450 顔合わせ (2)
俺たちの人数を考慮してか、その部屋は長い机のある食堂のような場所だった。
その机の奥側の列に座っているのは三人。
一人は当然、マーモント侯爵。以前会った時は立派な服を着ていたが、今日は自宅だからか、仕立ては良さそうながらラフな格好をしている。
席を一つ空けて、その隣に座っているのは、リアによく似た狼耳の美人。
状況的にリアの母親だと思うが、外見年齢はせいぜい三〇前後。リアと並んで姉妹と言われれば否定できないぐらいには若々しい。
最後の一人は、二十代ぐらいに見える熊耳のイケメン。おそらくはリアの兄だろう。
マーモント侯爵ほどではないが、分厚い胸板に精悍な顔立ち。両親の容姿が程良く混じった感じで、力強さと涼やかさを兼ね備えている。
他には壁際に数人の使用人。
なんとなくネーナス子爵家の人と比べてもレベルが高そうに見えるが、もしかすると単にお屋敷の雰囲気による偏見かもしれない。
「おう、よく来たな。取りあえず、座れ」
「失礼しますっ」
自身の前の椅子をマーモント侯爵が顎で示せば、さすがに緊張した様子のトーヤがそこに座り、リアはその隣に。俺がその次の椅子に座ると、ハルカたちも順に腰を下ろした。
そんな俺たちを見てマーモント侯爵は軽く頷くと、口を開いた。
「まずは紹介といこうか。儂がランバー・マーモント侯爵だ。隣にいるのがリアの母親と同腹の兄になる」
「お初にお目にかかります。アルトリアの母のエミーレです」
マーモント侯爵の紹介を受け、エミーレ様は楚々と頭を下げたが、もう一人の反応は違った。
鋭い視線をトーヤに向けたかと思うと、ガタンと椅子から立ち上がり、トーヤにビシリと指を突き付けた。
「レイモン・マーモントだ。お前がトーヤだな! リアと結婚したいというなら、まずは私を倒してみろ! 話はそれからだ!!」
「うぇ!? リ、リア……」
変な声を漏らしたトーヤが、『話が違う!』みたいな視線をリアに向けるが、リアの方もレイモン様の反応は予想外だったのか、慌てたように立ち上がった。
「兄上!? 突然何を! オルスク兄上やルシアンならまだしも……」
「いや、なに、あの二人がいたらやりそうなことを、私が代わりにやってやろうかと?」
先ほどの剣幕はどこへやら、リアに文句を言われると、レイモン様は一転して楽しげに笑うと、そんなことを言って軽く肩を竦めた。
「しなくていいです!」
「そうかい? 私としては気を利かせたつもりなんだけど」
「結構です! 折角、あの二人がいないのに……」
「だがな、リア。オルスクたちが後から知れば、余計面倒なことになるとは思わないかい? その点、私と立ち合っておけば、二人には『私が見極めておいた。文句があれば、まず私を斃せるようになれ』と言うこともできる」
「うっ、そう言われると……」
リアが言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。
――なるほど、面倒臭い兄弟がいることは間違いないのか。
そもそも身分差を考えれば、反対されて然るべきだからなぁ。
面白そうなレイモン様と、困ったようなリアとトーヤ。
そんな三人を制するように、重くどっしりとした声が響く。
「レイモン、リア、落ち着け」
おぉ、外見的には脳筋に見えてもさすがは侯爵。こういった場面では締める――
「コイツを見極めたければ、後で好きなだけやれ。まずは話が先だ」
――あぁ、立ち合いは認めるんだ?
