VS ハイオークシャーマン

 音緒の飛ばした五発の吹き矢は、五人のハイオークシャーマンの首の付け根に軽く刺さるようにヒットした。

 ただ、皮膚は厚いようなので、どうしても刺さりが甘くなるようだ。

 困難で本当に効果が出るのかな?


「にゃふふ。ちょっとでも刺されば十分にゃ。私の毒は特別性なのにゃ。麻痺毒と思考ができなくなる混乱毒がミックスされてるにゃ。術師絶対潰す毒にゃん」


「うわぁ。絶対敵に回したくない」


 音緒の説明に、ボクはドン引きする。

 この猫、えげつない!


「さすがにそんな毒は食らいたくないな……」


「私も……」


「音緒ちゃん、それはひどい」


「なんでにゃ!? これほど素晴らしい毒は他にはないにゃ!」


 ドン引きのボクたちに抗議する音緒。

 しかし、その声は少し大きいような気がする。


「ん? 何か声が聞こえたか?」


「いや、気のせいだろ? あんだけ雑魚共が多いんだ。悲鳴くらい聞こえて来てもおかしくはあるまい」


「まぁ、我等の背後を取ろうとしても無駄であるからな」


「しかり」


「ねずみがいたとしても、どうにでもできるというものだ」


 完全に油断しきっているハイオークシャーマンたち。

 しかし異変はすぐに訪れた。


「ん。少しめまいがするな。召喚酔いか?」


「吾輩も同じく。少し休ませてもらおう」


「みんなまとめてだと? どれだけ下手な召喚をしてくれたのだ。あのゴブリンは」


「強化の効果はいましばらく続く。人間共の盾持ちをあれだけ押してるんだ、前線崩壊は時間の問題だろう」


「…… ……」


 ふらつくように座り込んでしまったハイオークシャーマンたち。

 ついに好機が訪れた。


「今にゃ。スピカにゃんの刀に特製の毒を塗っておくにゃ。それとこの薬を飲むにゃ」


「あっ、ありがとう。この薬は?」


「強壮薬にゃ。興奮状態になって攻撃力倍増にゃ。私の特製錬金薬にゃ」


 音緒は錬金薬の製作もできるようにしていたらしく、色んな薬を作り出しているようだ。

 この猫、侮れない……!!


「んくっんくっ。うえぇ。まずい……」


「ふふん、飲んでしまったかにゃ? 警戒心の無さが仇にならないといいけどにゃ~?」


「えぇ!? なにそれ!?」


「冗談にゃ。でも、警戒心はいつでも持つに越したことはないにゃ。野生のきつねは警戒心強いにゃ。飼われたきつねは警戒心ないにゃ」


「失礼な! ボクは飼われてないし、飼われたきつねであっても警戒心MAXだよ!」


 音緒はきつねをなんだとおもってるんだよ!

 ちょっと怒りっぽいのは強壮薬のせいなんだろうか?

 でも、体が奥の方から熱を持ってくるのを感じる。


「スピカが先に出たら、俺たちが攻撃で良いだろうな。心配なのは召喚術師だが、どうやら深く瞑想しているようだ。あいつを傷つけない限りは動き出しそうにないな」


「そうね~。あの石に魔力を送るのに集中しているみたい。なんとなくだけど、充填が完了するまでにはあと二十分くらいしか時間なさそう。充填しきる前にハイオークシャーマンたちを倒しましょう」


「毒矢、準備完了。いける」


「それじゃあ、いくね」


 ボクはそっと茂みから飛び出していく。

 お婆ちゃんに教えてもらった刀術を今ここで発動させるしかない!


「ぬ!? なにやつ!? 呪術の餌食にしてくれる!! ぬう、思考が乱れるだと!? 魔術を構成できん!!」


「舌が、うまく、まわらぬ。詠唱が、できぬ」


「くそ、足が動かん。力が入らん」


「ええい、気合いだ!! 【活力の風】なんだと!? 魔力が足りないだと!?」


「敵は、どこだ。お前か!?」


「やめろバカ者! 俺は仲間だ!!」


 ボクに気が付いたハイオークシャーマンたちは、それぞれに応戦しようと試みるものの、まともに動くことが出来ずことごとく攻撃が不発におわってしまっていた。

 想像以上に相手を混乱させている。

 幻覚の症状もあるようで、思考だけできなくなるわけではないようだ。


「てやー! 【天狐流刀術:水月】」


 ボクは抜き身の刀でハイオークシャーマンの一人に斬りかかった。

 水月は揺らめく水面に映る月の如く、捉えることのできない斬撃を繰り出す刀術だ。

 簡単には防御ができず、思わぬ箇所から攻撃が来るため、ダメージの通りがいいのだ。


「ばかめ、見切ったわ! なに!?」


 勢い良く、ボクの動きに合わせて刀の攻撃を防ごうとするハイオークシャーマン。

 残念、それは偽物でした!

