第8話

 四月も下旬に入ってきた。

 当然、空研の新入部員などくるはずも無く、俺は静かな放課後を一人、部室で過ごしていた。

 やっぱり、部室に一人は落ち着く。

 おかげでもう既に今日出された宿題を全て片付けてしまった。


 しかし、こうなると考えてしまうのは、星宮さんのことだった。

 あれからというもの、あいさつこそすれど、まともな会話をしていない。

 明日は初めての美推の仕事がある。そこで何を話そうかとぼんやり考えてしまう。


 そこに静寂を壊すヤツらがやってきた。


「高射砲構え!対空砲火!」

「はははっ、この黒き翼に追いつけるかな?」

「何!?FCSが追いつかないだと!?」


 一見すれば物騒な物言いで入ってきたのは、赤城と栗生だ。

 部室に入り俺を見るなりかしこまる。


「我が主人あるじ様!これはとんだご無礼を…」

「上官殿にぃー、敬礼っ!」

「いいよ、楽にして」

「おぉ〜!なんいう天からのお言葉!」

「全員!休め!」


 いや、そんなに高い位置からものを言ってるつもりないし、全員って二人だけじゃん…。

 なんというか、本当に住む世界が違うんだよなぁ…。


 しかし、常識はちゃんと持ち合わせており、目上の者に対する態度、他の同級生との関わりを見るに、そこまで飛び抜けて変人というわけではないとわかってはいる。

 要は本当に遊びの容量なのだろうと、俺は勝手に解釈している。


「黒瀬殿は何をしているのでありますか?」

「ううん、特に何も。今日出た宿題を終わらせたところだよ」


 最初は「黒瀬”殿”はやめてくれ」とも思ったが、慣れとは怖いもので、今ではこうして普通に流している。


「はぁー、勉学、でありますか!私めは自宅にて攻略作戦を思案しております!」

「まぁ、それが普通なんだけどね…」


 あはは、と小さく笑う。

 それと、この二人は俺のことは嫌いなわけではなく、俺も別に拒むことはしない。よって、仲の良い先輩後輩に見えるかもしれない。

 他の人の前では勘弁してほしいが…。


「栗生は?」

「本日の新魔法訓練内容は既に終えております、マスター」

「ほぉ〜、栗生も終わってんのか〜!」

「えぇ、本日は得意分野でしたから」


 ふと思ったのだが、この二人の成績ってどんな感じなのだろうか…。

 今度聞いてみるか。


「あ、それじゃあ、俺そろそろ帰るね」

「お見送りを!」

「いいよ!そのまま楽しんでって」

 

 こういうところで笑わせに来るのはずるい。

 部活動紹介ではあんなことを思ってしまったが、本当は良いヤツなんだよな。

 俺は心の中でそっと謝罪した。


 部室を出ると、雲が真っ赤に燃えていた。

 一般教室が南側にあり、東西に広がるように校舎が建っているのに対し、部室は北校舎の三階で、一番東側にある。よって、空模様は見えるとも、四階分の高さで西日は当たらない。


 ゆっくりと階段を下りていく。


「はぁー!?何言ってんの!?」


 突然の声に、すぐに情緒的な空間がまたしても壊される。

 しかし、やや激しめの声だ。少し気掛かりになり、声の主を探す。

 すると、どうやら声は一階の階段側にあるトイレ前からの様だ。

 壁越しにそっと覗き込む。


「なんでそんなことが言えんの!?」


 再び激しい口調に体を戻す。

 そしてもう一度、ゆっくりと覗く。


 その姿は星宮さんと古賀さんだった。

 少々険悪ムードだが、俺が出て行ってしまったら更に事態は悪化するだろうという予想から、隠れて見守ることにした。


「だから、黒瀬くんは悪い人じゃないから仲良くしてほしい!」


 星宮さんの声…って、えっ?


「無理、ありえないから」

「どうして?黒瀬くんが”あのこと”知ってるかどうか、わからないじゃん!」


 えっ…あのこと、って何?


「それに、傘貸してくれた時、黒瀬くんは傘持ってなかったんだよ?」

「そ…それは、水月が借りに行ったからでしょ?私が頼んだら絶対に貸してくれない」

「そんなことない!」

「ねぇ、どうしてそこまで黒瀬の肩を持つの?あ!ひょっとして、水月も私と同じなんじゃないの?」

「えっ…ちがっ…」


 古賀さんが水月さんと同じ?どういうこと?

 たったこの数秒で頭のクエスチョンマークが、増殖していく。


「だって水月、黒瀬と仲いいもんね〜!」

「ちがっ!そんなんじゃ、ない…」

「同じなら私の気持ちも察してよ、同じじゃないなら私の気持ち、知りもせずにそんなこと言わないで」


 古賀さんは冷たく言い放ち、その場を後にした。

 反対に星宮さんは、右腕で両目を抑えるようにして女子トイレに入ってしまった。

 古賀さんがこちらへ来るのを隠れてやり過ごしてから、少しトイレ前で星宮さんが出てくるのを待ってみる。

 しかし、赤城と栗生が降りてくるかもと思うと、一人でトイレ前という構造では変態と言われかねない為、仕方なく帰ることにした。


 その夜はなかなか眠れなかった。

 星宮さんは、女子トイレで泣いていたのだろうか…。

 しかし、睡眠への誘いは、ゆっくりと俺を支配していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る