221 コイツ、赤いぞ!

「しかし、ブレスを吐くとなると、これまでのように正面から抑えることは難しいな」

「あぁ。もう嫌だぞ、オレ。地味に手入れしてるんだからな?」

 うん、知ってる。

 モフモフは自分の尻尾でも良いらしく、ブラシを買ってかしたり、ワサワサしたりしているの。

 そんな事をしながら、時々メアリとミーティアの尻尾や耳に目が行っていることも。

 何やらブラシはプレゼントしたみたいだが、さすがに「オレが梳かしてやる」とか「触らせてくれ」とかは言っていないようだ。

 まぁ、普通に考えて、ハードル高いよな。

 人間の女性相手でも、男が「髪を触らせて」とか「髪を梳かしてあげる」とか言ったら変態扱いは免れない。

 それこそ恋人や、家族でもない限り。

 トーヤがメアリたちとそこまでの距離に近づけるには、もう少し時間が必要だろう。

 なお、ハルカたちは普通に触ったり、髪をいてあげたりしている。ちょっと羨ましい。

「うーん、牛乳は諦めて、サックリと斃す? 速度とパワーは増したけど、行動原理が変わってないから、魔法ならそう難しくはないよね?」

「正面からの突進だからなぁ」

 最近、ストライク・オックスを斃すために使っているのは『石弾ストーン・ミサイル』。

 真っ正面に立って真っ直ぐに頭に向かって飛ばせば、ストライク・オックスは避けることもできず、むしろ自分の速度も加算された状態で『石弾』に激突することになる。

 かなり省エネで、しかも1撃で倒す事ができるので、かなり簡単なのだ。

 もしかするとレッドの方は、ストライク・オックスよりも頭蓋骨が固い可能性もあるが……多分なんとかなるだろう。

「あ、でも、ミルクがストライク・オックスよりも高く売れる、って書いてあるぞ?」

 今更ながら【鑑定】を使ったのか、トーヤが虚空を指さして言うが、残念ながらその文面は俺たちには見えない。

 しかし高いという事は、あれより美味い牛乳が取れるという事なのだろうか?

「……搾ってみるしかないよね?」

「ですね。空き瓶は1本しかありませんが……鍋に移しておきましょう」

 空になった瓶を1本(これは、休憩時間などに俺たちが消費した分)とまだ中身の入っている2本を取り出し、その中身を他の鍋に移して、『浄化』で綺麗にする。

 その瓶を使って早速搾乳を開始したところ……。

「なんだか、微妙に赤くない?」

 ユキが言うとおり、瓶の中に溜まっていくミルクは微妙に赤い……いや、ピンク色をしていた。

 例えるならば、いちごミルク的な?

 しかしいくら魔物とはいえ、さすがにいちごミルクが搾れる事は無いだろう。

 って事は、もしかすると血の色なのだろうか?

 そう考えると、微妙に飲みにくいが……ユキたちは普通に味見してるな?

「味の方は……うん、普通に美味しいけど、ストライク・オックスとあまり違いが無いように感じるのは、あたしだけ?」

「私としては、普通のストライク・オックスの方が美味しいように感じるのですが……こちらの方が高いんですよね?」

「そう書いてある。どれくらい高いのかは判らねぇけど」

「私からすれば、味の面ではあえてこちらを買う理由は無いわね。貴族なんかは稀少性が嬉しい部分もあるし、そのせいかしら?」

 俺以外が普通に口にしたとなると、俺も飲まざるを得ない。

 恐る恐る口に含み、しっかりと味わってみるが、はっきり言って俺の感想もユキと同じ。違いが分からない。

「手間を考えると――」


 ピシッ!


 俺が口を開いたその時、土壁から嫌な音が聞こえた。

 直後、俺たちの行動は素早かった。

 ユキが搾乳器と瓶を持って退避するのと、ユキ以外が武器を構えたのはほぼ同時。

 それと間を置かず、レッド・ストライク・オックスの前方の土壁が崩れる。

 だが、それを俺たちがのんびりと見ているはずもない。

 レッド・ストライク・オックスの前足が地面に付くか付かないか、その時にはすでにトーヤの剣がその頭に叩き込まれていた。

 グシャリという音と共にその身体からは力が抜け、後方の土壁に半ばぶら下がるような形で地面に崩れ落ちた。

 それを見て俺たちは息を吐く。

「……すまん。想定よりも力があった」

 崩れたのは俺が担当した前側の土壁。

 後ろ側と違い、前足でガンガンと蹴られるのでそれなりに頑丈に作っているのだが、レッド・ストライク・オックスの力は俺が思っていた以上だったようだ。

 一応、ストライク・オックスの時よりも多く魔力を注ぎ込んでいたのだが、搾乳途中で――3本目だったので、ほぼ終わりかけだったが――土壁が崩れるとは想定外である。

「初めての敵だから仕方ないわよ。だからこそ、全員警戒してたわけだし」

 のんびりと話しているように思えても、相手は魔物。

 当然の事として、万が一の場合にどのように対応するかは話し合っていた。

 それがまぁ、今の対応だったわけだが、問題なく対応できたと言っても過言では無いだろう。

「ま、無駄に魔力を消費しすぎるのも勿体ないしね?」

 ユキは両手に持っていた牛乳瓶と搾乳器を片付け、自分が作った方の土壁を解除する。

 確かにユキの言うとおり、最適な魔力量――搾乳とペイント、そしてある程度の距離待避するだけの時間が確保できる強度で、土壁を作るのが最適なのだが、今回は少々短すぎた。

