばならないことを申し訳なく思っている。だが決まってしまったことは仕方ない。それに道場に、学校に通わなくても努力することは出来る。それならば俺のやることは変わらないだろう。


あと、折れずにやってこれた理由が、実はもう一つある。


「おい!勝利!待ってからな!お前が俺に挑んでくるその日まで、俺は強くなり続けるからな!だから、だから!」


「ああ、わかってる。知ってるだろ、俺は、なんだ。そしてなんだ。・・・絶対に超えてやるさ。」


「・・・ああ、待ってるぜ。」


急いで駆けてきたのだろう、未だ防具を身に着けた状態の剣心が、門から出ていこうとする俺を呼び止めた。そして、どこの少年漫画だよとツッコミが入ってきそうな会話を繰り広げ、再会を望む言葉を交し合う。しばらくは顔を合わせることもないだろうが、大丈夫、俺もあいつも互いを忘れたりしない。俺はまだ強くなれる。そして必ず勝つ。そう心に決めて、帰りのバスへ乗ったのだった。


____________________________________________________________


異変に気づいたのは、いつもと同じ、揺れを感じる程度の地震が収まった時だった。


「ん?音したよな?畑、見に行くかぁ。」


俺の家の周りは所謂田舎だ。のどかな自然広がるこの土地は夜になるとかなり薄暗くなる。そして土木の会社を営んでいる父が暇な時間を費やした畑が裏庭にあり、そのすぐ後ろにちょっとした山がある。なので小規模な土砂崩れが起きると畑がダメになってしまう可能性があり、何かが崩れる音を聞いた俺は念のため確認に出ることにした。


「グギャ!」


玄関を出て裏手に回り、視界が悪いため、スコップと共に懐中電灯を物置小屋から取り出した直後、変な鳴き声と一緒に俺の腹に硬い何かがぶち当たった。


「ぐふっ!」


全くの不意打ちだったため、もろに内臓を揺らされた俺はあまりの痛みに体をくの字に折り曲げてしまう。


「ギギャ!」


またしても変な声とともに何かが頭上から振り下ろされる。

鍛え続けた俺の体は反射的に受け身を取りながら横に転がり、痛みを堪えながら正体不明の敵に体をむけ構えをとった。


そして目撃する。全身を黒に染めた、小さい子供のような醜悪な生物を。


「ギギャギャギャ!」


転がった俺の挙動を見てあざ笑うように声を上げるその生物。それを見て俺は直感的にとある名前が頭に浮かんだ。


「おいおい、ゴブリンは緑色って、相場が決まってんだろうがよ。」


あまりライトノベルやファンタジー作品に触れたことのない人間でも知っているかもしれない名前とその容姿の情報。それと酷似した生物を前にして、最大の特徴である体色、その一点だけが違うせいでついツッコミを入れてしまった。


「いや、いくらなんでも、でも実際、ああ、もう!わけわかんねーな!」


強くなるためにいろいろなものに手を出していた俺は、娯楽にも一通り触れていた。そしてライトノベルというものにハマった俺は、そこで頻出する生物、ゴブリンに似た生物が目の前に現れたことに驚愕し、狼狽える。


「ギギャァァァ!!!」


目の前で狼狽えだした生物に苛立ったのか、牙をむき出しにしてこちらへと突進してくるゴブリン。その手には石でできたこん棒が握られており、先ほどの腹への一撃はどうやらあのこん棒によるものだとわかった。敵意と得物。その二つによって俺の思考はとりあえずぶっ倒すという結論にたどり着き、急激に沸き立った脳を冷やしていく。


「なめてんじゃねーぞ!素人同然のてめーに、負けるわけないだろうがっ!!」


なんの意図もなく左から横なぎに振るわれたこん棒を一歩引いただけで交わし、即座に振りぬかれたその腕に、持っていたスコップを叩きつける。どんだけ痛い思いをしたって得物は手放さないという教えはきっちりと体に染み込んでいた。再度言わせてもらう。


なめんなよっ!


