322 副業は必要? (1)

「お疲れ様でした。ナオくん、ユキ」

「あぁ、少し疲れたな」

 俺たちが関わる酒蔵作りは、昼頃には一旦終わりとなった。

 地下室部分の壁を作り、建物の土台を固めた後は、シモンさんに『後は儂らでやるから問題ねぇ』と言われ、お役御免になったのだ。

 なので、今も外からはトンテンカンと、工事の音が聞こえている。

「けど、やっぱりこっちの大工さんは凄いよね。作業が凄く早いもん」

「この家ができる時も思いましたが、やはりそうですよね」

「ナツキたちの味噌は終わったんだよな?」

「はい、仕込み自体は。できあがりにはしばらく掛かりますが、楽しみにしていてください」

「あぁ。ところで、酒の方はどうにかなりそうなのか? あれ、どう見てもかなり力が入ってるが……」

 そう言いながら俺が指さすのは、窓の外の工事現場。

 シモンさんが還元云々を言ったところで、あれだけのコストを掛けて何もできませんでした、では少々マズい気がする。

「そのあたりは、トミーたちが頑張るでしょ。麹菌と米、場所の提供はしたんだから」

「成功はして欲しいですけどね。米が入手しやすくなるかもしれないですし」

 ナツキたちの興味はそこか。

 もちろん俺も、米が欲しいのは同じなのだが。

「ってことは、後はお任せ、放置ってことで良いのか?」

「いえ、実は少し関わってみようかと思ってるのよ、副業的に」

 話の流れ的に、後は酵母の抽出に力を貸すぐらいかと思ったら、ハルカから意外な言葉が返ってきた。

「何でまた?」

 副業なんかしなくても、十分に稼げているし、生活にも困ってない。

 あえて酒の製造に関わる必要は無いように思うのだが……。

「だって、副業って流行ってるし?」

「……いや、流行ってはないだろう、少なくともこの世界では」

 日本では最近、副業OKな会社も増えている、みたいな報道もあったが、少なくともこっちで副業をしている人なんて聞いた事がない。

 それこそ、まともな休日すらないのが普通の事なのだから。

「副業って言えば、ハルカはバックパックの収入もあっただろ。あれは?」

「微々たるものね、あれは。生活費で簡単に消える程度だから、全然足りないわよ。それに、ずっともらえるものじゃないから……」

「……何か、金が必要なのか? ある程度なら、俺も出せるが」

 まさかトーヤじゃあるまいし、娼館に嵌まって金がない、なんて事は無いだろう。

 必要な事なら、俺の分配の中から払う事も厭わない、そんなつもりで言った俺だったが、ハルカは少し困ったような表情、そしてナツキは俺とハルカを見比べると、苦笑を浮かべて口を開いた。

「ナオくん。ハルカは冒険者を引退した時の事や、冒険者として働けない時の事を考えているんですよ。ほら、ライフステージによっては、働けない期間、ありますよね」

「ライフステージ……あ」

 なるほど、シモンさんにも言われたが、そういう事か。

 場合によっては、一年、二年働けないような事も考えるべきなのか?

「そ、そういう事なら、反対する理由は無いな。うん」

「あたしたちには回復魔法があるとは言っても、やっぱり不安はあるしね」

 そうだよな。

 最初の頃は、怪我や病気で働けなくなれば、即座に路頭に迷うと戦々恐々だった。

 幸いな事に、【頑強】さんが仕事をしてくれているのか、今のところ病気らしい病気もせずに済んでいるのだが、今後ずっと安心とは断言できるはずもない。

 いざとなれば、それこそシモンさんのところで働かせてもらうのも手だが、この町で行われる土木工事の件数を考えれば、それこそたまのバイトぐらいがちょうど良い感じだろう。

