VRMMOで探偵はじめました。~Q.浮気調査もお願いできますか? A.灰色探偵事務所がどんな依頼も解決しますッ!~

タカナシ

プロローグ Q.VRMMOでの困り事はどうすれば? A.灰色探偵事務所へ!

第1話「VRMMO専門探偵。灰色探偵事務所」

「…………あのキャラ1ミリも動かないな。寝落ちかな?」


 僕は目の前のプレイヤーが全く動かないところをかれこれ1時間程見続けていた。

 まるで東京のコンクリートジャングルのようだが、どこか中世的な面持ちのある街中。そんな中、身じろぎ1つせずにぼーっと突っ立っている。

 時計を確認すると、時刻は夜9時を回ったばかりだが、ここまで動かないのならば離席りせきではなく寝落ちだろう。


「早寝で感心するな。こっちはこれからが本番だってのに……」


 僕は誰にも聞こえないように独り言を呟き、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。


「おっ、すごい。『林』って名前の人がいる! よく名前取れたな」


 目の前を歩く男性に視線を合わせ、出てきたネームを見て、驚きの声を上げた。

 それから順に通っていく人の名前を見ていく。皆個性的な名前をつけており、同じ名前は1としてない。


 この世界。そう、VRMMOと呼ばれるオンラインゲームの世界では何十万といる人物に対して同じ名前は1つもないという構造な為、人気がある名前は一瞬で誰かが取ってしまうのでほとんど付けれることはないのだ。キリトやカイトなんて名前なら、会えただけでそれこそ超ラッキーだと思っていい!


 僕がキャラクター観察を続けていると、視界の端にログインを知らせる魔法陣が浮き上がる。

 僕は昨日のこの街の風景を記憶を頼りに思い出し、ターゲットと同じ名前のキャラがログアウトした場所を思い出す。


「前回のログアウト場所から1ミリもズレていない。ターゲットの可能性大だ!」


 僕は手探りでスマホを探し当てると、あらかじめ画面トップにしておいた番号へ電話をかける。

 コール音がする中、ハッキリとターゲットの姿を確認した。


 コテコテのイケメン風の格好と言えばいいのだろうか、純白のコートに華美な刺繍の施された上下の服。顔もスラッとしたイケメンで髪は銀髪ロング。

 

 キャラのレベルは47と初級者に毛が生えた程度にも関わらずこの装備は重課金ッ! 

 ここまでされるとただただ引く。


 僕がそんな感想をいだいていると、電話の相手がさっそく出た。


「もしもし、エルク? ターゲットは見つかった?」


 快活な印象を受ける女性の声が電話口から聞こえてくる。


「あ~、一応仕事中はキャラクターネームの『ティザン』でって言ったでしょ。『ニョニョ』はリアルとゲームの区別つけるの下手だからこんな迂闊うかつなことでの名前バレは避けたい」


「そうね。気をつけるわ。ティザンはリアルじゃ虫に殺されるレベルで弱いもんね。名前から身元がわかったら危ないものね」


「虫が一番人間を殺しているのを知っての皮肉の聞いたジョーク?」


「へっ? そうなの? っていや、もちろん知ってたわよ! 強いわよね虫ッ! バッタとか変身したら最強だもんね!」


 この反応は確実に知らなかったやつだな。

 僕らが無駄話をしていると、ターゲットが動き出した。


「動いたっ! これから尾行するけど、別チャンネルに移ったらよろしく」


「了解。依頼内容とターゲットのキャラ名は大丈夫ね?」


 僕はゲーム内のマイクがミュートになっているのを確認してから、電話に向かって声を発した。


「もちろん。依頼は浮気調査。ターゲットは『ハンサム坂田』でしょ」


 アホっぽい名前をつけたと思う。事実、浮気というアホな行為をしている。ただ、イケメンではなくハンサムという単語をチョイスしたセンスは若干好感が持てた。


「アホな名前よね。これに引っかかる女も女だけど、やっぱり男が悪いッ!! 浮気する男なんて女の敵よッ!! 女の敵つまりアタシの敵よッ!!」


 彼女、ニョニョは女の敵になりそうな男がいると決まってこう言うのだ。単純に自分の名前に『女』という字がついているだけという理由なのだが。

 僕は彼女のそういった単純な理由ですぐに行動できる点は尊敬できるし、それで僕も助けられているから、こうして付き合って探偵なんてことをして浮気調査をしているのだけど。



