第26話 ミアと妖狐、そしてボク達

 ミアは人型形態をとっていないときは念話でしか話すことが出来ない。

 なので、胸元に抱きかかえて移動中の時は、ただプルプル動く水風船のようだ。

 瑞々しくプニプニなその表面は抱きかかえてて気持ちいい。


「お姉ちゃん、ミアちゃんはどうして人型でいないの?」

 傍を歩くマイアが声を掛けてきた。


「人型の時はエネルギー使うらしいから、戦闘に参加しない限りはこの形態が一番安定するんだってさ」

 ミアは元々スライムなので、スライム状の形態が一番エネルギー消費が少ないようだ。

 まぁどう見ても、のんびり生きているように見えるんだけどね。


「ふぅん。それってお姉ちゃんにも言えることじゃないの?」

「ボク?」

 マイアはボクにそう言うと、ボクの頭上と背中を指さした。


「そっ。コンコン狐さん」

 そう言うと、マイアは頭上に両手を開いて重ね合わせて、動物の耳の物まねをした。

 どうやらボクのことを真似しているようだ。


「コンコン~」

「狐はそう鳴かないよ。まったく」

 マイアがあまりにも真似するので、ボクはちょっとだけがっかりさせる事実を教えてあげることにした。

 案の定しょんぼりした顔のマイアは、がっくりと肩を落として俯いてしまった。

 ちょっと言い方きつかったかな?


「あっ、でもほら、もしかしたらそう鳴く狐も……『隙ありっ!!』わふっ!?」

 元気づけようとそう言いながら近づいたところで、鼻先をかすめるように手刀が繰り出された。

 びっくりして思わず変な声が出ちゃったじゃないかっ!


「ふむふむ。お姉ちゃんは『わふっ』と鳴くと」

 妙なことをメモしていくマイア。

 システム端末のメモ機能に妙なことを書くんじゃないよ!


「こら、メモ機能に変なメモ残さないの!」

 ボクがそう言うと、マイアはきょとんとした顔をして、小首を傾げた。


「えっ? メモ機能なんて使ってないよ? フレンド掲示板機能使ってコノハちゃんに送っただけ」

 なんて恐ろしいことをしているのだろう、この子は……。

 最近現れていないコノハちゃんとリーンさんはちょっとの間帰省しているので今はこの辺りにはいなかった。


「コノハちゃんといえば、今度エレクトラとケラエノも紹介しないとだね」

 実はまだ二人はコノハちゃん達に会っていない。

 アーク兄に至っては、アモスさんと男二人でデート中なので、ボク達と一緒にはいなかった。

 人付き合いの良いアーク兄だけあって、結構頻繁に出かけている。

 正直少し寂しい。


「もうすぐ十五日でしょ? そうしたらお祭りだし、その時にはみんな集まるよ。そもそも夏休み入ってからお盆期間なんて帰省する人多いんだし」

 うちの小学生は実に賢いと思います。

 ボクよりも圧倒的に頭良いんじゃないかな?


「うぅ~、マイア見てると、ボクだけ頭悪いんじゃないかって気がしてくるよ……」

 実際ボクの成績は中の上といったところで、まぁ少しはマシ程度だ。

 でもこういうどうとでもなる状況が一番意欲を削る気がしなくもないわけで……。


「下か上でもない限りは必死にならないもんね。中くらいだと怒られないから、まぁいいかってなるのはわかるよ」

 そう言いながら、まるで慰めるようにボクを撫でる妹。

 ただし、撫でている場所は尻尾の付け根だけど。


「マ~イ~ア~?」

「きゃー」

 ボクが怒ると、マイアがそう言いながらケラエノ体側に隠れてしまう。


「もう、スピカ。遊んでないで早く行くよ? 今日早めに落ちなきゃなんでしょう?」

 困り顔のケラエノがそう言い、前を歩いていたエレクトラが振り向いてニヤニヤしていた。


「なにさ、エレクトラ」

「べつに~? ただ仲が良くてうらやましいな~って」

 変なところで遠慮するエレクトラ。

 セクハラは遠慮願うけど、普段は別に飛び込んできてくれてもいいんだよ?


