225 困ったお手紙
その後も俺たちは、サポート役を何度か交代しつつ、メアリたちを鍛え続けた。
特に日数は決めていなかったとは言え、慣れない野宿に、メアリたちもすぐに音を上げるだろうと思っていたのだが、実際にはそんな事は無かった。
聞いてみると、ミーティア曰く「ケルグで生活していたときより快適なの!」らしい。
これは、メアリとミーティアに用意した折りたたみベッドが快適だったのに加え、お腹いっぱいに食べられる食事も影響していることは、ほぼ間違いないだろう。
特に肉に関して言えば、消費しきれない量の魔物が出てくるし、メアリたちでもピッカウ程度なら斃せるので、自分たちで手に入れた肉が食べられるのも嬉しかったようだ。
後は、寝るときは空のある15層に移動していたので、ダンジョン的な暗さが無かったことも一因としてあるだろうか。
そんな感じで、ダンジョン内で日々を送ること1カ月以上。
俺たちが一区切りを付けて久しぶりに自宅に戻ったときには、季節は少し秋の装いを見せ始めていた。
◇ ◇ ◇
「最近、ハルカさんたち、来られませんねぇ」
朝夕の繁忙期を除くと基本的に暇なラファンの冒険者ギルド。
そのカウンターで私は今日も、のんびりと過ごしていた。
そんな私の暇つぶし――もとい、一服の清涼剤的存在はハルカさんたちのパーティー、明鏡止水。
――彼女たちはパーティー名をあまり使われないので、たまには確認しないと忘れてしまいそうです。
イキってる若い子のパーティーだと、大げさなパーティー名を付けて、無駄に連呼して名前を売ろうとしたりするんですけど、彼女たち、そんなところが皆無だから。
もしかしてエルフ族のお二人は、結構年齢が高いんでしょうか?
獣人族と人間族3人は見たままだと思いますけど。
まぁ、そんな彼女たちは、他の冒険者に比べると、あまり頻繁にはギルドに顔を見せないのですが、それでもこのギルドでは一番の稼ぎ頭。
一部業績連動な私の給料にも反映されて、ウハウハです。
彼女たちが来るまでは、ちょーっと稼げる様になったらラファンからいなくなる冒険者ばかりで、支部長も腐ってたんですが、最近は機嫌が良い感じです。
支部長になると権限も増えますが、給料の大半が業績連動ですからねぇ。
田舎の支部長になってしまうと、下手をすれば給料が下がっちゃうこともあるわけで。
その支部のたたき上げならそれも受け入れられるんでしょうが、都会からやって来た場合は……ま、実質は左遷ですね。
うちの支部長はケルグの副支部長からだったので、多分、お給料大幅ダウンですね。
ですが、それも過去のこと。
ハルカさんたちのおかげで、彼のお給料はケルグの時以上になっているでしょう。
それに、ハルカさんたち、当面はこの町を離れるつもりも無い様ですし。
早いうちに家を建てさせた私、偉い!
お手柄です。
ボーナスとかあっても良いんじゃないでしょうか?
その代わり、時々面倒な相談を受けることもあるんですが……問題なく対応できる範囲ですし、この支部、忙しくないから別に良いんですけど。
というか、私はそれに対応してますけど、支部長は何もしてないのに給料が上がってるって、不公平じゃないですか……?
――今度、面倒そうな相談があったら支部長にやらせましょう。そうしましょう。
もしくはボーナスの支給を求めましょう。
いや、まぁ、ハルカさんたちに対応すると役得もあるんですけどね。
時々、お裾分け、貰えますし。
先日頂いた梨とリンゴはとても美味しかったです。
そろそろディンドルの季節ですが、今年もハルカさんたち、採りに行ってくれるでしょうか?
利益だけを考えると、少し難しい気もしますけど、エルフの新人冒険者、居ないんですよねぇ、今年は。
いえ、『今年は』と言うか、滅多にいないんですけどね。
どちらかと言えば、ディンドル目当てに、この時期だけこの町に来るケースの方が多いのです。
そういう人は自分たちで食べる量を収穫したら、すぐに出て行ってしまうので、あまりおこぼれに与れないんですよねー。
ハルカさん、顔を出してくれたら、お願いするんですけど……。
それに、牛乳瓶もそれなりの量、出来ていますから、そろそろ取りに来て欲しいところです。
宝珠や錫杖の鑑定結果も届いていることですし。
やっぱり今日もダンジョンに行っているんでしょうか?
