第4話 勇者一行の晩餐
勇者一行は森の中で
剣聖と勇者は弓矢を持って森の中に消えたと思うと、すぐに戻って来て、その両手には山鳩と
旅を住み処としている勇者たちが、毎日行っていることであった。門番の少年が、雑用としてできることは何もなかった。
勇者たちの乗っている馬は、水場で水を飲み、草をむしっていた。馬は、体格も立派で、村の農耕馬とは違っていた。門番の少年の四倍以上の重量の荷物を運ぶことができた。
「遠慮しないでくださいね」と聖女が門番の少年に碗を差し出した。スープは煮上がっていた。勇者たちの晩餐が始まった。
「どうだ、坊主。美味しいだろう? こいつは料理が上手なんだ。聖女にしておくのがもったいないくらいなんだぞ。食亭をやった方がよい」と剣聖が革袋に入った葡萄酒を飲みながら言った。
素朴な塩味の料理でありながら、野草が見事に使われたスープだった。でも、どうして聖女様が料理をできるのだろうか、と少年は思った。
「王都で孤児の方々への炊き出しをして覚えたのです。お口に合いましたか?」と疑問に答えるように聖女が言った。
「美味しいです」と門番の少年は答えた。「そうですか」と聖女は笑みを浮かべた。
「聞いてくれよ、坊主。俺の嫁になれと言っているのに、こいつは断りつづけるんだよ」
「私は既に神の花嫁となったのです。あなたにはそう何度も申し上げていますが」
「こんなに美人で料理が上手いのにだぞ? どう思うよ、坊主」
「……僕に話を振られても……」と、剣聖に話を振られた門番の少年は困った。
スープは美味しかった。鍋の中身はあっという間に、勇者たちと、そして門番の少年の腹の中へと消えた。門番の少年は、お代わりをしたかったが、鍋にはすでに何も残っていなかった。
「ごちそうさまでした」と少年は言った。食事のあとは、焚き火を囲み、勇者たちがこれまでどんな冒険をしてきたのかを聞いた。獅子の頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ魔族を倒した話。山よりも巨大な魔族を倒した話。勇者たちが救った村の数々。門番の少年が幼いときに聞いた英雄譚のような話であった。
「どうして私たちが今日のうちに村を出発したのかお分かりになりますか?」 と聖女が門番の少年に突然尋ねた。考えて見れば不思議な話だった。勇者たちは村のもてなしを固辞してすぐに出発をした。しかし、この場所はまだ村から遠く離れていない。五刻ほど移動しただけだ。村に泊まり、そして早朝出発してもさほど変わらない。野宿をする必要もなかったし、食事も沢山用意されたであろう。
「分かりません」と門番の少年は言った。
「そりゃあな、坊主。俺たちだって魔族と戦えば怪我をするし、疲れるからだ」と剣聖が言った。それでしたら村に滞在されて休まれた方が、と門番の少年が言ったところで勇者が口を開いた。
「君は、僕たちがもっと早く村に来てくれたらと思わなかった?」
門番の少年はドキリとした。勇者たちはあっけなく魔族たちを倒した。もし、最初に魔族が村を襲ったときに村にいてくれたら、誰も死ななかっただろう。村の馴染みの少女が悲しむことなどなかった。
「僕たちは、すでに魔族に滅ぼされた村をいくつも通って来た。すべてが破壊された後の村で、どうしてもっと早く来てくれなかったのか、と子どもから石を投げられたことだってある。たとえ一歩だけだったとしても、魔王の近くにいく。一日でもたとえ五刻であっても、早く僕たちは魔王を倒さなければならないんだ。」
「神の加護を受けてもなお、私の手からこぼれ落ちていく命がたくさんあるのです」と聖女は言った。「俺の剣も、俺の腕と剣の長さ。それ以上のところには届かない」と剣聖は言った。
「君は村の門番だったね」と勇者が確認するように言った。門番の少年の心に針が刺さったような痛みが走った。外敵が村を襲ったとき、村を守るのが門番の仕事である。そして門番の少年は、魔族から村を守ることができなかったのだ。村のだれも少年を責めたりはしない。だが、務めを果たせなかったことは事実であった。そして、その事実を門番の少年は痛感していた。
「実は僕も、ある村の門番だったんだ。もうその村は無いけどね。その村はある日魔族に襲われて、それにいち早く気付いた僕は、自分だけ王都へと逃げたんだ」と勇者と呼ばれた男は言ったあと、門番の少年を真っ直ぐに見た。
「君は、僕たちの仲間になりたいのかい。それともただ、村から逃げ出したいのかい。どちらなんだい? できれば、僕と同じ後悔はしてほしくない」
門番の少年は、勇者の問いに答えることができなかった。
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