275 孤児院で授業 (1)
「私は同年代に拘る必要は無いと思うけど? ほら、孤児にはそれなりに人気なんだから」
そう言いながら、ハルカが指さした方を見ると、レミーちゃんがテトテトと走り寄ってきていた。
そして、俺の前で立ち止まると、ふぅと息を整えてから口を開く。
「ナオおにぃちゃん、こんにちは!」
「レミーちゃん。こんにちは。元気かな?」
俺がしゃがみ込んで聞き返すと、レミーちゃんは大きく頷く。
「うん! おなかいっぱいたべてりゅ!」
「それはよかった。今日はお肉を持ってきたからな」
「おにく!? わーい! おにく~~♪」
俺が頭を撫でながらそんな事を言うと、レミーちゃんは両手を上げてピョンピョンしていたが、ハッとしたように姿勢を正すと――。
「――あっ! いちゅもありがとうございましゅ!」
思い出したようにそんな言葉を付け加え、ぺこりと頭を下げる。
可愛い。
いや、まぁ、神殿には毎回お賽銭を入れているし、孤児院には訪れる度に、何かしら寄付しているが……毎回丁寧にお礼を言われると、逆に心苦しくなるんだが。俺の場合。
くそぅ、これがイシュカさんの狙いかっ! 違うか。
ちなみに、それなりに懐いてくれていると思われるレミーちゃんに対し、他の孤児からの人気はさほどでも無いのが俺。
大人しめの子たちからは、ハルカと共に慕われているような気がしないでもないのだが、どちらかと言えば活発な子が多いのが孤児たち。
トーヤやユキ、そして俺よりも圧倒的に訪問回数が少ないはずのメアリとミーティアの方が人気があったりする。
やはり年齢が近いからだろうか?
今も、子供たちに囲まれて笑顔で会話しているし。
「ミーはダンジョンにも潜っているのです!」
「すっげぇ! 良いなぁ、冒険者」
「僕も冒険者になりたい!」
「こんな小さい子でもなれるなら……」
胸を張って自慢しているミーティアに、彼女よりも少しだけ年上に見える孤児たち――中でも男の子が羨ましそうに騒いでいる。
そんな彼らをたしなめるのは、彼らの中では年上になるメアリ。
「ミー、ナオさんたちの手助けがあってこそでしょ? 私たちだけだと無理です。あなたたちも、下手に真似しちゃダメですよ?」
「そうなの! ミーだけの力じゃないの! でも、ミーも頑張って訓練してるの!」
「えー、訓練って何だよ。そんなちっこいくせに!」
そんな事を言いながら、ミーティアの肩を押した男の子――あれは確か、レミーちゃんに、ジェイ兄と呼ばれていた子か――だったが、ミーティアはよろけもせず、逆にジェイの方がたたらを踏む。
「えっ!?」
「ふふふん! ミーは鍛えてるの!」
信じられないように自分の手とミーティアを見比べるジェイに対し、ミーティアはドヤ顔で胸を張る。
その尻尾は機嫌良さそうに揺れ、耳もピクピクと動いている。
「マジかよ! すげー! ちょっと力比べしようぜ!」
「負けないの!」
そんな風に言いながら、ミーティアたちは力比べを始めたのだが……おぉ、ミーティアの方が身体が小さいのに、明らかに勝ってる。
さすが獣人は伊達じゃないな。
そんな子供たちを、メアリはお姉さんとして見守っていて……おっと、いつの間にやら、トーヤは男の子たちに剣を教え始めていて、ユキとナツキも子供たちに引っ張って行かれているじゃないか。
いや、俺とハルカの周りにも、レミーちゃん以外に何人かいるんだけどな?
