286 キノコ狩り? (2)

「へー、クマコロ。なんだか可愛い名前――」

「一つ食べれば熊でもイチコロ――」

「――危ねぇ!」

 採って帰ろうと伸ばし掛けた手を、慌てて引っ込める。

 見た目は普通なのに、物騒だなぁ、オイ。

 そんな俺の様子を、ユキはニシシと笑いながら、別の場所を指さした。

「毒キノコだけど、触るのは別に問題ないから。その隣に少し薄い色のキノコがあるでしょ?」

「ん? これか?」

 いくつか並んだクマコロの内、色が薄く見える一つを指さしたのだが、ユキは首を振る。

「その右隣。それはクマコロモドキ。それは食用だよ。えっと……その中で五個ほどはクマコロモドキだね」

「……区別が付かないんだが?」

 一つのコロニーのように一〇個あまりのキノコが生えているのだが、俺にはほとんど区別がつかない。

 もちろん、違いがある事は判る。

 判るのだが、それが個体差の範囲なのか、別種なのかと言われると……。

 さっき指さしたのは違うって言われたし。

「えっとね、これと、これと……引き抜いてみると判るよ。石突きの色が違うから。ほら」

「……確かに」

 ユキの採ったクマコロモドキと、クマコロ。

 引き抜いて比べてみれば、地面に埋まっていた石突きの部分の色が違う。

 クマコロはその部分が白いのに対し、クマコロモドキは茶色い。

 これなら俺でも、はっきりと違いが判るが……。

「これって、この部分をカットして売っていたら、気付かないよな?」

「うん、普通は無理だね。見ての通り、生える場所も同じだから、信頼できる店以外では手を出さないのが無難かな?」

 石突き部分を隠して見比べると、俺にはまったく区別が付かない。

「ヤバいな、キノコ」

「まぁ、天然物のキノコは、日本でも道の駅で、間違って毒キノコが売られてた、みたいな話もあるしねぇ」

「あぁ、ニュースになったりするな」

 キノコ以外にも、スイセンとニラ、イヌサフランとギョウジャニンニク。

 このへんは、その時季になると毎年ニュースになるぐらいにメジャーな有毒植物である。

 さすがにこの辺は知識さえあれば間違う事はないので、『知人から貰った』とか、『自分で採取した』とかいうパターンが多いようだが。

「今のところ、市場で毒キノコを食用として売っているのは見た事無いけど、行商人によっては、後の事なんか知らないとばかりに、怪しい物を売っていたりするみたいだから、知識も無く買い物するのはとってもリスキーだね」

「普通なら一番危険な『自己判断での採取』が一番安全とか、震える」

「ま、あたしたちは大丈夫だよ。きちんと【鑑定】するからね。それに、クマコロを食べても死なないよ。……たぶん」

「たぶんって……本当か?」

 そりゃ、一般人よりは丈夫だけどさ。

 レベルアップの恩恵と【頑強】はそれだけの効果があるのだろうか?

 俺の疑問に、ユキはちょっと考えてから答える。

「ナツキと……トーヤなら、ほぼほぼ? あたしたちだと……ハルカたちがいた方が安心かも?」

「そうだな、解毒、できるもんな」

 ナツキの場合、【毒耐性】もあるから、万が一の場合にはハルカよりも頼りになるかもしれない。

 だが、そんなギャンブル、参加したくないぞ。

「大丈夫、大丈夫! あたしたちが作る料理に、毒キノコが混入する事は無いから! ――ナオが浮気とかしない限り」

「おぉい!? 今、なんつった!? めっちゃ気になる言葉が聞こえたぞ!」

 焦る俺に、ユキは平然と言葉を返してくる。

 とても気になる言葉を。

「品行方正に生きるのは大切だよねー、って話。特に食事生命線を握られている場合は」

「お、俺は、大丈夫、だぞ? だよな? な?」

「なら心配する事、無いよ。――娼館」

 ニッコリ笑いながら、最後にボソリと付け加えられた言葉に、俺は息をのむ。

「………」

 大丈夫、大丈夫。

 俺は行ってない……少し気になったけど、行ってない。

 って、まさか、トーヤの奴、バレたのか?

 頼むから俺を巻き込んでくれるなよ!?

「さてさて~、思ったよりキノコが見つかりそうだね。たくさん回収して帰ろうね。――イロイロと」

「お、おう……」

 その“イロイロ”に毒キノコ、含まれてませんよね?

 大丈夫ですよね、ユキさん?

 その笑顔がちょっと気になりますよ?


