378 旅立ちの前に (3)

「今のところ、ないわね」

 しかしそんな視線を向けられたハルカの方は、顔色を変えることもなく平然と答えた。

 むしろ会話に入っていない俺の方が、顔が熱くなる。

「へぇ? でも、可能性はあるんだ?」

「まぁ、することはしてるし? でも、エルフは若干、妊娠しにくいみたいなのよね」

「あんまりすぐに妊娠されても困るんですけどね。一応、そのときのことも考えてはいますが」

「お、おい、ハルカ……?」

 とんでもない話の流れに思わず口を挟むが、ハルカはさらりと応える。

「なに? 気にするような仲じゃないでしょ?」

 いや、気にするような仲だと思います。

 それとも何か?

 女子同士だと、そのへんのことも明け透けに話すもんなの?

 秘密にするもんじゃないの?

 助けを求めるようにトーヤに視線を向けるが、彼は貝になり、風景と同化していた。

 ……うん、俺以上に会話に入りにくいよな。解る。

 トーヤの場合、下手に口を挟むと、墓穴を掘ることにもなりかねないし。

「ナオくん、今更だと思いますよ?」

「あの家、作りは良いけど、部屋の壁に断熱材とか、防音材は入ってないんだよねぇ」

「……き、聞こえない。俺は何も聞こえない」

 両耳を押さえて、テーブルに突っ伏す俺。

 具体的には言わずとも、ほぼ言うに等しいユキたちの言葉から、俺は全力で視線を逸らす。

「そっちの小さい二人はともかく、それでも共同生活、大丈夫なんだ? シェアハウスとか、そういう恋愛関係で破綻しそうだけど」

「トーヤは獣人のお嫁さんが欲しいみたいだし、適度にそーゆー所に行っているみたいだしね」

「へー、そうなんだ?」

 自分のことが話題になり、チラリとヤスエに視線を向けられても、目を瞑り能面のように表情を変えないトーヤ。

 下手に何か言えば、揶揄われること確実なので、それも正しい選択だろう。

 実際のところ、当初こそ『娼館には絶対に行くな』と言っていたハルカだが、ある程度こちらの世界に慣れてからは、あまりとやかく言うことはなくなっていた。

 トーヤが青楼に嵌まっていること自体は、あまり良く思ってはいないのだろうが、使っているお金はトーヤの個人資産であるし、下手に安いところに行って病気をもらってきたりするよりは余程安心。

 メアリたちの教育に良くないかも、という懸念に関しても、まったく失当で、むしろ彼女たちの方がませているように感じることもあるほど。

 そもそも性に関する云々なんて時代によってもかなり異なるのだから、世界が違えば倫理観が異なることも当然と言えば、当然。気にするだけ無駄だろう。

 それ故、たまにトーヤがお泊まりしてきても問い詰めたりはしないし、ちょっと揶揄う程度で軽く流している。

 しかも、これまで一度も直接的な言葉で非難はしていないところが、なんとも

 最初に『行くな』と言われているだけに、トーヤとしては『娼館に行ってきます』とは言いづらいだろうし、落ち着かないだろう。

 開き直ってカミングアウトしても問題なさそうに思えるが、喩えば同級生の女の子に『俺、風俗行ってくる!』と言えるかどうか……。

 俺なら無理。

 ――まぁ、もし俺が好奇心で『ちょっと娼館に行ってくる』とでも言おうものなら、確実に戦争が始まるだろうが。

「じゃあ、トーヤは良いとして。ユキとナツキはどうなの? 同じ家の中でイチャコラされて。ウザい! とか思わないの?」

 いや、俺たち、そんなにイチャコラしてないぞ?

