184 姉妹の事情 (1)

「ううっ……こ、ここは?」

 そんな微かな声と共に女の子が目を開けたのは、夕食も終わった後の事だった。

 すぐに立ち上がったのはトーヤ。

 俺たちも腰を浮かしかけたが、視線を交わし、そのまま再び腰を下ろし、空いているベッドに座ったまま見守る事にする。

 さすがに何人もの見知らぬ人が、自分が寝ているベッドを取り囲んで見下ろしていたら、結構な恐怖だろうし。

 それでベッド上にライトでもあれば、絵面としては『拉致されて改造された人』である。

「話せるか?」

「はい……あなたは?」

 ベッドの横に膝をつき、訊ねたトーヤに、子供は小さな声で聞き返す。

 更に俺たちの方にも視線を向け、警戒した様子を見せるが、さすがに『体力回復リカバー・ストレングス』を使ったところで、いきなり動けるほどの体力は戻っていないのだろう。多少身じろぎした程度で、いきなり起き上がったりはしない。

「そう警戒するな。オレはお前たちを拾っただけだ」

 トーヤがそう言いながら隣のベッドを指さすと、そちらに視線を向けて声を上げた。

「――っ! ミー!」

 『ミー』というのはもう1人の子供の名前だろうか。

 その子供が居る事に安心したのか、強い警戒心の中にも、やや疑問の混ざった視線をトーヤに向けている。

「トーヤ、その言い方じゃ安心できないでしょ。心配しなくても、危害を加える気は無いから、安心しなさい。そんなつもりがあれば、わざわざ火傷を治したりしないわ」

 話に割り込んだハルカに、女の子は一瞬驚いたような表情でその顔をマジマジと見たが、すぐにハッとしたように自分の身体に手をやった。

「あっ、そういえば痛くない……」

「残念ながら、あとは残っちゃったけど」

「いえ、ありがとうございます。1週間以上、ずっと痛くて……うぅうっ……」

「そう。頑張ったわね」

 ベッドに横になったまま涙を流し始めた女の子にハルカが近づき、ハンカチでその涙を拭ってやる。

 しかし、1週間か……。

 ちょっと指先を火傷しただけでもヒリヒリと痛いのだ。

 それが身体のかなりの面積を火傷していた事を考えれば、その痛みはとんでもないだろう。

 むしろ、よくぞ生きていたものである。

「もう1人の子も治してあるから、今はこれでも飲んで、もう少し眠りなさい」

 ナツキが子供の背中を支えて身体を起こさせ、ハルカがマジックバッグから取りだした飲み物をその口元へと持っていく。

 最初は不思議そうな顔をした女の子だが、それを少し口に含むと驚きに目を見張った。

「甘い……」

 思わずという感じで言葉を漏らし、すぐにコップに手を添えて、一気に飲み干してしまった。

「お、美味しかったです」

「そう? 良かったわ」

 ハルカが差し出したのは、2人が寝ている間に作った、ハルカとナツキお手製のフルーツジュース。

 この時期に流通している夏場のフルーツをいくつかミックスし、更に体力の回復を助ける薬草などもブレンド済み。

 カロリーの補充と共に、そのままでは苦い薬を子供に飲ませるために特別に作った物である。

 なお、薬草類を抜いたとしても、お値段の方は普通の食事1食分よりも大幅に高いので、庶民が気軽に飲めるようなジュースではない。

 旬の物でも、フルーツは結構割高だから。

「それじゃ、寝なさい。明日また話しましょう」

「はい……」

 ナツキが再び子供をベッドに横たわらせ、その上から布団を掛けると、さほど間を置かずに寝息が聞こえ始めた。

 先ほどまでと比べれば少し穏やかにも見える寝顔に、俺たちは揃って安堵の息を吐いた。

「問題は無さそうね?」

「あぁ。すまん、助かった」

「まぁ、トーヤが子供を落ち着かせられるとはちょっと思わなかったし、構わないわよ」

 謝るトーヤに、ハルカは少し苦笑して答える。

 別にトーヤは凶悪な面というわけではないが、小さな女の子にとって、どちらが安心できるかと言えば、圧倒的にハルカだろう。

 ……いや、女の子の反応からすれば、ハルカの美貌に驚いていたと言うべきか?

 エルフ、珍しいからなぁ。

 ちなみに、俺たちの中で一番子供受けするのが誰かと言えば……なかなかに難しい。

 トーヤは孤児院で男の子たちに人気だったが、寝起きに顔を合わせたときにどうかと言えば、かなーり、微妙だろう。それなりに格好いいとは思うが、優しげな顔ではないし。

 ハルカはすでに述べたとおり、エルフになってちょっと人間離れした美貌になっているし、ナツキは子供好きながら、その容貌は凜々しさを感じさせる物で、ホッとするようなタイプではない。

 残るユキはと言えば、明るく社交的で子供とも仲良くなりやすく、孤児院でも男女問わず人気だったのだが、初対面で安心させられるタイプかと言われれば……どうなのだろう?