でも、無言で身体をよじ登るのはやめて欲しい。落ちたら怖いから。
その場に腰を下ろし、ハルカと共にまとわりついてくる子供たちをあやしていると、そこにイシュカさんがやって来た。
「ナオさん、ハルカさん、お待たせして申し訳ありません」
「いえ、お約束していたわけではありませんから、お気になされず」
何か仕事をしていたのか、いつもより少しゆっくりめに登場したイシュカさんではあるが、その程度のことに目くじらを立てたりはしない。
俺たちは良いパトロンだから。
――いや、パトロンと言うほどには金を出してないけどな。
「それから、先日はありがとうございました。お仕事を頂きまして」
「あれは私たちも助かりましたから。ねぇ、ナオ」
「はい。俺たちは家を空けることも多いですし、また機会があればお願いします」
成果と報酬額を比較すれば、孤児たちは十分にリーズナブルな労働力なのだ。
孤児院としても現金が得られて利があるのであれば、頼まない理由が無い。
「その時は是非。それで、今日は?」
イシュカさんはにこりと微笑むと、そう言って小首をかしげた。
「ちょっと肉をお裾分けに。高く売れない安い肉ですけど」
「まぁ、いつもありがとうございます。お肉はなかなか食べられないので、とてもありがたいです」
俺たちの場合、肉は買わなくても手に入るので、市場で購入する必要がある穀物や野菜などの方が若干貴重なのだが、普通に購入するのであれば肉の方が圧倒的に高いのだ。
それ故、レミーちゃんも飛び跳ねて喜んでいたわけだが、そんなに美味しい部位じゃないのが申し訳ないところ。
まぁ、『高い物は止めてください』という、イシュカさんのお願いがあるので仕方ないのだが。
「それでは倉庫の方に――アレン、降りなさい」
俺たちを倉庫に案内しようとしたイシュカさんが、俺の頭にしがみついたままのアレン――三、四歳ぐらいの無口な男の子――に目を留めてそんな事を言ったのだが、アレンは何が気に入ったのか、俺の髪を掴んで離れようとしなかった。
「あー、まぁ、良いですよ。大して重くないですから。アレン、ちゃんと掴んでいろよ?」
アレンが頷いたっぽい反応を感じ、俺は軽くアレンの身体に手を添えて立ち上がる。
「すみません。ナオさん」
「いえいえ、俺に懐いてくれる貴重な子供ですから」
「トーヤが一番人気だもんねぇ」
そう言ってハルカが苦笑するが……そう、先ほども述べたとおり、地味に人気が無いのだ、俺って。
やはり剣を持っているのが格好いいのか、俺たちが孤児院を訪れると、男の子の大半はトーヤの傍に行く。
女の子に人気があるのがナツキ。
女の子の半分ぐらいがナツキ贔屓で、女の子の四分の一ぐらいがユキ。
残りの女の子とアレンだけが、俺とハルカに引っ付いてくる。
気持ちは解るので、別に不満は無いのだが、少しだけ寂しい。
まぁ、人数が少ない分、邪魔にはならないのだが。
そんな子たちを引き連れて、俺たちは孤児院の地下にある倉庫へ。
孤児院だけに冷蔵庫みたいな高級品は無いが、それなりにひんやりとしているここの倉庫であれば、数日程度は肉も日持ちするだろう。
そのぐらいの期間で、三十人弱が食べる量なら、一〇キロもあれば十分か――?
「ちなみにイシュカさん、肉の塩漬けとか作ります?」
などと思っていると、ハルカがそんな事をイシュカさんに尋ねた。
「余るほどのお肉が手に入ることはありませんので、作ることはありませんね」
「そうですか。では四〇キロほど置いておきますので、作ってみてください」
ハルカはそう言うと、棚の上に肉の塊をドンッ、ドンッと並べた。
「……よろしいのですか?」
「えぇ。それに、今更引っ込めるのも、なんですから」
そんなハルカの視線の先には、肉の塊を目の前に、「お肉♪ お肉♪」と踊っている子供たちの姿が。
あの様子を見て、今更『やっぱり減らします』などと、言えるはずも無い。
「ですね。ありがたく頂きます。この後は、もうお帰りに?」
「う~ん、どうしようか、ナオ?」
特に事前には決めていなかったため、ハルカが窺うような視線を俺に向ける。
明日ダンジョンに戻る事は決まっているが、今日すべき事は特に無いんだよな。
かといって、孤児院に残る理由も、また無いわけで。
「ナオおにぃちゃん、かえっちゃうの?」
俺が少し考え込んでいると、レミーちゃんが俺のズボンを握って、寂しそうに見上げてくる。
更に頭の上のアレンも、何やら不満そうに髪を引っ張り、「む~~」とか言っている。
「あー、どうせ用事も無いし、もう少しいても良いんじゃないか?」
「私としては、あえて反対する理由も無いけど……何するの?」
「そうだなぁ……」
俺たちにまとわりついてくる子供たちは、比較的のんびりとしたおとなしい子ばかりなので、いつものように木陰でのんびりと過ごしていても良いのだが……。
ちょっと時間がもったいなくも、あるよな?
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