301 空からの襲撃 (2)

「トーヤお兄ちゃん、たくさん取ってきてね!」

「トーヤさん、気を付けてください」

 トーヤの言葉があったから、というわけじゃないのだろうが、笑顔で両手をぎゅっと握ったミーティアと、少し心配そうな表情のメアリからも声援が飛ぶ。

 ――いや、ミーティアの方は声援なのか?

 食い意地の方が……ある意味では声援か。

「おーう。行ってくる」

 ハルカから渡された、氷入りの革袋を腰にぶら下げたトーヤは、先ほどよりも少し低いテンションで、縄梯子を降りて行く。

 先ほどの事もあり、俺もより集中して索敵をしているのだが、今のところ、反応は無し。

 トーヤは背後を気にしつつも、壁面からフライング・ガーを収穫していく。

 収穫。

 そう、正にそんな感じ。

 壁面に突き立ったままビチビチと動いているフライング・ガーの身体を掴み、ボキリと胴体を折り取る。

 そのまま尾を持ってぶら下げ、血が流れなくなったら袋の中へ。

 壁面に突き立ったままの頭は強引に引き抜き、これもまた袋へ。

「「「………」」」

 その様子を上から眺めている俺たちは、あまりにもシュールな光景に無言になる。

 合理的ではあるのだが、かなり酷い絵面。

 そして、フライング・ガー、やはり欠陥生物である。

 場所の問題かもしれないが、最初の一撃を失敗してしまえば、俎上の鯉。

 刈り取られるのを待つのみである。

「……一四……一五。結構あったな」

 全部で一五匹。トーヤに突き刺さっていたのも加えれば一六匹。

 周囲を見回して、取り残しが無い事を確認し、トーヤが縄梯子を登ってきた。

 それにあわせて俺の魔法も解除する。

「お疲れさま。――ユキ、それももう良い?」

 ハルカは戻ってきたトーヤから革袋を受け取ると、それの口を開けて、まだ吻を検分していたユキに差し出す。

「あ、ゴメン。ちょっと気になったから」

 軽く謝ったユキが吻を革袋に入れると、ハルカはそれをマジックバッグに片付けてから、ユキに聞き返す。

「気になったって、何が?」

「うん。フライング・ガーの吻って、金属も貫くと思う?」

「どう、だろうな? さすがにある程度厚みがある白鉄は貫けないと思うが……」

「岩には突き刺さっていますからね……」

 はっきりとは言えないあたりが怖いが、幸い、フライング・ガーの吻はたくさん確保できている。

 盾を作るにしても、鎧を作るにしても、実験してみれば、どの程度で防ぐ事ができるかは判る事だろう。

「トーヤに、プレート・メイルでも着せたら、って?」

「ううん、違う」

 俺と同じ事を考えたのか、ハルカが口にした言葉にユキは首を振り、意外な提案を口にした。

「戸板の裏に金属板を貼り付けて、それを背負って崖を降りたら、フライング・ガー、取り放題じゃないかな?」

「「「……ぷっ!」」」

 戸板を背負ったトーヤ。

 その戸板に、ズドドドド、と突き刺さるフライング・ガー。

 その光景を想像し、思わず噴き出す俺たち。

「じ、地味に悪くない提案ね」

「はい。テストは必要でしょうが――」

「安全性と収益、両方が確保できるよね?」

 メアリたちも含め、ウンウンと頷く俺たちに対し、声を上げたのはやはりトーヤだった。

「いや、それメッチャ重いよな!? 戸板はともかく、金属板が!」

 戸板自体の重さも二〇キロぐらいにはなりそうだが、裏に貼り付ける金属、その重さはかなりの物だろう。

 もちろん、金属の種類と厚み次第ではあるだろうが、厚み一センチほどの鉄板でも、一〇〇キロは超えるだろうし、それを背負って降りるトーヤの負担は、結構シャレにならない。

 縄梯子ならともかく、万が一、ロープでぶら下がるような事になれば――。

「……ん? いや、案外いけるんじゃないか?」

「おい、確かに身体能力は上がってるけどよ……」

「だって、レスキュー隊とか、人を背負ってロープで降下したりするだろ? その事を考えれば」

 各種装備と人一人分の体重、一〇〇キロは超えそうな気がする。

 そしてトーヤの身体能力は、レスキュー隊以上……の、はず。

 むしろ心配なのは、ロープの強度じゃないだろうか?

 俺の言葉に、少し考え込んだトーヤは、曖昧に頷いた。

「……できなくはねぇ、って気はするな、確かに」

「縄梯子だけじゃなく、下りるためのロープも、ワイヤーにした方が良いかもしれませんね。……ちょっと高価ですけど」

 先ほどはナツキの努力と多少の幸運で、ロープにフライング・ガーが突き刺さる事は無かったが、万が一突き刺さってしまえば現在使っているロープではひとたまりも無いだろう。

 それを考えればワイヤーに行き着くのは当然だが、値段はもちろん、取り回しのしやすさにはかなりの難点がある。

 一番良いのは、フライング・ガーの吻を跳ね返すような繊維が手に入る事だが、もしそんな物が手に入るのであれば、ロープよりも服を作る方を優先したいところである。

「戸板に関してはまた考えるにしても、今日、先に進むか、それが問題よね」

「うん。安全性最優先なら、またまた準備のために帰還すべきなんだろうけど……」

「俺たち、今日来たばかりだからなぁ……」

 これまで、極力安全性を最優先に考えて行動してきた俺たちではあるのだが、ここに来るまで数日を要しているわけで、前回に引き続き、まったく先に進まずに帰るのが正しいのかどうか……少し考えてしまう。