 東門から北門へと続く道を通り、そのまま森に向かう。

 街からある程度の距離まで来ると、ひょっこり赤色の傘をかぶったマタンガが姿を現す。


「お姉ちゃん、マタンガがお帰りって言ってるよ」

 何故かマタンガと意志っ疎通できるマイア。

 ボクには出来ないのに、なんでマイアだけできるんだろう?


「う~、納得いかない……。でも、話せるのは羨ましい」

 マタンガはどんなことを話すんだろうか。

 めちゃくちゃ気になる。


「ミアちゃんと仲良しなお姉ちゃんのほうが羨ましいよ。マタンガも話せば可愛いんだけど、基本的に片言なんだよね」

 どうやら精霊によって伝えられる情報量は違うようだ。

 ミアが特殊なのだろうか?


 ボク達は歩きながら森を進んでいく。

 道中出会うマタンガは、こっちに気が付くと手を振り見送ってくれる。

 ミアもたまにスライムの表面から身体の一部を伸ばして手を振るように応えていた。


「もうすぐだね。一体何が起こるんだろう」

 ミアを抱きかかえながら、ボクは不思議と気分が高揚するのを感じていた。

 きっと面白いことが起こる、そう聞こえたような気がした。

 幻聴なのだろうか?


(ご主人様、とても濃い精霊の気配を感じます。私よりも上位種の気配です)

 一瞬微かに震えたミアを見て、ボクは頭に響いてきた声に返事を返した。


(上位種? ミアも結構ランクとしては高かったんじゃないの?)

 ボクがミアから聞いた話では、ミアはスライムの精霊だが一応上級精霊に当たるらしい。

 つまり、それ以上の存在がそこにいるということになる。


(スライムの精霊はその特殊な進化過程から、昇華し精霊になった後は上級精霊として過ごします。下級精霊や中級精霊とは違い知識と経験の量に大きな違いが出るからです)

 そうやって長い年月を過ごして育ってきたミアは、やがて上級精霊として昇華することになったのだ。


(ミアはすごいんだね。ボクも見習わなきゃ)

 ボクは密かに決心した。

 もう基本的な性別は変えることは出来ない。

 なら、お婆ちゃんのような女性を目指すのも悪くないのかもしれない。


(ご主人様も長い生を生きていくはずです。きっと私よりもずっとたくさんの知識と力を手に入れて)

 ミアがどんな気持ちでそう言ったのかはわからない。

 でも、お婆ちゃんを目指すとなるとそうなるのは間違いないだろう。


「スピカー、そろそろー」

 前を歩くエレクトラの声でボクは現実へと帰ってきた。

 もうすぐ着くようだ。


 エレクトラの声のあと、しばらく歩くとマタンガの集落の入り口が見えてきた。

 入り口前には、何やら見たことある人が立っていた。


「おぉ、おぉ! お待ちしておりました!!」

 集落の入り口前で待っていたのはゴルドさんだった。

 ゴルドさんはボク達を見つけると、急いで駆け寄ってきた。


「ふむ、どうやら本物のようですね。確かな霊格を感じます」

 駆け寄ってくるなりゴルドさんは、ボクが抱きかかえているミアをじっと見つめてそう言った。

 どうやら精霊同士でしかわからない何かがあるようだ。

 それはボク達妖種にも言えることだろうけどね。


「アルケミアスライムとは、最も世界の真理に近しいと言われる存在です。その知識は様々な物を作り出す助けになるとか。まず見かけることがほとんどありません。我々精霊ですらそう滅多に会わないのです」

 ゴルドさんの言う通りなら、ボク達なんかよりもよほどすごい存在なんだろう。

 いいんだろうか? ボクなんかがご主人様で……。


(ご主人様?)

 ミアの念話が聞こえると、まるで不安なボクを落ち着かせるように、ミアが腕の中でプルプル優しく震えた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る