326 再始動に向けて (2)

「最後は俺か。俺の『空中歩行』も、前よりはマシになった。前回は下が水だったから助かったが、次からは下が岩盤でも問題ない――いや、トーヤ以外なら問題ないだろう」

「え? オレはダメなのか?」

 言い直した俺の言葉に、自分を指さして目を見開いたトーヤに、俺は深く頷く。

「体重の問題だ。お前、他のメンバーよりも一・五倍は重いだろ?」

 俺も命が惜しいので、『誰と比べて』とは言わないが、トーヤ以外のパーティーメンバーで一番重い人よりも、圧倒的に重いのがトーヤ。

 身長の高さや筋肉質であることを考えれば、その重さも順当ではあるのだが、だからといって、重いことには変わりない。

「じゃあ、オレが落ちたらサヨウナラ……?」

 マジですか? みたいな表情になるトーヤに、ハルカが苦笑して口を開く。

「私なら支えられる、と思う。でも、できればやりたくはないわね。自分の体重プラストーヤの体重が私の両足に掛かるわけだから」

 『空中歩行ウォーク・オン・エア』は空中を歩く魔法であり、決して空を飛ぶ魔法ではない。

 つまり誰かを助けようと思えば、ハルカの言う通り、膝への負担はかなり大きい。

 それが自分の体重よりもずっと重い物となれば、言うまでもないだろう。

「その上、ハルカの細腕で落下中のトーヤの体重を支えるわけだろ? ハルカの腕がどうなるか……うん、トーヤ、お前、そのまま落ちろ」

「酷ぇ!?」

「冗談だ。だが、トーヤ、絶対に落ちるなよ? ハルカの腕が折れるとか、許せない」

「落ちる気はねぇよ! ねぇけど落ちるから危険なんだろ!?」

「そりゃそうだな。――だからといって、ダイエットしろとは言えないか」

「当然だろ!」

「「肉盾が劣化する(理想体型だ)からな」」

「「……ん?」」

 顔を見合わせる俺とトーヤ。

 じっと俺の顔を見たトーヤは、『ふぅ~』と息を吐くと、ヤレヤレと大袈裟に肩をすくめる。

「オイオイ。推定体脂肪率一桁代のオレの肉体に対する感想がそれか? オレの肉体美、評判が良いんだぜ?」

「……武士の情け、いや、同じ男としての情けだ。お前がどこでその肉体美を見せたのか、そして誰から褒められたのか、追求するのは勘弁してやろう」

「あがっ、ぐっ。だ、だが、落とす脂肪もないのは事実だぜ? ハルカとは別の意味で」

 失言に動揺したのか、落下時には命を握られるハルカに対して、迂闊な発言をしたトーヤの頬を、ハルカが細い指でつねり上げた。

「あらぁ? 余計なことを言うのはこの口かしらぁ? 良いのよ、私は! モデル体型だから。ナオだって不満はないんだから!!」

「いででで……。そ、そうなのか?」

「聞くな!」

 どう考えても、この場で答えられない質問だろーが!