「副支部長、お手紙が届いています」
「あら、ありがとう」
ぼーっとしていた私の下に部下が手紙を持ってきたのは、そんな時だった。
ギルドの輸送網を使って時々届く手紙。
一般人も利用出来るシステムですが、安くはないので使う人はあまり多くありません。
私に届く手紙も、ギルドからの業務連絡か、うちの母から届く手紙のどちらか。
今回は――。
「母さんですか。いえ、実質は叔父様からでしょうね」
母の名義で届く手紙ですが、どちらかと言えば母の手紙はおまけで、本命は母の妹、つまり叔母からの手紙です。
そしてその手紙の本題は、叔父の用件という、なんとも複雑な手紙なのです、これ。
尤も、費用を出しているのが叔父なので、母はそれに便乗させてもらっている代わりに、名前を貸しているって感じですね。
母の手紙は大抵、私の健康を気遣う内容や、結婚しろ的などうでも良い物ばかりなので、横に避けておき、それなりに大事な用件の書いてある叔母からの手紙――実質叔父からの手紙を読みます。
「ふむふむ……わぉ、なかなかの無茶振りですね。さすが叔父様」
叔父さんからのお願いは、毎回面倒な物が多い――それこそ、ハルカさんたちからの相談が可愛く思えるぐらい――のですが、今回もまた同様だったようです。
「田舎の冒険者ギルドに、何を期待しているんでしょうね、叔父様は」
今回の『お願い』は、ダイアス男爵への結婚祝い。
この領のお隣で、叔父様――ネーナス子爵よりも爵位は低くとも、お金持ち。
それなりに気を使う必要があるお相手です。
この度、その男爵の継嗣が結婚することになり、それにふさわしい祝いの品を用意できないか、と。
冒険者ギルドなら、何か珍しい物があるのではないかという事なのでしょう。
普通なら、『素直に、ラファン特産の高級家具を贈れ』と返答するところですが、幸いなことに今は良い物が――いえ、今は無いですが、手に入る予定があります。
レッド・ストライク・オックスのミルク。
新婚の貴族にこれほど適当な物は無いでしょう。
100本程度は贈りたいので、明鏡止水の皆さんにはちょっと苦労を掛けることになりますが、お願いすればきっとなんとかしてくれるでしょう。
「こっちはこれで良いとして、問題はもう1つですよね」
『腕が良くて信頼できる冒険者を安く雇いたい』。
ふざけるな、って話ですよね。
腕が良い冒険者が、安く雇えるわけないじゃないですか。
更に信頼できるって、無理に決まってます。
『冒険者ギルドは便利屋じゃないんですよ?』と、これまたいつもなら返答するところです。
そもそもラファンに腕の良い冒険者なんていませんでしたし。
けど、今のラファンには明鏡止水が居るんですよねぇ。幸いと言うべきかどうかは悩むところですけど。
それに、叔父様の気持ちも解ります。
その冒険者が必要となる理由が、ダイアス男爵の結婚式へと出席するためなのですが、ネーナス子爵領とダイアス男爵領との間の街道はあまり安全じゃないのです。
山や森が間にある関係で、盗賊が出るのです。困ったことに。
ついでに言えば、魔物も。
それの取り締まりができていない、ネーナス子爵とダイアス男爵の責任ではあるのですが……そこを通るのが私の従姉妹となれば、『残念でしたね』と済ますわけにもいきません。
イリアスは、私にとっても可愛い妹みたいなものですから。
本来ならネーナス子爵の領兵が護衛をすれば良いのでしょうが、現在はケルグに人手が取られていることに加え、得意とする分野が兵士と冒険者では異なります。
魔物と盗賊が出てくる森や山道。そんな状況にどちらが強いかと言えば、やはり冒険者でしょう。
それでも大勢の兵士で護衛すれば、多少不得意でも問題は無いのでしょうが、今は人手が足りませんから……本当に、サトミー聖女教団とか、迷惑な物が現れたものです。
――叔父様本人が行けば良いのに。
叔父様なら死んでも良いってワケじゃないですけど、武器は使えますからね、イリアスよりも。
「腕と信頼性なら明鏡止水で決まりですが、安く引き受けてもらうなんて、できませんし……どうしたものでしょうか?」
剣の買い取りはスムーズに行われたみたいですから、明鏡止水の皆さんとしてもネーナス子爵に悪感情は持っていないはずです。
私がお願いすれば引き受けてはもらえそうですが、問題は報酬ですね。
ギルド職員としても、彼女たちの知り合いとしても、不当な安値で使うわけにはいきません。
かといって、子爵家のメンツ的にも、私がお金を出すわけにはいきませんし……。
イリアスのためなら、少しぐらい出しても良いんですけどね、私としては。
「金銭的報酬以外……子爵家が提供出来て、お金が掛からない物……」
美術品とか……?