 相手が元気なときであれば、文句なしだと思うが。

 俺に関してはノーコメント。自分の客観的評価は難しい。

 孤児院の女の子たちの反応を見るに、敬遠される事は無いと思うのだが……。

「でも、礼儀正しい子だったね。あの状況で。外見年齢からすれば、もっと取り乱すかな? と思ってたんだけど」

「そうね。10歳に行くか行かないか、ぐらいよね、たぶん。そう考えれば、かなり大人びている気はするわね」

 普通、路上で意識を失った後、次に目が覚めたら大人に囲まれていれば、混乱して取り乱すか、子供なら泣き出すか。

 ハルカが「火傷を治した」と言い、事実痛みが無くなっていたからかもしれないが、あの状態で冷静にお礼を言えるのはスゴイかもしれない。

「不安だったが、あの様子なら面倒を見る事になっても、なんとかなりそうだな」

「そうね。でもそれも、この子たち次第。このまま出て行くという選択肢もあるんだから」

「うっ……そうだよな。自立できているなら、そっちの方が良いよな」

 安心したような、それでいて少し残念そうな表情を浮かべるトーヤだったが、実際問題、その可能性は低いと思う。

 でなければ、治療もできないまま路上で行き倒れたりはしないだろう。

「ま、それも明日、この子から話を聞いての事よね。多分、明日には動けるようになると思うし」

「そうだな。オレたちだけで決めるような事じゃないよな」


 もう1人の子供が目を覚ましたのは、それからしばらく経っての事だった。

 起きた途端に放り込まれていた訳の解らない状況に、こちらの子は泣きそうになっていたが、隣のベッドに姉――彼女自身が「お姉ちゃん」と口にした――が寝ているのを確認するとすぐ落ち着いた。

 姉に比べると火傷の程度が少し軽かったからか、こちらは自分で身体を起こすことができ、ジュースを出してやると嬉しそうにゴクゴクと飲み干した。

 更に可愛い笑顔で暗にお替わりまで要求されたので、案外、姉よりも図太いかも知れない。

 ただ、飲み干した後はすぐに眠くなったようで、そのままベッドに倒れ込むように寝付いてしまった。

 あまりの寝付きの良さを疑問に思い、ハルカに訊ねたところ、「鎮静作用のある薬草が混ぜてある」とのこと。

 それ自体に誘眠作用は無いのだが、疲れが溜まっている状況であれば、寝付きが良くなる程度の効果はあるらしい。

 状況的に興奮してしまうかも、という理由で入れたみたいだが、もちろんそれだけでは無く、よく睡眠をとらせて体力を回復させるためでもある。

 ジュース自体の栄養と他の薬草の効果もあるのだろうが、実際、2人の顔色も少し良くなったように見え、萎れていた獣耳もちょっと元気になったような……?

 ちょっと触ってみたいが、体力が回復するまでは自重しよう。うん。


    ◇    ◇    ◇


 翌朝、2人が起き出したのは、俺たちとほぼ同じ時間だった。

 正確には、俺たちが起き出した音で目を覚ましたのだろうが、その程度の音で目覚めるあたり、十分に睡眠を取ったか、それとも緊張で眠りが浅かったのか。

 薬の効果も考えれば、前者と思いたいところである。

「起きて大丈夫か?」

「はい。なんとか――」

 姉の方がそう答えかけたとき、「きゅるる~~」と可愛い音が聞こえた。

 音源は……妹のお腹か。

「あっ……」

 その音に触発されたかのように、姉のお腹からも「くるる~~」と音が響く。

 それと同時に顔を赤くする姉。

 妹の方はお腹の音なんか気にした様子も無く、ニコニコと笑っている。

「ふっ、色々話す前に、飯にするか!」

「ご飯!」

「こらっ! いえ、その、私たち、お金持ってなくて……怪我を治してもらったお礼も……」

 嬉しそうに声を上げた妹を叱った後、姉の方がしどろもどろに言葉をこぼす。

 だが俺はそんな言葉は気にせず、2人の頭を撫でて部屋の外へといざなう。

「気にするな。子供に食べさせるぐらい、何でもない」

 ……決して、この機会に耳を触ろう、とか思ってないぞ?