俺の【看破】で見る限り、レイモン様の強さはトーヤに匹敵しそうだが……まぁ、そこはトーヤが頑張ることか。
そもそも強さ以前の問題として、本当に結婚が認められるのかという問題もあるし。
「今し方、少し話に出たが、儂には他に妻が二人、子が三人いる。そちらについては、また機会を見つけて紹介するつもりだ。この家にいない者もいるし、リアとは母親が違うしな」
エミーレ様はマーモント侯爵の第一夫人で、レイモン様とリアの母親。
レイモン様はリアと同腹の兄ということに加え、マーモント侯爵家の長子、且つ跡継ぎであるため、この場に同席しているらしい。
「こちらはそんな感じだが、お前たちの方は……トーヤ以外と言葉を交わすのは初めてだな。――そちらの二人は以前に会ったが」
そう言ったマーモント侯爵が視線を向けるのは、俺とハルカ。
可能性は考えていたが、どうやら俺たちの顔を覚えていたらしい。
「まさか、ご記憶頂いているとは。トーヤのパーティーメンバーのナオと申します」
「ハルカです」
「ハハハ、覚えているに決まってるだろ? お前ら、滅茶苦茶目立ってたわ!」
俺とハルカが揃って頭を下げると、マーモント侯爵が笑い、リアが驚いたように俺たちを見た。
「なぬ? ナオとハルカは父上と面識があるのか?」
「面識というか……以前、俺たちがイリアス様を護衛した時に、お顔を拝見しただけだな。近くに立っていただけで、お話しさせて頂いたわけではないんだが……」
「おぉ、ネーナス子爵家の。そういえば、トーヤたちはあそこで活動していたんだったな。――ん? ナオたち以外は?」
「依頼は全員で請けたのですが、その時は別行動だったんです。――改めて、私はナツキと申します」
「ユキです」
「私はメアリです。この子は妹のミーティアです」
「よろしくお願いします、なの」
俺たちが順に名乗ると、マーモント侯爵はどこか優しげな眼差しでメアリとミーティア見る。
「ふむ。聞いてはいたが、その子たちもパーティーメンバーなんだな」
「はい。大事な仲間です。まだ小さいですが」
「なるほど、なるほど。だが、これからの話は少々退屈だろう。――おい」
「はい」
マーモント侯爵が使用人に声を掛けると、すぐに数人が動き出し、程なくメアリとミーティアの前にはお菓子とお茶が、俺たちの前にはお茶が運ばれてきた。
その手際の良さは使用人に教育が行き届いていることを感じさせるが、俺たちのことを知っていたことからして、事前にお菓子を準備してあったと思われる。
イリアス様のことも可愛がっているようだし、やはりマーモント侯爵は子供好きなのだろう。
だが、メアリたちからすれば初めて会う貴族。
出されたお菓子に手を付けて良いのか解らず、戸惑ったように目の前に置かれたお皿と俺たちの顔を交互に窺う。
そんなメアリたちの様子をみて、エミーレ様が安心させるように優しく微笑んだ。
「遠慮せず、食べて良いんですよ?」
そこまで言われて手を付けないのも失礼というもの。
メアリが恐る恐るお菓子に手を伸ばし、それを口に運ぶ。
「い、いただきます……あ、美味しい……」
そしてミーティアもお菓子をパクリ。
嬉しそうにニッコリと笑うが、続いて漏らした言葉はちょっとマズかった。
「ハルカお姉ちゃんたちが作るお菓子と、同じぐらい美味しいの!」
「ミ、ミー!?」
侯爵家が出すお菓子が、素人が作ったもの――実際のところ、ハルカたちの【調理】スキルは素人とは言えないのだが――と同等と言うに等しいその言葉にメアリが顔色をなくしたが、マーモント侯爵は面白そうな表情でハルカたちを見た。
「ほぅ、お前たちは菓子を作るのか?」
「えっと……多少は。自慢できるほどの物でもありませんが」
貴族相手に下手なことも言えず、謙遜するようにハルカがそう答えたが、ミーティアが追い打ちを掛けた。
「そんなことないの! お菓子だけじゃなく、料理だってすっごく美味しいの!」
「こら、ミー! 黙って!?」
メアリが慌てたようにミーティアの口を押さえるが、マーモント侯爵たちは面白そうに笑う。
「ふははっ、正直で良いではないか!」
「ふふ、そうですね。機会があれば、食べてみたいものです」
「え、えぇ、そうですね。機会があれば……」
さすがに『嫌です』とも言えず、ハルカかやや引き攣った笑みでそう答えると、エミーレ様は気にした様子もなく小さく頷く。
「はい、楽しみにしています」
「そうだな。無事に縁戚となれれば、そのような機会もあるかもしれねぇな。――だが、取りあえず今は今日の本題だ」
マーモント侯爵はそう言って居住まいを正すと、俺たちを順に見て、改めて口を開いた。
「トーヤとリアが皆伝となったことで婚約は認めたわけだが、リアはマーモント侯爵家の長女だ。さすがにこのまま結婚というわけにはいかねぇ。それは理解できるな?」
「オレはただの冒険者ですからね。当然だと思います」
「あぁ。これでもリアは結構人気があってな。結婚の申し込みも少なくねぇしな」
それは当然だろう。
リアの容姿は控えめに言っても美少女だし、侯爵家の長女という立場は付加価値としても非常に大きい。
むしろこの年齢まで結婚は疎か、婚約すらしていないことが信じられないほど。
そんなリアが、いきなりトーヤのようなただの冒険者と結婚するなど、正に青天の霹靂。
結婚を申し込んでいた他の人からすれば、『ちょっと待て!!』となること請け合いである。
「リアが断り文句として、『自分より強い相手でなければ』と言っていたこともあり、トーヤがサルスハート流の皆伝を得たことで多少は黙らせられる。だが、皆伝の印可を出すのは儂だ。他の貴族の申し出を蹴る以上、もう一押しが欲しい」
マーモント侯爵はそう言って一度言葉を区切り、何故かトーヤではなく俺を見た。
結婚するのは俺じゃないんだが、と思いつつも、俺はその視線に促されるように口を開く。
「……それは、トーヤと結婚することがマーモント侯爵家にとって価値がある、と思わせるだけの何か、ということでしょうか?」
「簡単に言えばそうだな」
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