261 ディンドルを手に入れろ (3)
去年も思った事ではあるが、生粋のエルフであるアエラさんの身軽さは、レベルアップして身体強化も覚えた俺たちに匹敵するほどである。
そんな彼女が参加すれば、当然の如く採取も捗り、昼過ぎには三本の木からの採取を終えて帰還する事になった。
そのままアエラさんの所で、遅めの昼食をご馳走になった後は、その足でアドヴァストリス様の神殿へ挨拶に向かう。
重課金ボーナスの【ラッキー!】は、本当に効果があるのかさっぱり判らないが、特に悪い事も起こっていないし、無事に生きているので感謝はしておくべきだろう。
久しぶりだったので、やや多めの寄付金を放り込み祈ってみれば、しっかりとレベルアップしていた。しかも2つも上がって現在レベル24。
前回上がったのが、ダンジョンから帰ってきた時だったから……今回の護衛任務で得た経験が結構大きかったって事か。
強い魔物を大量に斃したわけではないが、領兵との訓練や、恐らく俺たち以上に強い襲撃者との戦闘など、経験だけは積んだので、そのおかげだろう。
「こんにちは、ナオさん、ハルカさん。お久しぶりですね」
祈りを終えて帰ろうとしたところ、神殿に入った時にはいなかったイシュカさんがいつの間にか現れていて、声を掛けてきた。
「あ、イシュカさん、お久しぶりです」
「こんにちは。お久しぶりです」
「どこかに行かれていたんですか? しばらくお顔を拝見していませんでしたが」
「ちょっと仕事で、少し遠い他の町まで。そのおかげで、家はちょっと大変な状況になっていましたが」
夏から秋にかけて、庭を放置すればどうなるか。
当然の如く草が繁茂し、庭はもちろん、花壇も自然に返る。
ハルカたちがガーデニングとか言って整備してるのに、綺麗な状態の方が少ないんじゃないか、と思ったりする今日この頃。
最近はメアリたちも一緒に行動するようになったし、家を空ける事が多いから、仕方ない部分はあるのだが。
かと言って、彼女たちをずっとハウスキーパーとして雇うのでなければ、職業訓練も必要なわけで。
結局、俺たちが教えられるのは、冒険者としての事だけだからな。
「あぁ、この時期だとそうなりますよね」
「はい。綺麗にするのはなかなか大変そうです」
「ナオさんたちなら、人を雇えば良いと思いますよ? 単純な草むしりなら、賃金も安くて良いですし」
「……あぁ、そういう方法もあるわね」
イシュカさんの提案に、ハルカが納得したように頷く。
所謂あれか、シルバー人材センター的な、ちょっとした雑用を時間給で頼むような。
俺たちの家には防犯設備もあるので、『勝手に入って掃除しておいて』とはいかないだろうが、人手を増やす事はできるわけだ。
「悪くないわね。帰ってきた後、あまりメアリとミーティアを頑張らせるのは可哀想だし」
「だな」
帰ってきた時、庭が草ボウボウだったら、メアリたちなら頑張って綺麗にしようとするだろう。
もちろん、俺たちも手伝うとしても、かなり広いからなぁ。
「こういう依頼って……冒険者ギルド?」
この世界にシルバー人材センターなんてないので、どこに頼むべきかと小首をかしげたハルカに、とても良い笑顔で、突然プロモーションを始めたのはイシュカさんだった。
「いえいえ! そんなハルカさんたちにお薦めなのが孤児院です! 労働力としては少し頼りない部分はありますが、成人している冒険者に比べて賃金は安く済みますし、人手も一気に用意できます。信用も神殿が保証しますから、安心です!」
猛プッシュである。
「……狙ってた?」
「そんな、ハルカさん、人聞きの悪い。ですが、まぁ、この時期、そういう依頼が無いわけではないですね」
ややジト目を向けたハルカに、イシュカさんは笑顔を崩さないまま応える。
「こういう雑用依頼って、孤児院にとっては重要なんですよ? 自分たちの生活費を稼がせて、働く事を知るという意味もありますが、地域の人との顔つなぎ、職業訓練などの面でも。将来的な就職の面でも。雇う方としても、小さい頃から知っている子供なら、雇いやすいですからね」
「それは……確かにそうね」
孤児には縁故が無いため、そういう機会を設けて縁故を作るという意味もあるらしい。
まぁ、解らないでもない。
単なる雑用でも、何度か依頼して真面目に働いている子供であれば、突然やって来た相手よりも雇いやすくなるだろう。
「こういう仕事が縁で、引き取られる子供もいますからね。孤児院の中に引きこもっているだけでは、成人した時に困りますから」
なるほど。
孤児院は、ただ住む場所と食事を与えていれば良いって訳じゃないよな。
もちろん、ミジャーラの状況などを見ると、それらが与えられるだけでも良い方なのだと思うが……さすがイシュカさん、若くして神官長になるだけのことはある。
「ハルカ、どうする? 雇うのは別に良いと思うが……」
あんまりのんびりできる状況ではないんだよな。
ナツキがいるから、あまり無茶はしないと思うが、トーヤとか、手がかりを見つけるとついつい突っ込みしすぎそうで。
「どうせ今日は出発できないでしょ。今から日が暮れるまでなら、良いんじゃない?」
