蛇姫伝説

れなれな(水木レナ)

蛇姫伝説~琴姫とすが~ \

 昔、烏山(からすやま)に絶世の美女がおってな。

 その名を「すが」といい、料亭ひのきやの一人娘で、大久保三万石の御城内の琴姫に仕えておった。


 ところが当時の家老が、何と言ったか、ほれほれ……佐々木左衛門、いやさ、佐伯左衛門(さえきさえもん)が、悪だくみをしておってな。

 密貿易をして私腹を肥やそうというのだった。


 烏山城主、の、何と言ったか、そのう、うむう……大久保佐渡守常春おおくぼさどのかみつねはる

 そうそう、さどのかみの常春殿。

 殿の居ぬ間に家老は琴姫をことさら見張っておった。


 というのも、その頃江戸では、うぬう、江戸時代のお話だったのだよ、よく聞けい。

 江戸では家老の悪行はつつぬけだった。

 ここまでよいかな?


 して、城下では……隠密! 忍者が派遣されておった。


 ……御本家の小田原からも、烏山城に植原一刀斎うえはらいっとうさいという剣客が派遣されておってな。

 殿の居ぬ間に家老が悪さをしないか、調べておった。


 その日も、夜が更けていった。

 すがは殿の留守を守る琴姫の「密書」をあずかり、料亭ひのきやで待っているというその剣客に、届けようとしておった。


 しかし、姫を見張っていたのは倅源之助せがれげんのすけという男、これがずるがしこくて嫌な奴で。

 城内から下りてきたすがを、誰何もそこそこ、怒鳴りつけて一刀のもとに切り捨ててしまった。

 ……これは筆者の見解だが、嫌な男でしょ?


 すがは――(ためる)すがはな。

 死んでも密書を離さなかった。

 密書には黒い烏蛇(からすへび)が巻きついておってな、そいつが源之助を噛んだ!


 烏蛇は猛毒を持つ。

 源之助はひるんだが、密書は……集まってきた家老の家来に取り上げられてしまった。


 すがは血まみれで蒼ざめた顔で、琴姫の前に現れた。

「すが!」

 姫がとっさに叫ぶとすがの姿は消え、かわりに小さな烏蛇が……部屋の隅で姫を見上げておった。


 そのときから――琴姫の周囲でなにごとかあると、大きな力が働き、姫を助けた。

 すがの化身ともいえる烏蛇がいつも琴姫のそばにいて、姫を守り続けた。


 佐伯左衛門も、琴姫の活躍によって、すがの兄、千太郎と、植原一刀斎の力で退けられた。

 全員、一丸となり、命がけで大久保家を守り、明治の廃藩置県のあった四年まで、大久保家は偉大な力を誇った。


 歴史の狭間で見え隠れしておった烏蛇。

 そのおかげで、琴姫はいつしか「蛇姫様」と呼ばれるようになったのだ、というお話だ。

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