    ◇    ◇    ◇


 時季が良かったのか、場所が良かったのか、はたまたその両方か。

 クマコロを収穫――もとい、クマコロを収穫した後も、キノコは色々と見つかった。

 見るからにヤバいのに食べられるキノコや、ごく普通の外見なのに致死レベルの毒キノコなどは序の口。

 触れるだけでも皮膚が爛れるキノコや、採ろうとすると胞子を噴き出して、吸い込むと咳が止まらなくなるキノコなどもあった。

 で、まぁ、ユキはその大半を採取しているわけで。

 見るからにヤバいキノコは食欲が湧かないので売却用、毒キノコ各種は薬学や錬金術の素材用らしいが、頼むから間違えて混ぜたりしないでくれよ?

 それらは全部マジックバッグに放り込んでいるんだが……俺がキノコ料理を作るのは、絶対に止めておこう。

 下手をすると、食材だと思って取り出したのが、実は――なんて事になりかねない。

 ちなみに、一部のキノコは、キノコが生えている朽ち木ごと回収している。

 上手くすれば、ウチの庭で継続的に取れるかもしれないし。

 キノコは胞子で増えるんだよな?

 同じ種類の木を切って側に置いておけば、そちらからも生えてくれたりするだろうか?

 少し期待。

 ――まぁ、後からナツキに聞いたところ、菌が売っている椎茸でも、榾木ほたぎにそれを植え付けてから年単位で寝かせる必要があるらしいので、キノコの人工栽培はかなり気の長い話である。

「う~ん、あんまり進めなかったね」

「そりゃ、あれだけキノコ狩りに熱中してたらな」

「うん、ナオもだよね?」

「否定はできないな」

 俺たちの身体能力で、頑張って目的地を目指せば、本来は一日もあれば着ける程度の距離らしいのだが、実際は未だ目的地の影すら見えず。

 山に入ってからキノコ狩りを楽しんでいたのだから、それも当然だろう。

 見つければ採りたくなる。

 仕方のない事なのだ。

「なので、今日はここで野営です。先日拾ったテントも持ってきたから、きっと快適?」

「だと良いけどな」

 ちょうど見つけた大きな岩。

 その陰で俺たちは、野営の準備を始める。

 件のテントを張り、焚き火を準備し、マジックバッグから取り出した椅子に腰掛ける。

 あまり不便が無いあたり、野営と言うよりもキャンプといった感じではあるが。

「う~ん、考えてみれば、あたしたちも成長したよね。最初の頃は、野営するにも緊張したものだけど」

「何事にも慣れる。そういう事だな」

 どんな魔物が出てくるか判らない場所ならともかく、今となっては、この辺りならさほど緊張する必要も無いと理解している。

 常時【索敵】する事にも慣れたし、咄嗟の事態に対応する経験も積んだ。

 ちょっとのんびり、キャンプ風でも問題は無い。

「せっかくだし、キノコ汁でも作ろうかな?」

「ふむ、作り置きじゃないんだな? 持ってきてるだろ?」

 野営で料理を作っていたのは最初の頃だけ。

 最近はマジックバッグから取り出した物をすぐに食べるか、軽く火に掛ける程度。

 普通に料理する事は、ほとんど無くなっていた。

「採取してすぐに食べる。これもキャンプの醍醐味だよね?」

「解らなくもない。それも楽しいから良いが……変な物を入れるなよ?」

 確認するように言った俺の言葉に、後ろを向いて鍋の準備をしていたユキの肩が、ピクリと震える。

 そしてゆっくりと振り返って、乾いた笑みを浮かべながら、鍋を焚き火の上に吊した。

「い、嫌だなぁ~、変な物なんか入れるはずないよ? ナオ、あたしが信じられない?」

には信じているぞ? ――には」

 ただし、今はちょっと信じていない。

 さっきのキノコ狩りの時、怪しげな笑みを浮かべながら採取していたキノコがあった事を覚えているから。

「だよねー、信じてくれてるよねー。“基本的”って単語が気になるけど」

「そこは気にするな。――料理、任せて良いか?」

「うん。任せて。いろんなキノコが採れたから、きっと美味しいキノコ汁ができるよ?」

「そうか、それは楽しみだな」

 と、言いつつ、俺はマジックバッグを引き寄せ、そこから本を取り出して読書を始める。

 大半の本は自宅の本棚に並べているのだが、一部、冒険の最中にも使いそうな本に関しては、マジックバッグの中に入っているのだ。

 後は、時間つぶしとして読むような本に関しても。

 そして、今、俺が読んでいるのは――。

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