219 ナッツだ、ワッショイ! (1)
そろそろ見慣れてきた部屋には例の如く、宝箱と転移魔法陣、そして下へと続く階段があった。
そんな宝箱の中に、今回入っていたのは両手剣。
普段トーヤが使っているような、片手でも両手でも使えるようなサイズではなく、普通の人間なら両手でなければ絶対に扱えないようなサイズである。
刃渡りだけで俺の腰のあたりまであり、それに柄が付いているのだから、両手剣としてもかなり大きい部類に入るだろう。
これを片手で振ろうとするなら、それこそ先ほど斃したマードタウロスぐらいの体格が必要になりそうだ。
「これはまた……扱いに困る武器ね」
「トーヤ、ちょっと持ってみ?」
「どぅれ……重っ! 両手なら振れねぇことはないが、使いにくいぞ、これ」
一応、両手で持ってブンブンと振ってはいるが、その速度はあまり速くない。
当たれば威力はありそうだが、当たるかどうかが問題。
そんな武器である。
「あー、でもこれ、白鉄製だな。もし買ったら高いぞ?」
トーヤの言葉によく見てみると、確かに錆も浮いていないし、それっぽい。
青鉄や黄鉄なんかと比べ、白鉄は良く磨かれた鉄との違いが分かりにくいんだよな。
トーヤは【鑑定】で区別が付くらしいが。
「でも、問題は買えば高くても売れるとは限らない、事ですよね」
「うん。使える人がいなければ、武器なんて価値がないもんねぇ」
「素材としてガンツさんに引き取ってもらいましょうか。白鉄なら、インゴットと考えても、それなりの値段で売れるでしょ」
「え、それはなんか勿体なくね?」
ハルカの真っ当な意見にトーヤが異議を唱える。
せっかくの初回討伐報酬だけに気持ちは解らなくもないが、使える人がいなければ予備の武器としても意味が無い。
「使わない武器なんか邪魔なだけだろ。それとも何かあるか、使い道?」
「使い道は……トレーニング用品?」
「高価なトレーニング用品だなぁ、おい」
トーヤが少し考えて出した答えに、思わず失笑する。
確かにこれで素振りをすれば筋力は付くかもしれないが、それならばただの鉄の棒を使う方がコスパがいい。白鉄製でこのサイズ、普通に考えて金貨100枚以上するぞ?
「ダメか?」
「ダメ、じゃないけど……本当に必要?」
「必要か、と訊かれると、必要じゃ無いんだが……」
改めてハルカに訊かれ、トーヤは言葉を濁す。
少なくとも俺たちにとって、実用性は皆無。
あえて言うなら、戦槌を武器にしているトミーなら使えるかもしれないが、アイツと一緒に戦闘をする機会なんて、魚釣りの時ぐらい。
出てくるのはゴブリン程度なので、この武器は明らかにオーバースペックである。
「他の用途だと、飾る? あたしからすれば、美術品と言うにはちょっと無骨に思えるけど……趣味は人それぞれだしね」
「えぇ。実用品よね、これは」
武器・防具を飾るという趣味は洋の東西を問わないのか、日本なら大鎧や日本刀、西洋ならフルプレートの甲冑やサーベルなど、金持ちの家ならありがちと言えばありがち。
俺の勝手な印象では。
だが実際、ナツキの家には飾ってあったし、観光地化されている洋館などにも飾られていたのだから、そう間違ってはいないだろう。
とは言え、俺たちの家には似合わないと思うので、飾るなら自分の部屋だけにして欲しいところではある。
「……まぁ、良いんじゃないですか、トーヤくんが欲しいというなら。別にお金に困ってないんですから。日本刀ならうちでも飾ってましたし」
「おっと、ナツキが賛同するとは予想外」
趣味や装飾品、衣服などならともかく、武器のような実用品は無駄に持っていても邪魔になるだけ、というタイプだと思っていたんだが。
こちらでは当然として、日本にいたときも無駄な物をあまり部屋に置いていなかったし。