いえ、多分あまり残ってないでしょうね。
例の事件でかなり放出したと聞いています。
かなりギリギリ、なんとか貴族としての体面が保てる程度まで切り詰めた、とか何とか。
叔母も苦労しているみたいです。
だからといって、あまり私に頼られても困るのですけど。
一応、冒険者ギルドは独立ですから。
「子爵が提供出来て、お金が掛からず、かつ明鏡止水の皆さんには価値がある物……」
なかなかに無茶な条件です。
あれだけ稼いでいると、多少のお金じゃ、面倒な貴族の護衛なんて引き受けてくれないでしょうし……。
失敗したときのリスクが高いですからね、貴族相手だと。
それに商人などを護衛するのに比べ、貴族相手だと、依頼人対応も面倒です。
無茶を言う人、多いんですよねぇ。
何度、冒険者ギルドの職員という立場を投げ捨てて、殴りつけてやろうかと思ったことか!
護衛対象のイリアスは、付き合いやすい良い子ですが、そんな事、ハルカさんたちには判りませんからね。
ネーナス子爵家が明鏡止水の後ろ盾になるという約束なら、少し価値があるかも知れませんが、貧乏子爵家の後ろ盾にどれほどの意味があるかというと……微妙。
この領内であればそれなりに価値がありますけど、他の貴族相手では、ペラペラの盾でしょうね。吹けば飛ぶほどの。
「……あっ! ありました。あれなら引き受けてくれるかもしれません!」
あの年齢から考えると信じられないほど節制していて、無駄遣いなどをしている様子の無いハルカさんたちですが、唯一、食事にだけは拘っている様です。
お呼ばれしたときの食事も非常に美味しかったですし、ダンジョンで得られる果物に関しても、できれば独り占めしたいという様子が見て取れました。
一応、武器・防具にもかなりのお金は使っているみたいですが、それは仕事上必要な物ですし、無駄遣いとは言えないでしょう。
そもそもネーナス子爵家に、ハルカさんたちに提供できるような武具があるとは思えませんし、ここは食べ物一択でしょう。
「となると、お酒か、ダンジョンか……」
先日、ネーナス子爵が買い取ったという話を聞いた老舗の酒蔵。
技術だけはあるものの、経営は全くダメだったために傾いてしまった酒蔵と、詳しい経緯は不明ですが、なぜか買い取る事になった新興の酒蔵。
どちらも『買い取った』と言うほどのお金は使っていないようなので、それの利権を報酬にすれば、現金を使わずに報酬を用意することができます。
難点は、あまりお酒を嗜まれない様子、ということでしょうか。
歓迎会の時も、一応用意はされていましたが、彼女たちは殆ど口を付けていませんでしたし。
もう1つはダンジョン。
明鏡止水の皆さんが『避暑のダンジョン』と名付けたあのダンジョン、あれの権利です。
ダンジョンの管理は冒険者ギルドの仕事ですが、その所有権はと言えば、その土地の領主に帰属します。
誰かの土地として登録されている場所にできたダンジョンであれば、その土地の持ち主が権利を持つこともありますが、その場合も領主によって取り上げられてしまうことは少なくありません。
私有地である事を理由に、冒険者ギルドの管理を拒まれたり、下手に放置されてしまうと危険ですからね。
しかし、逆に言うなら、領主であれば、そのダンジョンの権利を誰かに譲ることも可能なのです。
そして、都合の良いことに『避暑のダンジョン』は、明鏡止水の皆さんはそれなりに価値を認めていますが、彼らが入らなければ入る冒険者もおらず、利益の無いダンジョンなのです。
つまり、権利を譲っても、ネーナス子爵には痛くないダンジョン。
それによって明鏡止水の皆さんがやる気を出して、ダンジョンから色々回収してきて売ってくれれば、ギルドは潤うし、ギルドから税金を受け取っているネーナス子爵も潤います。
「むしろプラスですね。もちろん長期的に見れば、あそこに行ける冒険者が、ラファンで育つ可能性もありますが……」
その場合、占有されているのは困るので、買い戻すという方策もありですが、その可能性は低いでしょう。
でなければ、数十年も銘木の伐採が滞っているはずありません。
「……やはりダンジョンですね。この方向で行きましょう」
私は細かい条件を詰めるため、手紙を書き始めました。
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