 俺を巻き込むんじゃねぇ。

「ま、まぁ、万が一トーヤが落下したら、俺とハルカの二人で頑張るしかないか」

 話を変えるように俺がそう言えば、ハルカもトーヤの頬から指を離して頷く。

「そうね、それなら負担は半分だし。……できれば、そんな機会はあって欲しくないけど」

「だよなぁ。二人で上手く捕まえられるかどうか。難易度SSSトリプルエスって感じだな」

 あの時、上手くナツキを捕まえられたのだって、かなりの幸運が作用したからこそ、だと思っている。

 それこそ、アドヴァストリス様から頂いた【ラッキー!】が作用したんじゃないかと思うほどに。

 そんな難しいことを、俺とハルカの二人でタイミングを合わせ、上手く捕まえられるのかどうか――。

「うん、たぶん無理。失敗したらすまん」

「すまんじゃ、済まねぇよ!? ――けどまぁ、そんときはそん時だな。失敗しても恨んだりはしねぇよ」

「そうか、なら良かった。……スケルトンやゾンビになって出てきても、きっちり浄化してやるからな?」

「そいつぁ、礼を言えば良いのか?」

 ジト目を向けるトーヤに、俺は「おう」と頷く。

「放置されるより良いだろう? 恥ずかしくないか? 自分の死体が動いているのって」

 スケルトンぐらいまでシェイプアップすればともかく、ゾンビだと見えそうだし。

「……そうか。そうだな。ありがとう」

 トーヤもそのことを想像したのか、口をへの字に曲げつつも、素直に礼を口にした。

「どういたしまして。実際にやるのは、ハルカとナツキだが」

「いえ、そうならないように努力しましょうね? 二人とも」

「そうなの! 死んじゃったらダメなの!」

 やや呆れたように言ったナツキに対して、同じように言葉を挟んだミーティアの方は本当に心配そうで、不安を含んだ表情だった。

 思えばミーティアたちは、父親を亡くして未だ一年も経っていないのだ。

 隣に座っていたハルカはそんなミーティアの頭を撫でながら、俺たちの方に厳しい視線を向ける。

「そうね、死んじゃダメよね。トーヤ、ナオ、気を付けるように」

「「お、おう」」

 言外に『発言にも気を付けるように』という意味がこもったハルカの言葉に、俺とトーヤは素直に頷いた。

 勿論、俺たちだって死にたくはないし、そのつもりもない。

 当然、トーヤを死なせるつもりもな。

「少し話が逸れたな。俺の『爆炎エクスプロージョン』の方も、まだ中途半端だ。【火魔法】のレベルは一応、7まで上げたんだが……」

 ステータスのレベル表記はそこまで当てにならないとはいえ、レベル8の魔法である『火炎放射ファイアー・ジェット』と『爆炎エクスプロージョン』、いずれも発動しているのに表記が変わらないということは、基準の威力には達していないのだろう。

 にもかかわらず、威力、消費魔力ともにかなり大きいのは、さすがはレベル8の魔法といったところか。

「本来の『爆炎』ほどの爆発力はないかもしれないが、収束させることで、一応岩を砕けるようにはなった」

「おぉ、すげぇじゃん。どれぐらいの?」

「材質にもよるだろうが、一抱えぐらいなら爆散するな」

 実験場所は、ロッククライミングの練習場所。

 あの辺りなら、実験材料とする岩には事欠かない。

 切り出すだけなら、『空間分断プレーン・シフト』で可能だしな。

「お、おぅ……なかなか……喰らいたくはないな」

「実戦でどれだけ使えるかは判らないぞ? 『火矢ファイア・アロー』に比べると、遅いしな」

 仮にトーヤ相手に使ったなら、確実に避けられるだろう。

 そして、避けられないような近距離で使えば、自分も巻き込まれる。

 爆発系の魔法なので。

 近距離でも自分には被害が出ない(飛散物は除く)『火矢』の方が、多くの場面では使い勝手は良いだろう。

 ついでに、ガーゴイルにどれだけ効くのかという問題もある。

 単なる岩と違い、人間や魔物には魔法への抵抗力があるのだから。

「あとは……そういえば、武器の更新もしていたな」

「あ、それは私もですね」

 俺とナツキの武器、穂先に関しては元のままだが、柄の素材が擬鉄木からトレントへと変更されていた。

 しなりに関しては擬鉄木よりも使いやすい上に、強度も大幅アップ。

 それこそなまくらの剣ならば、普通に柄で受け止めても問題ないほどに強いらしい。

 俺たちが使っている小太刀を使っても断ち切ることはできなかったので、おそらくは大抵の状況で俺の身を守ってくれると信じている。

 ちなみに、トレントはそのままでも十分に硬いのだが、完成後に処理を行うことでもう一段階、硬くなるらしい。

 その処理にはそれなりにコストがかかるらしいが、最初から剣を受け止められるほどに硬ければ、加工が難しいのは当然として、トレントを斃すときにも、その後で枝打ちをするときにもとんでもなく苦労するだろうから、ありがたいと思うべきなのだろう。

 ……加工賃、痛かったけどね!

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