「そうですか! ありがとうございます。えーっと、今日は全員空いてますし、賃金はこれぐらいで、人数が――」
まるで俺たちの気が変わらないうちに、とでも言うようにイシュカさんが提示した賃金はかなり安い。物価の差を考えても、日本なら最低賃金の半額にも満たないほど。
いや、まぁ、児童労働の時点で既にダメなのだが。
「随分安いけど、良いんですか?」
「ははは……あまり働けない小さい子も含めてですから。そこは寄進と考えていただけると。あ、見習いのケインとシドニーを付けますので、ご迷惑をおかけすることは無いと思いますので……」
まあ、どちらにしても大した額でもない。
それこそ、先ほど賽銭箱に放り込んだ額の方がよっぽど大きい。
「解りました。では、お願いします」
「ありがとうございます。それではすぐに連れてきますので、少々お待ちください」
そう言って裏の孤児院へと向かうイシュカさんを見送り、待つこと暫し。
子供たちを引き連れたシドニーとケインがやって来た。
イシュカさんと比べるとあまり話す機会は無いのだが、年齢的には俺たちよりも下なので、あまり緊張することもなく軽く挨拶を交わし、俺たちの自宅へ。
なかなかに広い庭と草の茂りように少し驚いていた子供たちだったが、すぐに庭の各地へ散って作業を始めた。
先ほどチラリとイシュカさんが言っていたとおり、案外草むしりの依頼は多いのか、それぞれの手にはきちんと道具が握られている。
それぞれ、年長の子供と小さい子供がペアになって作業を進めているので、多少は安心だが、俺とハルカは子供たちが危ない場所へ近づかないように注意を払うことにする。
具体的にはシュレッダーやトーヤの鍛冶場、建物の周りなど。
シュレッダーには安全装置があるし、鍛冶場などには鍵が掛かっているから大丈夫だとは思うが、地味に危ないのは建物の周り。
ふざけていたりして、窓にぶつかったりしようものなら、防犯設備が作動してしまう。
大人ならそうそう死んだりはしないはずだが、子供相手だとどうなるか……。
ちょっと怖い。
だが、そんな俺たちの懸念を他所に、孤児たちは非常に真面目だった。
ふざけたりはもちろん、サボる様子すらまったく見せずに作業を続けている。
効率はともかく、レミーちゃんのような小さい子供もしっかりと作業をしているのだから、凄い。
それだけ生きるのがシビアという事なんだろうが……。
「みんな頑張ってるわね」
「だな。これなら、俺たちが注意してなくても大丈夫か」
「そうね。……ディンドルでもご馳走してあげようかしら? たくさん採れたし」
「うん、良いんじゃないか? 一切れずつぐらいなら」
イシュカさんには『あまり贅沢な物の差し入れは……』と言われているのだが、仕事に来てくれた人への振る舞いなら、まぁ、問題はないだろう。
ちょうど、孤児たちは全員来ているみたいだし、食べられない子供が出て後で揉めることもないだろうし。
「それじゃ、ケインたちに声を掛けておきましょ。ケイン! シドニー! ちょっと」
「「はい!」」
孤児たちに混じって、自分たちも作業をしていたケインたちを呼び寄せ、壁や窓を指さしながら、ハルカが簡単に防犯設備の説明をする。
「えっと、この家、防犯設備を入れているから、そこだけ気を付けてくれる? 壁を乗り越えたり、窓を壊したり、扉を強引に開けたりしない限りは大丈夫だと思うけど」
「……いえ、さすがにそんな事をする子はいませんよ?」
「そうです。みんな良い子ですから。いたずらっ子はいますけど、仕事の時は真剣です」
「一応ね、一応。わざとじゃなくても、事故は起こりえるから」
少しだけ憮然とした様子の二人に、ハルカは笑いながら首を振った。
「それはそうですね。解りました。注意しておきます。お任せください」
「うん、お願い。あと、井戸は家の裏にあるから、適宜水分を取ったり、休憩を取ったりしてね。まだまだ暑いから」
「小さい子供もいるしな。多少休んだくらいで、給料減らしたりしないから」
「お気遣いありがとうございます」
ガッツリと草が生えているこの庭。
秋に近いとは言え、炎天下の中で何時間も作業を続けていては、熱中症とか心配である。
少し安心したような様子で、息をついたシドニーたちに後を任せ、俺たちは家の中へ入り、ディンドルをカットしたり、冷やした果実水などの準備を始めたのだった。
◇ ◇ ◇
人海戦術の威力は十分だった。
あれだけ草ボウボウだった庭も、日が暮れる前には十分に綺麗な庭になり、無事に作業は終了した。
俺たちが普段訓練に使っている場所など、力業でどうとでもなる一部の場所は、俺とハルカが魔法で処理したのだが、大部分は子供たちの頑張りである。
ちなみに、普通は見る機会が無いためか、俺たちの魔法は子供たちには大好評だった。
そして、提供したディンドルも。
とても素直に喜びを表現してくれるので、ついつい、もう一切れずつ提供することになったのだが……仕方ないよな?
決して
最後、ケインたちに全員分の給料を手渡し、その日は終了。
そして、その翌日の早朝、俺たちはピニングへ戻るため、ラファンの町を出発した。
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