 いや、嘘だけど。

 でも、さすがに頭を撫でるのに、耳を重点的に撫でるのは不自然なので、ちょっとれる程度。

 うん、獣耳。

 ついでに髪の毛もふわふわで気持ち良いな、この子たち。

 見つけた時点ではかなり薄汚れていたのだが、『浄化』の魔法で綺麗になっている。

 毛並みは少し傷んでいる様子なので、手入れや栄養状態が良くなれば、もっと良い感じになることだろう。

「トーヤ、ハルカたちを呼んできてくれ。俺たちは食堂に行ってるから」

「……おう」

 少し不満げなトーヤを隣の部屋に追いやり、俺は2人を連れて階下の食堂へ。

 俺たちが起き出したのは、普段朝練をしているのと同じ時間。

 つまりはやっと日が昇ったような時間帯であり、食堂が開いているか少々不安だったのだが、幸いなことにすでに火が入っていた。

 おばさんによると、この時期の朝は特に早く、それこそ日が昇るか昇らないかの時間帯に出発する人も多いため、食事はそれより早く摂れるように準備がされているらしい。

 暑くなる前にできるだけ距離を稼ぎ、一番暑い時間帯には木陰などで休息を取るのが、この時期の一般的な旅の仕方なんだとか。

 ちなみに俺たちの場合、ラファンからケルグまでは数時間走れば着くので、昨日は朝食を食べてすぐに出発し、昼の暑い時間帯に掛かる前にケルグの門をくぐっていた。

 ただ、ピニングへはまだ行った事が無いので、そのあたりも少し考えて、計画を練るべきかもしれない。


 子供たち2人を席に座らせて待っていると、最初にトーヤが、その後数分ほどでハルカたちが食堂へと降りてきた。

 普段であれば朝練の後で朝食となるのだが、今回は腹ぺこが2人ほどいるので、先に朝食にすることにし、2人の分も合わせて7人分、まとめて同じ物を注文する。

 冒険者も相手にしている宿だけあって、朝食と言っても十分な量があり、最初は『子供が食べきれるのか?』と考えていた俺だったが、それは完全に杞憂だった。

 さすが獣人と言うべきか、それともそれだけの期間、まともに食べられていなかったのか、2人が食べる量は子供とは思えない量だったのだ。

 妹の方は最初から詰め込むようにして食べまくっていたのに対し、姉の方は当初こそ遠慮していたが、俺たちが「遠慮するな」と言ってドンドン食べさせた事で吹っ切れたのか、トーヤの追加注文に乗っかり、しっかりと1人前以上の量を食べていた。

 さすがにトーヤには及ばないが、意外に健啖家なナツキよりも多かったのは確実。どうやってその小さな身体に入っているのか不思議なほどである。

 そして全員が食事を終え、一息。

 全員で部屋に戻り、食後のお茶を飲みつつ仕切り直して、話し合いを始める。

「改めて、助けてくれて、ありがとうございます」

 礼儀正しく頭を下げる姉と、それを見て慌てて同じように頭を下げる妹。

 可愛い。

 緊張しているのか、微妙に動く耳も良い。

 こんな妹なら欲しい。

 くれないかな? 無理だよな。

 よし、うちの子にしよう。それなら妹も同じ。

 そんなアホな事を俺が思っている間に2人は顔を上げ、自己紹介を始めていた。

「私はメアリ、こっちが妹の――」

「ミーなの!」

「ミーティアです」

 年齢はメアリの方が9歳、ミーティアが7歳とのことだが、このあたりの国では生まれた年が1歳で、新年に年齢を加算するため、俺たちが思う年齢よりも最低でも1年、年末に生まれた子であれば、2年近く差がある事になる。

 つまり、2人とも小学校低学年ぐらいのイメージである。

 それにしてはメアリの方はしっかりしているが……妹がいるからだろうか。

「私はハルカ」

「ナツキです」

「ユキだよ」

 座っている順番に紹介をしていく俺たち。

 俺はハルカの隣に座っているのだが、逆隣のナツキが先に口を開いたので順番的には最後になる。

「オレはトーヤ。トーヤと呼んでくれ」

「ナオだ。ナオお兄ちゃんと呼んでも良いぞ?」

「ナオお兄ちゃん! あと、ハルカお姉ちゃんと、ナツキお姉ちゃん、ユキお姉ちゃん、それに、トーヤ! 覚えた!」

 半ば冗談で言った俺の言葉を素直に受け入れ、指さし確認しながら笑顔で名前の確認をしていくミーティア。

 そして本当に素直らしく、トーヤは呼び捨てである。

「こ、こら! ミー! すみません、トーヤさん」

「あー、本当に呼び捨てでも構わないぞ? ――それか、ナオたちと同じにするか」

 お姉ちゃんと呼ばれて、ちょっと嬉しそうなハルカたちに視線をやり、トーヤがそんな事を言って日和る。

 俺たち全員、妹や弟が居ないので。

「えっと……トーヤお兄ちゃん?」

 小首をかしげてそう口にしたミーティアに、トーヤの顔がちょっとだらしなく緩む。

 いや、その顔はどうなんだ?

 確かに俺も、妹にしたいとは思ったけども。

「……ゴホン。それでメアリたちがあんな場所で倒れていた理由、話してくれるか?」

 俺の視線に気付いたのか、トーヤがわざとらしい咳払いをして話を元に戻す。

「どこで倒れていたのか、意識が朦朧としていたので、はっきりとはしないのですが……あんな怪我をしたのは、先日あった騒動が原因です。サトミー聖女教団の」

 暗く表情を歪めながら、メアリは吐き捨てるようにその名前を口にした。

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