そして即座にスコップの柄で相手の顎をかち上げ、のけ反ったところにダメ押しの一撃。スコップの刃の部分を立てて、頭に突きこむ。慣れない得物の為、狙いが若干ぶれ、刃の部分は首に吸い込まれていく。


「ガッブシュッ!」


悲鳴に血が混じり、不快な音を立てて数歩後ろによろめくゴブリン。そして人形のようにその体は地面に力なく倒れていった。


「・・・ふう、やっと倒れてくれ、ッッッ!!!」


戦闘が終わり、相手の命が完全に途切れたのを確認し、力を抜いた瞬間。

炎で焼かれているような鋭い痛みと燃え滾る熱さが全身を駆け巡り、膝をつき、それでも足りず地面に倒れて痛みに悶える。


「あがぁぁぁぁぁあああああ!!!」


近所迷惑など考える暇もなく、痛みに耐えるため声を上げる。こういう時は意外と声を出した方が気がまぎれることを経験として知っていたため、盛大に声を出して悶えていると、痛みの中心、最も痛みの集中している箇所が解ってきた。


「ぬぉぉぉぉおおお!!腕!焼けてやがる!」


ジュジュジュという音を鳴らし、何やらミミズが這ったかのような痕を付けながら肌が焼かれていく謎の現象を視界にとらえたとき、俺はさらなる驚愕に見舞われた。


「なぁっ!レベル、1、だとッ!」


未だに何かを腕に刻み続ける謎の現象は我慢するしかないが、それよりなにより刻まれたものが問題だ。レベル1?なんだそりゃ、これじゃ、まるでゲームの世界みたいじゃないか。


徐々に痛みが治まってきたことで思考が一気に加速する。


ゴブリン。急激な体の痛み。そしてレベルの文字。

魔物と、レベルアップの影響と、上がったレベル、そう考えればこの現象の大体の流れを推測することが出来る。


そこで俺はその答えを見つけるべく、視線を裏庭、続いてその向こうの山肌に向ける。

小さい足跡の列が一つ、畑に刻まれており、途中で育てていたトマトが無残にも一つもぎ取られ地面に打ち捨てられている。そしてその足跡の出所、山肌にぽっかりと空いた空洞が、俺の視界に映り込んだ。


「・・・もしかしなくても、ダンジョン、だよな。」


日々の鍛錬の癒しとなっていたライトノベルからの、浅い知識からでも推測できるこの現象。魔物にレベルときて、そこにはいかにもといった感じの洞窟。


「はは、まさか裏庭にダンジョンができたので、なんて展開を体験することになるとは。思いもよらぬことも、あるもんだな。」










いろいろ考えた結果。


俺はありったけの道具や、使わなくなって物置にしまっていた家具などを力づくで動かし、洞窟を完全に塞いでから寝ることにした。


「ポチ!異変を感じたら必ず吠えるんだぞ!」


「ウウウ、ワン!!!」


普段は家の中でお留守番しているポチを外に連れ出し、使わなくなった犬小屋にいれた後、寝袋を引っ張り出してきて外で寝ることにした。よかった、母さんは今父さんの付き添いで病院だ。この奇行で咎められることもない!


こうして不知火勝利の、ダンジョン攻略の日々が、始まったのだった。


____________________________________________________________


『速報です。現在、各地で謎の洞窟や穴が大量に発生し、そこから、なんらかの生命体が出てきたのを確認したとの報告が入りました。詳しい話はまだわかっていないですが、狂暴な生命体が複数確認されており、大変危険な状態となっている様です。市民の皆さんは自宅で待機し、洞窟や穴に不用意に近づかないで下さい。繰り返します、現在、各地で・・・』


各放送局が一様に今舞い込んできたニュースを告げていく。繰り返し、繰り返し。


世界は震撼し。


ダンジョンが、産声を上げた。

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