「それに、お金が必要になれば、その時に取り上げれば良いだけですし」
「それでこそナツキ、容赦ない!」
「合理的と言ってください。もちろん、トーヤくんのポケットマネーで補填するなら、それはそれで自由ですが」
容赦は無いが、ナツキの言うとおり、合理的ではある。
俺たちのパーティーでは、基本的に武器や防具、それに冒険に必要となる物品の費用に関しては共通費から出している。
それに倣えば、宝箱から得た物を使う場合もそれに準じることになるわけだが、使わない武器となるとそれはもう趣味である。
趣味の範疇となれば、当然、個人資金からお金を出すことになるので、この武器もトーヤが飾っておきたいのであれば、彼が買い取る事になるが……。
「いや、オレ、飾るとは言ってねぇよ? 単にいつか、こういうタイプの武器でごり押しが必要な敵が出てくるかも、と思っただけだし。ほら、オレたちって、硬い敵にはあまり向いてないだろ? 鈍器っぽい武器って、オレの剣だけだし」
「なるほど……」
やや心外という風に、トーヤが口にした意見には一理あった。
今のところ遭遇していないが、例えばゴーレムのような敵が出てきた場合、俺たちの持つ武器では少し心許ない。
ハルカの矢は勿論として、切れ味の良い小太刀も、岩を断ち切れるほどには非常識ではない。
俺とナツキの長物、その石突きであれば多少はマシかも知れないが、やはり効果的とは言い難い。
最適なのは、それこそトミーの持つハンマーなどの鈍器だろう。
俺たちには魔法があるにしても、その時に前衛を支えるトーヤに、攻撃手段が無いというのは、確かに困る。
「それなら売らずに持っておく理由になるわね。最初からそう言えば良いのに」
よく判らないという風にハルカが言うが、トーヤは少し気まずそうに頬を掻く。
「いや、使えるかどうか解らねぇし? やってみて無理だったとか、ちょっと言いづらいじゃん」
「気にする必要は無いと思いますけど。私たちも結構、武器を変えてますし。ねぇ?」
「だな。無駄に買って使わないってなら、そりゃダメだろうが、試すことに意味はあるだろ? しかも今回は、買うわけじゃないんだし」
引退した武器はあれど、これまで購入した武器はいずれもそれなりに活躍している。
使えるかどうか判らない武器――例えば、ハルバートを試しに買ってみる、とか言うなら金の無駄になる可能性はあるが、手に入った武器を売らずに試してみるぐらいは大した問題でも無い。
武器なんて、新品未開封じゃないと大幅に価値が落ちるってな物じゃないし、宝箱から出た時点ですでに中古扱いなのだから。
「トーヤの武器スキルは、【剣術】と【棒術】よね? それに加えて【剣の才能】と。そう考えると、両手剣を試してみるのはありだと思うわよ」
「うん。少なくとも、あたしたちの中では一番可能性があるわけだし。トーヤ、ガンバ」
「大剣使いとか、如何にもタンクっぽいよな。頑張ってマゾになれ」
「いや、マゾにはならねぇよ!? ……まぁ、程々に頑張るわ」
俺の激励に、トーヤは少し疲れたようにため息をついたのだった。
◇ ◇ ◇
16層に入っても、景色にあまり変化は無かった。
メインの魔物はストライク・オックスで、森が点在する事は15層と同じ。
但し、森で採取できるのは栗の1種類のみ。
俺的にはちょっと残念だったのだが、ユキなどは「マロンだ~~!」と狂喜していたので、不満は無かったようだ。
それに、面積当たりの収穫量が少なめだったので、たくさんの栗を欲していた女性陣には、1種類の方が都合が良かったとも言える。
森で遭遇する魔物はやはり昆虫タイプでさほど強くないのだが、栗の木の側での戦闘はちょっと厄介だった。
魔物が木の枝を使って飛び跳ねる物だから、毬栗がボトボトと落ちてくるのだ。