「トーヤはどうだ?」

「もちろん、反対する理由は無い! むしろがっぽり稼いでくれ!」

「あぁ、そうか。だよな」

 こいつ、手元資金が減ってるもんな。

 まぁ、町にいる日数がそこまででもないので、本気で全財産をつぎ込むほどにはなっていないと思うが……まだ若いからなぁ。

「しかし、関わると言っても、何をするんだ? 酵母の抽出に協力するだけじゃないんだよな?」

「それだけなら、あえて言うことじゃないわね」

「私たちとしては、お米以外、そしてこの辺りで一般的に造られているお酒の原料以外で、何かしらのお酒が造れたら、と思っているのですが……」

「いや、それって、かなり難しくないか?」

 俺もあまり詳しくは無いが、この周辺で手に入る酒と言えば、麦を原料としたエール、ブドウを原料としたワインが一般的。

 高級品として、リンゴの様な果物を原料とした果実酒もあるようだが、産地でもないここで、これらを作るのは論外だろう。

 あえて言うなら、ディンドルの産地ではあるが、ただでさえ高いディンドルなのだ。それを大量に使う酒など、どんな値段になるのかと。

「価格競争力があるのか? こんな場所で造って」

 果物に関しては言うまでも無いが、ラファンの町は決して穀倉地帯というわけでもない。

 ピニング周辺では麦が多く作られているのでエールの産地になっているようだが、ここラファンに原料を輸入するのであれば、よほどの酒を造らなければ、売れはしないだろう。

 ……いや、もしかして、本当にディンドルを?

 超高級酒なら、ワンチャンある?

「うん。だから目標は、利用されていない植物、もしくは安い植物を使ってお酒を造る事ね」

 違った。その上――。

「更に難易度アップだし」

「難しいとは思うけど、あたしたちもまだ一〇年ぐらいは十分に冒険者ができるじゃない? それぐらいを目処に何か見つかれば良いかなって」

「地球のお酒を考えると、予想外な物から造られていたりしますから、可能性がゼロとは言えないかと。この世界の一般的な人よりも、知識面では私たちに分がありますから」

「まぁ、そこはなぁ……」

 地球の酒に関する知識、デンプンが糖になる仕組みやアルコール発酵の知識、酵母の知識など。新たに発見するのは難しいが、真似をするのはよほど簡単。

 そう考えれば、不可能ではないのかもしれない。

「一応、トーヤには森で何か探してきて、とは言ってるんだけど」

「そうなのか?」

 トーヤの方に顔を向けると、トーヤは軽くうなずく。

「おう、明日にでも行ってみるつもりだぜ? ナオも一緒にどうだ?」

「そりゃ、つきあうのは別にかまわないが……」

 そう簡単に見つかるか? 酒の材料になるようなものが。

「蜂蜜や果物の様な糖分がある物が一番だけど、それらはそれ自体に十分な価値があるからね。狙い目はデンプンを蓄えていそうな、芋とか、球根とか、茎とかそんな感じの植物かしら」

「了解。探してみる」

 ヨウ素液がないので、実験はできないが、なんか粉っぽい物を探せば良いか。

 ジャガイモみたいに。

「ミーも一緒に行くの!」

「お、そうか? じゃあ、行くか。遊びがてらに」

「ミーが行くなら、私もおつきあいします」

 メアリも参加を表明し、これで四人。

 森に気軽に遊びに行けるようになるとは、思えば俺たちも成長したものである。

「メアリには、私たちの方にもアイデアをもらいたいんだけど……」

「私にできる事なら……。ですが、私なんて、ハルカさんたちに比べると頭悪いですし……」

「気にしなくても、メアリちゃんは十分に賢いですよ?」

「そうですか? ありがとうございます」

 自分を卑下するような事を言ったメアリを、ナツキが率直に褒めると、メアリは少し嬉しそうにはにかんだ。

「それに、訊きたいのは、ある意味メアリの得意分野? だからね。味は気にしないから、とにかく安い食べ物って、何か知らない?」

「安い食べ物、ですか? お金が無い時に私たちが食べていたのは、エゴイモですね。凄く安いので」

 考える事も無く即答したメアリの言葉に、そばにいたミーティアが眉を寄せて、口をへの字に曲げる。

「あれ、美味しくないの! 食べたら、いーってなるの。そしてイガイガってなるの」

「ははは……。かなりえぐみの強い芋なので、食べるためには磨り潰して、水に晒して――と手間のかかる食べ物なんですが、それでもやっぱり……。ミーティアじゃないですけど、いーってなります」

 なかなかに解りやすいミーティアの表現に、俺たちはそろって苦笑を浮かべる。

 ミーティアが子供舌という事を差し引いても、決して美味しくない芋なのだろう。

「それって、普通に売っている芋なの?」

「ケルグだと市場で買えましたが、こちらだと……すみません、ハルカさんたちに拾ってもらってからは、ありがたい事に、食べる機会も無かったので」

「あぁ、かまわないわよ。探してみるから」

 申し訳なさそうなメアリに、ハルカは軽く手を振って応える。

 しかし、エゴイモか。

 探してみれば、結構いろんなものが売ってるのかもな、この町でも。

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