 ボクは蜃気楼の如く消え失せ、ハイオークシャーマンを側面から斬りつけた。

 妖力を使い、相手を惑わす。

 さもそこにあると思わせ、捉えようとさせる。

 もしも相手が看破出来るなら、この攻撃は全く意味を成さなかっただろう。


 ボクの放った斬撃はハイオークシャーマンの腕を切り落とした。

 薬による効果もあるようで、攻撃力がかなり上がっている。


「うぎゃあああああああああ! うでが! やける!」


 切り口がジュクジュクと泡を吹いている。

 どうやら刀に塗られていた何かの毒が傷口をむしばんでいるようだ。


「『大いなる風の刃よ、我が敵を切り刻め』【サイクロン】」


 アーク兄は風の攻撃魔術の呪文を詠唱していた。

 魔術は上位になっていくと呪文の詠唱が必要になるようだ。

 それを省略する方法はあるようだが、それを会得するにはもっと上に行かなければいけないんだとか。


「うがががが!! おのれええ! おのれえええ!!」


 アーク兄の【サイクロン】が発動する。

 二人のハイオークシャーマンを風の中に巻き込んで、風の大きな刃で切り刻んでいく。

 竜巻のような風の渦の中心で全周囲から何度も切り刻まれる光景は、見ていて気持ちのいいものではなかった。


「追い打ち、いくね~『燃えろ、踊れ! 炎の精たち!!』【フレイムダンス】」


 フレイムダンスは威力を上げていくと詠唱が必要になっていくようだ。

 詠唱が必要ない時は火の精の数が少なく、詠唱が入るとその数が倍になる。

 複数の実体のない揺らめく炎のような火の精がハイオークシャーマンたちの周囲を回り踊りながら火線増やしていく。

 複数の火線が円形に繋がると、その中心から火柱が噴き出していく。

 そしてそれはどんどん増えていき、火柱もそれに応じて強くなっていく。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ、熱い!! 外に、逃げられないだと!? やめろ、くるな!!」


 円の中から逃げ出すことができず、火の精に追い詰められ焼き尽くされていくハイオークシャーマン。

 考えてみると、結構ひどい攻撃かもしれない……。


「ぐぬぬ、お主ら、もはや許せん!! 猫の小娘など我が敵にあらず!! 死ねぇぃ!!」


 一人のハイオークシャーマンがコノハちゃんに杖で攻撃する。

 その杖は鋼鉄で出来ているようで、重厚なメイスのようだった。

 普通に食らえば痛いだけじゃ済まないだろう一撃だ。

 シャーマンだからといって攻撃力がないなんていう先入観は止めた方がいいだろう。


「音緒ちゃん」


「コノハにゃん」


「「二人で攻撃、ねこねこコンビネーションアタック!!」」


 妙なネーミングを息を合わせて高らかに宣言した二人。

 ボクは唖然として口を開けたまま固まってしまった。


 名前に反してその攻撃は激しい。

 コノハちゃんが弓を三連射して相手の足を止め、回り込んだ音緒が相手の腱を切る。

 悲鳴を上げて倒れるハイオークシャーマンにジャンプしてから口に毒矢を一発放つ。

 そしてもがき苦しむハイオークシャーマンに音緒が忍び寄り、喉元を切り裂く。

 終わって二人でハイタッチ。


「「いえ~い」」


 合わせたかのようにテンションの高い二人。

 コノハちゃんもノリノリでハイタッチしているし……。

 しかし、あっという間に二人で一人をやっつけてしまったのだ。

 恐るべし、ねこねこコンビネーションアタック。


「さて、ボクは残った一人をっと」


「ひぃ!? やっ、やめてくれ!」


「んふふ~。それは聞けないな~? 後悔するなら攻撃してこなければよかったんだよ? 悔やむなら次回反省しなよね」


「ひぃっ!? ぎゃあぁぁぁぁぁ」


 脚を切り裂き動けなくしたハイオークシャーマンを、足で踏みつけ高く掲げた刀を喉元に突き刺す。

 何事もなかったかのように刺した刀を引き抜き、血糊をぬぐって鞘に戻す。

 ただ何も考えず、流れ作業のように命を奪う。


「いくらハイオークシャーマンがただのちょっと強い敵だからといって、いとも容易く殺すのはなんかかわいそうだぞ?」


 アーク兄がクールに始末するボクに向かって一言。

 たしかに、ハイオークシャーマンはボスではなく一般の魔物と変わらない扱いだ。

 言ってみれば、初心者エリアにいるちょっと強い別の地域の魔物といった程度の強さでしかない。

 ゲームによっては初心者エリアのちょっとしたボスのような扱いかもしれないけどね。


「ボクだってたまにはドジしたりしないで敵を倒したりするさ。お婆ちゃんから習った物もあるし、力の使い方も学んだ。少しは役に立たないと困るよ」


 薬の効果なのか、ボクの気分は高揚している。

 まだまだ戦い足りないとすら思っている。

 しかし、ゴブリンアーミー召喚術師の周りには結界が張られていて簡単には近づけなくなっている。

 さて、どうしたものかな。


「あとはゴブリンアーミー召喚術師だけか。前衛のほうはなんとかなりそうだね」


 ボクはレイドメンバーたちの方に目を向ける。

 陽が傾いていく戦場は、ゆっくりとだが夜の帳に包まれようとしていた。

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