310 休息と探索 (2)
ナツキの言葉に、上を見上げれば、そこに見えたのは、ぐにゃりと曲がった木の枝だった。
「なっ――!?」
あり得ない光景に一瞬、唖然としてしまったが、これでも一応、それなりの経験は積んでいる。
即座に大きく後ろに飛べば、直前まで俺のいた場所に、バサリと木の枝が叩きつけられた。
「うわっ……」
「動いてます、ね」
まるで泥の中から足を引き抜くように、木の根っこをうねうねと動かし、その木が動き出していた。
そして、さすがにこの状態であれば、【索敵】に明確な反応がある。
「言うまでもない気はするが、トレント。スキルは【擬態】だと。他に情報はあるか?」
「パッとは出てきませんが、木材としては、私たちが伐採している木よりも価値があるみたいですよ?」
「持ち帰ると喜ばれるか」
言われてみれば、魔物事典にそんな事が書いてあったような気もする。
ある意味、ラファンの町では人気の出そうな魔物だが……。
「どうやって斃せば良い?」
「一定以上破壊するか、魔石を破壊するか、ですね。どうするべきかは、難しいところですが」
あまり木を傷つけてしまえば木材としての価値がなくなるし、魔石を破壊すれば、魔石を売ることができなくなる、って事か。
マジックバッグで持ち帰りが可能な俺たちなら、魔石を狙うべきなんだろうが……。
「厄介な……魔石がどこにあるか判るか?」
「根元の中心部分にあるらしいですよ。妥当と言えば妥当でしょうか。一番、太いわけですし」
「確かにな」
普通の木が一番太い場所と言えば、やはり根元の部分。
その中心に魔石を配置すれば、最も防御力は高いだろう。
「そこまで一気に貫けるような攻撃手段は……無いよなぁ」
「ちょっとずつ削っていくか、燃やしてしまうか。それも生木ですから難しいですか」
ホント、トーヤがいないのが悔やまれる。
そして、ついでにハルカも。『
槍と薙刀という俺とナツキのペアには、なかなかに相性が悪い敵である。
ちなみに、俺とナツキが比較的ゆっくりと話し合えているのは、トレントの移動速度が遅いからである。
うねうねとした根っこの動きは少々気持ち悪いが、あまり移動には向いていないようで、逃げること自体は難しくなさそうである。
もっとも、その逃げる道中に別のトレントがいたりすれば、不意打ちを受ける危険性が高いのだが。
「……いや、マジでどうやって斃すべ?」
後のことを考えないのであれば、俺の得意な『
ラファンに持ち帰り、今後、トレントを狩る価値があるかどうかを判断するためにも。
「地道に、斧であの根っこを切断して――あ、そう言えば、時空魔法で『
「――おぉ! あれか!」
レベル5の時空魔法、『空間分断』。
名前の通り、空間を分断して対象を切断することができる、それだけ聞くととんでもなく強力そうな攻撃魔法なのだが、そうは問屋が卸さない。
まずなにより、発動に時間が掛かる。
『火矢』などであれば、発動してから敵にぶつけるという形になるのだが、『空間分断』の場合は、発動場所の指定、意識の集中、魔法の発動というプロセスを辿る。
つまり、場所の指定から発動までには若干のタイムラグがあり、普通の敵であればその間に対象場所から移動してしまっている。
訓練によりそのタイムラグを縮小したり、移動場所を予測したりすることで、それに対処したとしても、もう一つの問題は、消費魔力。
オークなどを斃すためであれば、圧倒的に『火矢』の方がコスパが良い。
使いづらい上に、コスパも悪い。
つまり、使うメリットが無いのだ。
それ故、攻撃手段としてはすっかり忘れていたのだが、この場面ではちょうど良いんじゃないだろうか?