 少なくとも、人目があるときには。

 ほら、ユキとナツキも顔を見合わせて頷いているし。

「それはないかなぁ? 以前とほとんど変わってないし?」

「ですね。元々、二人の距離感は近かったですし。気にしてたら……」

 微妙に違った。

 自重してたはずだが……。

「あー、なるほど。見慣れてるわけね。納得。まぁ、前から『あれで付き合ってないとか、嘘だよね』とか思ってたしね、私は。『あれは家族と同じ扱い。本命は永井』という説もあったけど」

「え、そうなの? 私的にはトーヤは有り得なかったんだけど」

 少し驚いたようなハルカと共に、影薄く静かにしていたトーヤもポロリと言葉を漏らす。

「オレもハルカは有り得なかったなぁ……」

「なによ? 私の何が不満なのよ? ん?」

「理不尽!? 同じことを言ったのに!」

 笑顔で圧をかけるハルカに、トーヤは慌てて手を振って釈明をする。

「だって、お前、昔からナオのことしか見てなかったじゃん? そういう意味では。学校じゃ自重してたけど、それ以外じゃ……割り込もうとか思えねぇって」

「……まぁ、そうだけど」

「へぇ? 学校以外じゃ違うんだ?」

 面白そうな表情で身を乗り出すヤスエに、トーヤは頷く。

「あぁ。それでもユキたちもいる五人のときはまだマシだったんだが、三人だけの時は、コイツら、自重しねぇよ? 一緒にメシを食いに行くと、一つの料理を二人でつつくとか普通だから」

「ほぅほぅ?」

 目を輝かせるヤスエと、興味深そうなユキ、ナツキ。

 ついでに、静かにしているメアリとミーティアの耳もピクピクしている。

「ちょっ――」

「場合によっちゃぁ、同じスプーンでアーンとか――」

「ちょっと黙ろうか、トーヤ君?」

「トーヤ、口は災いの元だぞ?」

「イデデデッ! や、止め――」

 エスカレートするトーヤを、ハルカは耳を、俺は尻尾を引っ張って止める。

 トーヤの前では色々やらかしている気がするので、これ以上話させるのはちょっとマズい。

「わ、解った! 話さない!」

「なら、良し。永遠に口を噤んでおく方が、身のためよ?」

「解ったけどよ、最近、家だと似たようなもんじゃねぇ? 今更コイツらの前で隠しても……」

「それでも、よ。実際に口にされると、は、恥ずかしいじゃない」

 顔を少し赤らめるハルカに、ヤスエが面白そうに笑う。

「あら、残念。しかし、そっかぁ。ちょっぴり、三角関係、四角関係――できれば五角関係とか、ドロドロした話が聞けるかと期待してたんだけど」

「性格悪いわね、ヤスエ」

 更生(?)したかと思われたヤスエだが、相手がハルカだからか、微妙な性格の悪さは残っているらしい。

 ハルカにジト目を向けられたヤスエは、軽く肩をすくめる。

「冗談よ。半分は」

「半分は本気ってことじゃない」

「うん。正直に言えば、ドロドロは期待してなかったけど、恋バナは期待してた。もうちょっとこう、面白い話はないの? 実はナオがハルカに隠れてナツキ、ユキとも付き合ってるとか」

「いや、ねぇから!」

 俺を危ない話に巻き込まないでくれ。

 女子同士で恋バナをするのを止めようとはしないから。

「それ、普通ならドロドロになる展開だよ? ――そのうち、とは思ってるけど」

「あ、ユキはオープンに狙ってるんだ? あっちなら、俄然身を乗り出しちゃう話だけど、こっちだと……普通に結婚できるものねぇ。ユキたちがその辺の一般人と結婚できるとは思えないし」

「でしょ? 絶対に生活レベルが落ちるから」

「最低レベルになるわよね、私たちからすれば。だからといって、お金持ちを狙うとなると、大商人とか貴族になってくるし、そうなると素性の怪しい私たちなんて、第二、第三夫人、下手したら愛人とかそのへんよね」

「だよね? 絶対、利権とか、跡継ぎとか、本気でドロドロした争いが家庭内で起こりそうだし」

「そう考えると、ナオは無難な相手なのか。なんか、つまらないわねぇ。他のクラスメイトとかはどうなの?」

「あら? ヤスエさん、誰か心当たりが? 少なくとも、これまでに私たちが出会ったクラスメイトに、まともな人はいなかったんですが……」

「うっ……」

 言外に、その中に自分が含まれることに気付き、ヤスエは言葉に詰まって視線を落としたが、すぐに顔を上げて言葉を続けた。

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