 往復に数日、実質の探索時間が数時間、帰還しての準備時間が再び数日。

 ここに戻って来るまで、また数日。

 手が無いというのなら、当然の選択ではあるのだが、何とか方法がある段階で選ぶべきなのかは、疑問が残る。

 幸い、銘木のおかげで資金的には余裕があるが、あまりに成果がなさ過ぎである。

「十数匹の“あご”だけが成果というのもなぁ」

「トビウオに近いのか、ダツに近いのか、もしくはまったく別の味なのか。まだ判らないわよ?」

「そもそも美味しいかも判らないしね。食べられるって書いてあっただけだから」

「……そうなのか。久しぶりに海魚が食べられると思ったんだが」

 時々川で釣って来ている魚も十分に美味いのだが、海の魚とはやっぱり違う。

 少々凶悪度の高い魚ではあるが、見ようによってはかなり間抜けであるし、ここで確保できるなら、言う事無いのだが。

「いえ、海魚ではないと思いますが。滝の上から飛んできたんですから、川魚でしょう。――あの滝の水が、海水でない限り」

「さすがにそれは……ありえねぇとは言えねぇよな、ダンジョンだし」

 現象としては否定できないが、そんなトーヤの言葉をハルカはあっさりと否定する。

「無いわよ。あれが海水だったら、これだけ水煙に濡れている私たち、ベタベタになってるわよ」

「そりゃそうだ。じゃあ、フライング・ガーは海魚っぽい、川魚。味は帰ってからのお楽しみ、と」

 もっともな説明に、トーヤもすぐさま頷いた。

「それよりも、まずは情報を整理しましょう。まずは敵。ロック・スパイダーは、ナオ、感知できるのよね?」

「おそらくは。だが、長距離になると少し自信が無い。具体的には、下の岩棚近く」

「……おい。オレはそこに降りて行ってたんだが?」

 俺の言葉にジト目を向けてきたトーヤに、俺は頷きつつ反論する。

「だから魔法を撃って確認したんだよ。万が一に備えて。それにトーヤなら、ロック・スパイダーに体当たりされても、弾けるだろう?」

「う~ん、たぶん?」

 前回、何匹ものロック・スパイダーを処理する過程で、ロック・スパイダーがどの程度の威力で体当たりしてくるのかは、確認済み。

 その威力は、不意打ちさえ避ける事ができれば、トーヤなら問題なし、俺でもしっかりと体勢を整えておけば対処可能、という感じであった。

 正に隠密と不意打ちが命の魔物である。

 実際、【隠密】と【不意打ち】のスキルが見えたし。

「次は、アローヘッド・イーグル。こちらは私でも撃ち落とせたから、そこまで脅威じゃないかしら?」

「いや、そんな簡単じゃないぞ? あれを撃ち落とすのは」

 ハルカは軽く言うが、アローヘッド・イーグルの速度は決して馬鹿にできるものではない。

 真っ直ぐ突っ込んでくるので多少はマシだが、それでも弓で撃ち落とすには、かなりの技術が必要となるだろう。

「あれ、ミーは無理なの」

「私もです。武器も届きませんが、あの速度は……」

「対処できるのは、ハルカとユキ、それにナオくんだけですよね。薙刀が届く範囲まで来れば何とかなると思いますが、狙われるのは、崖を降りている人みたいですからね」

「あ、ミーも! こっちに来たらきっと斃せるの!」

 ミーティアが対抗するように、ピッと手を上げるが、来ないのが問題なのだ。

 ハルカが一羽、俺とユキが二羽ずつは何とかなる。

 三羽は……少し厳しいか?

 ハルカが弓の後で魔法を使ったとしても六羽程度までか。

「さっきの数、プラス数羽までは対処できそうだな」

「そうよね。となると、やっぱり問題は、フライング・ガーね」

「あの数と身体の小ささは厳しいよね。頑張って数匹斃しても、全然足りないし」

「俺たちが三匹ずつ斃しても九匹。さっきと同じなら七匹は取りこぼすか……」

「いえ、もっとね。一応さっきも、何匹かは私とユキの魔法で排除できてるから。――ナオの魔法は普通に突き抜けてきたけど」

「うぐっ! 痛いところを!」

「そういえばそうでしたね。焼き魚どころか、タタキにもなっていませんでした」

 えぇ、そうでしたね!

 完全に生でしたね!

「すみませんでしたー、完全に魔法の選択ミスですー」

「ナオ、あなたが拗ねても可愛くないわよ?」

「別に拗ねてねぇよ。――で、どう対処する?」

「そう? まずは斃せるかだけど……ナオ、『爆炎エクスプロージョン』は?」

「『爆炎』なら衝撃波があるから、何とかなりそうではあるが、無理だな。まだ不完全な上に、下手したら降りている人にダメージが行くぞ? 『鎌嵐カッター・ストーム』はどうだ?」

「それなら対処できそうだけど、私もまだ無理。レベル的にはまだ5だからね」

 ちなみに、『爆炎エクスプロージョン』も『鎌嵐カッター・ストーム』も、そして俺が微妙な状態で発動させた『火炎放射ファイアー・ジェット』も、レベル8の魔法である。

 完全な状態で使えるようになるには、今しばらくの練習が必要。

 そして、魔法に関しては下位互換になっているユキもまた、言うまでも無いだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る