 つまりは俺がレッド・ストライク・オックスの力量を見誤っていたという事なので、ミスはミスである。

 思えば、トーヤを押し返すぐらいの力があるのだから、その脚力はかなり高いと想定しておくべきだったのだ。

「ま、オレも失敗して焼かれたしな~。お、5,000レアか」

 地面に転がったレッド・ストライク・オックスの死体から、トーヤが魔石を取りだし、一応価値を確認。そのまま死体と共にマジックバッグの中へ。

「ストライク・オックスの3,200レアとは、思ったより差があったなぁ」

「そのぐらい差があったら、土壁が破壊されるのも当然か……」

「対応はできるんだろ?」

「あぁ、問題ない。魔力を使えばな」

 魔力消費は大きくなるが、対応することは可能。

 問題は、それだけの価値があるかどうかだけである。

「実際にやるかどうかは普通の牛乳との差額次第だよな」

 魔力を多く消費するとなれば、休息を取る必要もあり、コンスタントに作業を進めることは難しくなるかもしれない。

 それに必要な時間と、魔石の価格差。

 肉の売価は判らないが、搾乳をせずに斃してしまうという選択肢もある。

 俺たちがレッド・ストライク・オックスのミルクを必要としないのであれば、後はミルクの価格差次第だろう。

「もしレッド・ストライク・オックスからも搾乳するとしたら……ブレスを吐かれる前に拘束できるかどうか、だよな」

「えーーっ、それって、やるの、オレだよな? リスク高ぇよ! やりたくねぇ!」

 トーヤが動きを止め、俺たちが『土壁』で持ち上げ、トーヤが離脱する。

 その間にレッド・ストライク・オックスがブレスを使わない確率は……どのぐらいだろう?

 ノータイムで吐けるとは思いたくないが、何度もやっていたらトーヤのキューティクルはピンチかもしれない。

「ねぇ、ナオ。あなた『炎耐性フレイム・ターミング』が使えるんじゃないの?」

「……おぉ!」

 ハルカに指摘され、俺はポンと手を叩く。

「そういえばそんな魔法、あったよ。これまで使い道が無かったから、すっかり忘れてた」

「それを使えば、ブレスに耐えられる?」

「多分な」

 この魔法、その名の通り炎でのダメージを受けなくする魔法。

 もちろん『どんな炎でも』というわけではなく、『込めた魔力に比例して』なのだが、レッド・ストライク・オックスのブレス1回分程度なら、大して難しくはないだろう。

 すぐに消火されたとはいえ、一度は炎に包まれたトーヤが、軽く毛先が焦げたぐらいで済むレベルのブレスなのだから。

 逆にドラゴンのブレスとかになると、頑張って魔力を込めていても、きっと一瞬で効果が切れることになる。

「むぅ……ならやっても良い。でも、次に焦げたら止めるからな!」

「おっけー、おっけー。が、まずはディオラさんに相談してからだな。それこそ苦労して集めて大して価値がないんじゃ、トーヤだって冴えないだろ?」

「当然。オレの毛並みを賭けるんだから」

 うん、予想以上に毛並みを重視しているらしい。

 そんなわけで。

 俺たちはレッド・ストライク・オックスからの搾乳は一時保留とし、20層の探索を優先することになった。


    ◇    ◇    ◇


 レッド・ストライク・オックスを避けて20層の森を回ることは、予想以上に難しかった。

 魔石の価格差は伊達では無いのか、明らかに感知範囲がストライク・オックスを上回っているのだ。

 これまでの訓練・実践の甲斐もあり、全員が【忍び足】と【隠形】スキルを得ているのだが、それでもレッド・ストライク・オックスは気付く。

 この階層の大半が草原で、身を隠す場所が無い事もその原因なのだろうが、おかげでかなりの数、倒す事になってしまった。

 恐らく次回来るときには、ある程度復活していると思うので、大した問題でも無いのだが、格下と思われる魔物相手に簡単に見つかってしまうのは、少々業腹である。

 5人が固まって行動している以上、ある程度は仕方ないのだろうが、そのうちなんとかしたいところである。


 なお、この階層の森で得られたのは、グリフォアというナッツ。

 俺が知る中で近いのは椿の実、だろうか。

 果肉の部分がやや薄いところと、椿よりも少し大きめなところは違うが、パカリと実が開いて、種がぽろぽろと落ちる所は同じ。

 種の色は俺の知っている椿よりも、少し茶色が薄い。

 食べ方は簡単で、種を良く煎ってから歯で軽く噛むと、殻が2つに割れるので、その中身を取り出して食べる。

 味の近いナッツをあえて挙げるのであれば、マカダミアナッツ……いや、カシューナッツ?

 歯ごたえが少しあって、しっとり感というか、油っぽさというか、カシューナッツのそう言った特徴はやや控えめながら、ほんのりとした甘みがある。

 ナッツエリアで見つけた中ではビレルに次ぐ食べやすさだが、味の方はこちらが上。

 採取もしやすく、胡桃などに比べて後処理も容易。

 美味しくて食べるのも簡単となれば、注意していないと食べ過ぎてしまいそうな気がする。

 適量なら身体に良いナッツでも、食べ過ぎればカロリー、その他の面であまりよろしくないだろうから、節制が必要だろう。

 なお、例の如くあまり高く売れる物ではないようだが、味自体はみんなの嗜好に合ったようで、全員で頑張って集めてしまった。

 時給的には全く見合わないのだが……ま、そんなの気にしても仕方ないよな。

 単価の安いナッツだとしても、ラファンで売っていなければ、買うこともできないのだから、結局は自分たちで集めるしかないのだ。食べたいならば。


 そんな感じで20層の森でナッツを回収した俺たちは今、20層の終点に立っていた。

 そう、ボス部屋の扉の前に。

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