319 醸す (1)
「え? リュウゼツランって、あの滅茶苦茶でっかくなって、十数年とかに一度しか花が咲かないという?」
「そう、それ」
ちなみに、花が咲くまでの期間は成長具合に比例するので、本来の自生地で十数年、日本などでは二〇年から三〇年と言われている。
そして、一度花を咲かせただけで枯れてしまうのだ。
テキーラに用いられるのは、花が咲く前、栄養がしっかりと蓄えられた状態の物である。
「あれの茎の部分……でいいのかしら? まぁ、そんな感じの部分を使って造るのよ」
「あ、あれを農産物として栽培するのか……なんか想像できないな……」
トーヤの想像するリュウゼツランは、植物園で見るような巨大なリュウゼツラン。
だが、実際、その想像はほぼ間違っていない。
花が咲く前に収穫するため、稀にニュースになるような巨大な花茎こそ無いが、放射状に生える葉は両腕を伸ばしたよりも大きく広がり、収穫までに掛かる期間も十年以上。
どう考えても、日本の小さな畑にはマッチしない。
「ジャガイモで造るお酒も、別にあった気がするけど……何だったかしら?」
「アクアビットですね。アルコールを造るだけなら、結構、いろんな物で造れますからね。それこそ、食品廃棄物みたいな物でも。美味しいかどうかは知りませんが」
廃棄物由来でメジャーなところでは、廃糖蜜だろうか。
砂糖を作った後の廃棄物だが、これを使って焼酎などが造られる。
もっとも、これを“廃棄物”と言うべきか、“副産物”と言うべきかは微妙なところだが。
「いや、美味しくなけりゃ意味がねぇじゃん? 何のために作るんだって話だろ」
「大丈夫よ。大抵の物は蒸留すれば飲めるから。……たぶん」
「たぶんって……おい」
「だって、私、お酒の味なんて解らないもの。適当に作って、トミーやシモンさんたちに飲ませてみましょ」
「そ、それで良いのか……? いや、そもそもオレたちが酒を造る意味ってあるのか?」
「経営の多角化。冒険者一本槍だと不安じゃない? 引退後の事とか」
トーヤのもっともな言い分に対し、ハルカの答えはそんな物だった。
ナツキはそれを聞き、少し考えると、真面目な表情で口を開いた。
「……もしかして、ハルカ、私が崖から落ちた事が影響してますか?」
「うん、それが無いとは言わない。収益源が多ければ、焦る必要も無いしね」
今のところ、ハルカたちの間では、できる範囲では冒険者を続けようというコンセンサスが取れているが、実際にどれだけの資金を貯めるかなどの目標に関しては、どうしてもばらつきが出る。
エルフであるハルカとナオに比べ、寿命の短いトーヤたちは、冒険者として活動できる期間も短くなるし、今後、結婚などによるライフステージの変化にも違いは出てくる。
それらを考えると、冒険者の引退を決める段階が、必ずしも全員が同じになるとは限らないし、それ以外に収益源が無ければ、辞めたくても辞められないという事も起こりうるだろう。
「まぁ、確かに、冒険者を引退すると仕事が無いって話は聞くなぁ。まともな仕事にも就けねぇし、不味い屋台を始めたりとか――いや、ハルカたちの場合、普通に飯屋で成功しねぇ?」
「私たちはともかく、トーヤは? 魔法を使えるナオはまだしも、トーヤは体力が衰えたらどうするの? 蓄え、あるの?」
「ぐはっ! い、痛いところを!?」
現状、一番潰しが効かないのが誰かと言えば、確実にトーヤだろう。
トーヤ以外は、体力が衰えても魔法で稼げる上に、女性陣はそれ以外にも平時に使える色々なスキルを持っている。
対してトーヤの持つスキルは、せいぜいが【鍛冶】ぐらい。
ガンツさんやトミーという知り合いがいるので、そこで下働きぐらいはできるだろうが、稼ぎとしてはかなり寂しい物になる。
「それまでに十分なお金を貯めて、引退後は働かないって方法もあるとは思うけど……できれば働ける方が良いわよね? 人間としても、そして父親としても」
「ですよね。子供が生まれたら、『お父さん、お仕事しないの?』とか言われるかも……」
「げふっ! そ、それは確かにキツい!」
その事を想像したのか、トーヤがその顔に焦りを浮かべる。
彼の目標は、獣耳の可愛いお嫁さんをもらうというもの。
そして当然その先には、子供をもうける事も視野に入っているわけで。
自分の子供から『お父さんのお仕事は?』と聞かれた時、『お父さんは若い頃にたくさん働いたから、もう働かないんだよ』と言えるかどうか。
言ったとして、そんな父親、尊敬されるのかどうか。
結構深刻な問題である。