 あれは約半年前くらいにさかのぼる。

 当時の僕は引きこもりで、学校には最低限しか出ていなかった。

 幸い記憶力が良く勉強はそれなりにできたから教師がうるさく言ってくることも無かったし、親も放任主義なのか、僕を信頼しているのか基本はノータッチだった。

 高校3年を迎え、進路も決めず、VRMMORPGに興じていると、僕の部屋の扉を蹴飛ばして彼女が現れた。


「エルクッ!! アタシと働くわよッ!!」


 ヘッドマウントディスプレイを取ったにも関わらず、まだVRの世界にいるかのように彼女と彼女の言葉には現実感がなかった。


 彼女は呆けている僕に向かって大きな歩幅でぐいぐいと近づく。


「で、返事は? まぁ、引きこもりのあんたなら返事はイエスだろうけど」


「えっ? ちょっと待ってよ女々メメ。話が急過ぎて何がなんだか? 仕事ってそもそも何をするのさ!」


 彼女、阿笠あがさ女々メメは整った美人タイプの顔立ちに黒に近い栗色の髪が肩に掛かる、長身のスレンダー美少女。コンプレックスは胸がささやかなことで、ダボッとした洋服を好んで着る僕の幼馴染だ。

 普通なら幼馴染といえど、こんな引きこもりとは疎遠そえんになってもおかしくないのだが、彼女に言わせればいろんなタイプの人間と付き合ったほうが人間力が上がるとか訳のわからないことを言っている。


 そんな女々は僕の質問に答えるべく、僕のパソコンを指差し言葉を続けた。

 

「あんたもやってるでしょ。『Change The Game』そんなかで探偵やるのよ、探偵!!」


 確かに僕は『Change The Game』通称CTGをやっている。というかついさっきまでやっていたのがそうだ。


 CTGはその名前の通り、今までのゲームとは一線を画している。

 ダイブ型VR技術を取り入れたことによるヘッドマウントディスプレイでの没入感もすごいのだが、一番のウリは各企業と提携し、電子マネーや仮想通過を使用し、実際に物を売り買い出来るところだ。

 外に出なくてもマイクで喋れば買い物が出来る手軽さ、映像とはいえ実物を見ながら買える安心さがウケ、普段MMORPGをやらない世代もやり始め、一気にCTGは超人気ゲームとなったのだ。


 そして、このゲームは個人での出店も可になっており、ここでの商売を生業にしている人も少なくない。

 彼女が言っているのは、つまり、僕らも出店するということなのだろう。


 そこまでは僕の脳細胞でも理解できた。でも最後なんて言った? 探偵だって!?


「1つ聞いていい?」


「ええ、1つでも2つでも」


「探偵って言ったじゃん。僕推理なんて出来ないけど、どうするの?」


 そこで女々は途端に怪訝けげんな顔付きを見せるとまるで怒ったように僕に詰め寄る。


「あんたが? 推理出来ない? 何言ってるのよ!!」


 女々は前屈みになって、イスに座る僕のすぐ近くにまで顔を近づける。

 彼女は今日もブカブカのTシャツを着ている為、こういう姿勢をされると目のやり場に困る。

 僕は視線を胸元以外のあらぬ方向に向けながら、なんとか口を開く。


「本当になんのこと?」


「自覚がないのね。大丈夫よ。あんたなら出来るからッ!! それに探偵ってフィクションの中のような名探偵じゃなくて、やるのは主に浮気調査と失せ物探しとか『名』がつかない方よ。どう?」


 僕は女々の言葉を考慮する為、しばらく口をつぐみ、手は糸引きアメを引くときのように細い何かをつまむような形で止まる。

 これは何かを考え出したときの僕のクセのようなものだ。


 その仕草を見た女々は、「そうよ。それを期待してたのよッ!」と興奮混じりに声を上げていた。


 オンライン上での結婚率やそれによってのトラブル。失せ物の重要度、それにいくら出せるか。さらにダイブ型VR技術のこれからの発展など諸々を今まで見たニュースや噂サイトなどを考慮し予測する。その結果――。


「…………うん。いけるんじゃないかな。まだ誰もやっていない商売だろうし料金設定が難しいかもしれないけど」


「OK! なら決定ね。名前とキャッチコピーも、もう決めてあるのよ!」


「なんて?」


「VRMMO専門探偵。灰色探偵事務所よッ! キャッチコピーは『VRでの事件はお任せ! 灰色のアカウントを持つ所員がズバッと解決ッ!!』よ。どうステキでしょ?」


 廃の字が違うんじゃ……。



 当時、僕は首を縦に振ることしかできず今に至る。

 こうして僕、『ティザン』と彼女、『ニョニョ』の探偵事務所が発足したのだ。

 彼女はさらにこう続けた。


「目標金額は月額100万円! 所員もどんどん増やして、公式からも企業扱いしてもらうわよ!」


 CTGでは個人出店の規模が大きくなると、公式から企業として扱われ、それ相応のオフィスや広告スペースなどが与えられる。それを目指すというのだ。

 そんなこんなで、この仕事を始めて半年。そんな僕らがよく聞かれる質問があるんだけど、面倒だから先に答えておく。


 Q.VRMMOで探偵なんて儲かるの? A.浮気調査とか多くて意外と儲かるんだこれが!


 おっと、ターゲットが誰かと接触したようだ。

 僕は『ハンサム坂田』の尾行を続ける。

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