トレントの動きも遅いし。
「では早速……魔石は、一番太い場所、だよな?」
「はい。根っこではなく、幹の部分で一番太い場所、です」
「それはまた微妙な……」
地面から這いだしてしまった関係で、どこまでが幹で、どこからが根っこなのかちょっと判りづらい。
魔石のサイズからして、数センチぐらいの誤差なら何とかなりそうだが――。
「『
じっくりと狙いを定め、魔法を発動。
見た目には何の変化も無い、とても地味な魔法だが、トレントの変化は明確だった。
うねうねと動いていた木の根っこが、ピタリと止まる。
そして、その直後、重さに耐えかねるかのようにその根っこがバキバキと折れ始め、上に乗っていた幹がこちらに向かって――。
「おっと!」
「わっ!」
俺とナツキが慌てて避けると、大きな木がズシンと地面に横たわり、根元で切断された切り株が、ゴロリと転がった。
「……おぉ、あっさり」
どうやら上手く魔石の場所をカットできたらしい。
根元の部分で直径六〇センチほどはありそうな木なのだが、何の抵抗も無く切れるとか……凄くない? この魔法。
「先日の銘木の伐採、これを使えば良かったな」
「ですが、この魔法、そう何度もは使えないんじゃないですか?」
「まぁ、な。だが、俺とユキ、二人で使えば、半分ぐらいはこの魔法で切り倒せたような気はする」
手作業での伐採作業は、結構時間が掛かるので、休む時間はあるんだよな。
切り倒した後で、枝打ちをするのにも時間はかかるし。
もっとも、しばらくの間は伐採に行くことも無いだろうし、何よりも今は、帰ることが優先なのだが。
俺は槍を手に、転がった切り株の方を突いてみるが、反応は無い。【索敵】の方でも反応は無くなっているし、死んだ(?)と思っても良さそうである。
「斃してしまうと、あの妙なしなやかさはなくなるんですね」
ナツキは折れた根っこや、どう見ても普通の木にしか見えない枝を検分しながら頷いている。
俺も触ってみるが、どう見ても木。
これだけ見ると、先ほどまでは根っこが触手の様に動いていた事や、枝がゴムの様にしなやかだったことなど、想像もできない。
これがトレントだったことを窺わせるのは、切り株の切り口に見えている切断された魔石のみである。
「……回収するか。魔石はダメになったわけだし」
「はい。せっかくですからね」
俺たちも木の伐採には慣れたもの。
二人して手際よく枝を落とし、マジックバッグの中に収納。
切り株に使い道があるのかは判らなかったが、こちらもとりあえず回収して、先に進んだわけだが――それ以降も、思い出したようにトレントは出現した。
二度目以降は動き出す前に『空間分断』で伐採しているのだが、魔石の位置を外してしまうと、ちょっと面倒くさい。
切り株だけで襲いかかってくるのだ。
しかも、頭が軽くなったからか、妙に素早くなるし。
まぁ、一〇メートル以上の木を倒さないように移動する事を考えれば、それも必然か?
「しかし、一定以上破壊すれば斃せるって話じゃ?」
「私に言われても……本にそう書いてあっただけですし」
切り株だけなんて、身体の九割以上を失っている状態だと思うのだが、著者には文句を言いたいところ。
もっとも、根っこを避けて切り株の中央部分に斧を叩き込めば、大抵は一撃で斃せるので、大した脅威でもないのだが。
それでもそれなりに素早いし、万が一、ナツキが絡め取られるとR18になってしまいそうなので、対処は主に俺が行っている。
「でも、この森、本当に夜は歩けませんね。危険すぎます」
「だなぁ。暗闇から首を襲ってくるシャドウ・マーゲイ。トレントだって、突然頭上から棍棒で殴りつけられるようなものだろ? 地味に殺意、高いよな」
スキルも【隠密】と【擬態】。
正に待ち伏せ、不意打ち上等って感じである。
「もしかして、他にも似たタイプの魔物がいるんでしょうか?」
「いない、とも言いきれないよなぁ……。気を付けて進もう」
「はい」
まさかそれがフラグになったわけでも無いだろうが、それ以降も、きっちりとそれに類する魔物が出現した。
一種類目は、スタブ・バローズ。
こちらはダンジョンの入口周辺でも出現した魔物だけに、『お久しぶりです!』という感じで、槍の錆にしてやったのだが、もう一つは少し厄介だった。
それは、シャドウ・バイパー。
バインド・バイパーの親戚のような名前だが、生態もそれに酷似していた。
違いと言えば、【隠密】持ちである事と、全長が五メートルほどと長く、やや細めな事、そして全身が真っ黒である事だろう。
そして、この違いが地味に厄介。
【索敵】で発見しにくい上に、木のかなり高い位置から枝の間をすり抜けて、一気に身体を伸ばしてくるのだ。
それでいて、皮の固さはバインド・バイパー以上で、力もそれ以上。
暗闇で襲われたら、この体色の黒さはマジでシャレにならない。
蛇だけにピット器官とか持ってそうだし、相手は暗さなんて関係ないだろう。
――まぁ、ナツキはそれでも、薙刀であっさりと首を切り飛ばしていたのだが。
『細いので、バインド・バイパーよりも斬りやすいですね』などと言いながら。
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