いや、普通に考えて、働きもせずに嫁とイチャイチャしているだけの父親。
かなりダメだろう。
子供が分別が付く年齢になれば別かもしれないが、それまでの間、どう見られるか……。
ついでに言えば、彼、お金を貯めるという目標も、微妙に滞っていたりする。
理由はもちろん、アレである。
回数は少ないのだが、青楼が高級娼館と言われるのは伊達では無いのだ。
「ち、ちなみに、メアリ、ミーティア。過去冒険者だった人ってどんな感じか知ってるか?」
現地代表って事も無いのだろうが、そう訊ねたトーヤに、彼女たちが返した答えは非情な物だった。
「う~ん、あんまり知らないの。でも、大抵の人は結婚もできず、酒場で飲んだくれているの」
「その……私の知っている狭い範囲ですけど、あまりまともな人は……あ、いえ、きっとまともな人は私たちの生活範囲にはいなかっただけだと思います!」
実際には、メアリたちの生活圏を離れたところで、そんな“まともな人”はほぼいない。
マズい屋台をやっている冒険者だって、ある意味では成功者なのだ。
「……うん、必要だな、経営の多角化。頑張る。できる事は何でも言ってくれ!」
自分の将来を想像したのか、力強く宣言するトーヤだったが、そんなトーヤのやる気に水を差したのはハルカ。
「それより、味噌と醤油造りの方が先だけどね」
「ですね。お酒の方は、シモンさんたちの方の結果が出てからで良いかもしれません」
「それまでは……お酒になりそうな物を探すぐらいかな? トーヤ、森で何か探してくるとかどう? 【鑑定】があるし、向いているんじゃない?」
「むっ、確かに。それじゃ、やる事もないし、早速――」
と、トーヤが言ったところで、タイミング良く部屋に入ってきたのはナオだった。
「トーヤ、喜べ。力仕事だぞ」
「――おっと、そっちもあったか。了解した」
ナオの言葉に頷き、立ち上がったトーヤに続き、メアリたちも手を上げる。
「ナオさん、私とミーもお手伝いしましょうか?」
「うん、ミーもできるの!」
する事も無く暇だったためか、ピョンという感じで立ち上がった二人だったが、ナオは少し考えてから首を振った。
「あー、いや、メアリとミーティアが大人顔負けなのは知っているが、今日のところは良いだろ。大人たちに交じって仕事するには、体格的にな」
「そうなんですか?」
「あぁ。ちょっと危ないしな」
実際、工事の作業に使う足場など、大人の体格に合わせて作られているため、メアリたち――特にミーティアがそこで作業するのは危険が伴う。
それでも、作業内容を限定すれば十分に役には立つのだろうが、酒蔵作りはナオたちの希望ではなく、シモンやトミーたちの希望。
その事を考えれば、敢えて子供たちを働かせるような事でもない。
極論、ナオたちが魔法を使ってまで協力する必要性も無いのだが、そこは義理や人情、人付き合いの範疇である。
「ナオくん、ハルカは良いんですか? お疲れじゃありません?」
「ん? あぁ、まあ、少し疲れてはいるが、問題ない。……ハルカが来ても、今日一日では終わりそうにないからなぁ」
窓から見える工事現場の方を見て、ナオは少し苦笑しながら肩をすくめた。
ハルカの魔力量を考えれば、かなりの助けになる事は間違いないのだが、普段は必要性が無い事もあり、彼女の【土魔法】はレベル1。
壁面をナオやユキと同等レベルで固めるには、少々不足している。
かと言って、手作業でもどうにかなる土の運び出しなどをやらせる気にはならない、そういう事なのだろう。
「そうなの? それじゃ、私たちは味噌造りに励むわね」
「おう。そっちの方が嬉しいな。美味いのを頼む」
「それは努力する、としか言いようが無いわね。メインはナツキだし」
「一先ずは同じ手順でやってみますが、米も豆も、そして麹菌も違いますから、どうなるかは……」
実際、日本で使われている麹菌にも多くの種類があり、味噌造りに使う物、日本酒造りに使う物、焼酎造りに使う物、それぞれ違うし、日本酒に使う麹だけでも何種類もある。
麹菌の種類が違っても造れないわけではないのだが、そのあたりは味に反映されるわけで、“何々用の麹菌”とは、それが美味しく造れる麹菌という事になる。
「ふむ、そんなものか。ま、上手くいったら御の字って感じでよろしく」
「はい。メアリちゃんたちは、私たちの方を手伝ってください」
「はい」
「美味しいの、造るの!」
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