幸い、今の身体では毬栗が突き刺さったりはしないし、トゲがダールズ・ベアーの革で作ったブーツや防具、グローブを突き抜けてくる事も無いのだが、顔に当たればそれなりには痛い。
あと、足下に落ちている毬栗やそこからこぼれた栗の実が、地味に移動を邪魔する上に、下手に踏み砕いたりすると、ユキたちが怒る。
なので、ここでの戦闘では、移動の必要が無いハルカの弓が一番活躍した。
後は、節約気味に使っている攻撃魔法。森の中なので、一応は火魔法以外をメインに。
しかし、一番の問題は――。
「瓶、無くなっちゃったね」
そう、牛乳を入れる瓶の問題。
ストライク・オックスがいるという事は、雌牛もいるという事で、牛乳の回収対象がいるという事。
ある程度の余裕を持って作っていた牛乳瓶だが、16層でも同じように回収をしていたら、エリアの半分ほど回ったところで瓶が無くなってしまったのだ。
「回収は中断して先に進むか、飽くまでも回収を優先して一度帰るか、どちらが良いと思う?」
ハルカの言葉に、俺は暫し考え込むが、比較的すぐに答えが出た。
「回収しないのは勿体ない気はするが、一度戻って瓶を増産したところで、結局、15層のストライク・オックスからもまた搾乳できるようになってるだろ? あんま、意味が無いような?」
「それに飲めねぇよな、これだけあっても。1年分以上だろ、普通に考えて」
2リットル以上入る瓶が300本以上。
7人で毎日コップ1杯飲んだとしても、まだ余る。
「料理やお菓子に使うとしても、牛乳だけを飲むわけじゃないですからね。やはり、売りましょうか?」
「うーん、それも良いけど……ナオが大変だよね? 瓶を作るの。あと、ついでにあたしも」
「それ自体は、トーヤに型を作ってもらえばなんとかなるが……」
「型?」
「ほら、ガラス工房で使っているようなヤツ」
内側が瓶の形になっていて、パカッと2つに開く金属の型。
あれがあれば、同じ形で量産することも随分と楽になるだろう。
「あれか。おけ。作っても良いぞ」
「あぁ、いや、それがあっても、どちらかと言えば問題は、土魔法でこの瓶が作れることを知られる方なんだよ」
俺たちが瓶を作る時に使っている魔法は、『
基本的な『土操作』の使い道は、地面の整備や戦争時の陣地作製、頑張ったところで土器を作れる程度、というのが一般的な認識なのだ。
そんな状況なのに、『ガラス(っぽい)容器が作れます』とか言ってしまうと、色々面倒くさいことになりかねない、気がする。
ヴェネツィアとかそのへんの歴史を見るに、ガラスの製造なんて、利権やら、何やらが、色々と絡みそうだし。
問題にならない可能性もあるが、危険性は低い方が良い。
「となると、素直にガラス工房に注文する方が安全かな?」
「組合を敵に回すのは厄介そうだからなぁ」
既得権益と言う物はなかなかに厄介な代物で、下手に喧嘩を売ればあっさりと人死にが出る。
ラファンで力を持っているのは木材組合だが、ガラス関係だってきっと似たような物はあるだろう。
「ガラスじゃなくて、陶器や金属でも良いとは思うけど……毎度のことだけど、そのへんのことはディオラさんに相談しましょ。冒険者ギルドに売るのなら、協力してくれるでしょ」
「だね。ディオラさんなら安心だから」
困ったときのディオラさん。
相談したら良い感じの答えをくれるお助けキャラ。
もちろん、ある程度の利益供与(冒険者ギルドとして、ではあるが)をしているので、決しておんぶに抱っこというわけではない。
とは言え、時候の挨拶は必要だろう。
そう、例えばディンドルのような。
うん、今年もまた、採取に向かうことは確定だな。
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