160 廃坑 (1)

 前回引き返したところまでは特に何事も無く進んだ俺たちだったが、その速度は前回に比べると遅い。

 原因はやはりマッピング。

 方位計とにらめっこしながらユキが悪戦苦闘しているのだが、微妙に曲がる通路というのはなかなかに描くのが難しいようだ。

「マスの一辺が20歩で、斜めに歩くと28歩ぐらいで……あぁ、でも角度によって違うし……」

 1マス10メートルぐらいの感覚でマッピングを行っているようだが、ブツブツ漏らしている言葉を聞くだけでも難しそうである。

 それでも途中からは多少感覚を掴んだようで、速度アップもしたのだが、それでも普通に歩くよりは大分遅い。

 この調子では、探索できる範囲はユキのマッピング速度と、その忍耐力に影響されそうである。俺なら1時間も保たない気がする。

「これは、結構頻繁に休憩が必要そうじゃないか?」

「そうね、マッピングには神経使いそうだし、その方が良いでしょうね」

 頭を掻きつつ頑張るユキを見ながら、俺がハルカに囁くと、ハルカもまた頷く。

 かといって、誰かと交代でマッピングするのも難しいだろう。

 歩幅も違うし、角度などの感覚もまた一致しないのだから、整合性がとれなくなる可能性が高い。

「突き当たりに来ましたが、どちらへ向かいますか?」

 前回引き返したのがここ。

 分岐があるのならマッピングも必要という事で引き返したわけだが、どちらの道も大した違いが無く、指針となる物も無い。

「好きな方で良いわよ。手がかりも無いんだから」

「それじゃ、左にしようぜ」

「何でだ?」

「何となく?」

 ハルカの言葉にトーヤが間髪を容れずに応えたので、理由を聞いてみたのだが、本当に何となくで全く理由は無いらしい。

 まぁ、悩むほどの価値も、反対するだけの理由も無い。

 俺たちは素直にトーヤの選んだ方向へ進む。

 廃坑は人工的に掘られた穴だけに、不自然な凸凹も無く、歩きやすい。

 傾向としては奥に向かって少しずつ下がるような坂になっている様だが、その勾配はかなり緩やかである。

「しかし、この坑道、柱とか無いよな? 支えなくても大丈夫なのか?」

「壁面を触った感じ、かなり固いから、大丈夫じゃない? でも、掘るのは大変だったでしょうね、殆ど岩だもの」

「だから大量の労働者が投入されたのかな? 冤罪で捕まってこんな所で重労働させられたら、アンデッドになるのも解るかも」

 こういう鉱山を開発するのにどのくらいの労働力が必要なのかは判らないが、これまで少なくとも100体以上のアンデッドを倒している。

 それらの人たちが無理矢理働かされて、この鉱山を掘り進め、そして死んでいったと考えると……。

 ちょっと薄ら寒い物を感じ、腕をさする。

「ナオ、どうしたの?」

 そんな俺の様子を不思議に思ったのか、ハルカが声をかけてきた。

「いや、なんか、ここで人がたくさん死んだのかと思うと、ちょっとな」

「ナオ、怖いの~~?」

 ユキがからかうような笑みを浮かべてそう言うが、なんか嫌じゃないか?

 特に何が起こるとも思っていないが、火葬場とか、深夜の墓地とか、人の死が感じられて、気分的に。

「安心しろ、ナオ。ここなら幽霊は普通に出るから」

「……そうだったな」

 それが安心すべき要素かどうかは不明だが、『幽霊が怖い』とか言ってられない状況なのは確かである。

 と言うか、すでに普通にゴーストを斃してるんだよなぁ……。

「気持ちは解るけどね。ま、しっかり『浄化』してあげるから、気にしない事ね」

「すでに、いっぱいアンデッド斃してるのに、ナオも変なところで繊細だよね」

 ハルカとユキがそう軽く言い、ナツキもちょっと笑みを浮かべている。

 うちの女性陣、たくましすぎ。

 ――いや、「きゃ~~、こわ~い」とか言われても、絶対、『イラッ!』とするんだが。

 そう考えれば、良いことなのだろう。

「話は戻りますが、先ほどの天井を支える柱が無い理由は、魔法があるかららしいですよ。掘り進めるに従って、土魔法で周囲を固めて崩落を防ぐようです。シールド工法みたいな物でしょうか」

「なら、崩落の心配は無いのか」

 現代のトンネル工事でも採用されている、なかなかに安全性の高い工法である。

 土魔法であればつなぎ目も無く固められるわけで、むしろこちらの方が安全かも――

「でもここって、専門の技師が集められなかった、とかディオラさん、言ってなかったっけ? 極秘だったから」

「…………注意した方が良さそうだな」

 手抜き工事、ダメ、ゼッタイ。

「うん。ナオ、危なそうだったら、土魔法で固めてね。あたしはマッピングに忙しいから」

「了解。ナツキ、気になる場所があったら教えてくれ。予防的にも対処するから」

「わかりました。生き埋めで死ぬのは嫌ですからね」

「多少のことなら、土魔法を使って脱出もできそうだけどな。それでも、危険は少ない方が良い」

 現代に於いても、中国では鉱山での生き埋め事故が頻発していると聞くし、注意してしすぎることは無いだろう。

 俺も周囲の壁面を槍で突いたりしながら、脆そうなところが無いか確認しつつ歩みを進める。

「多少変化は出てきたが……試掘跡か?」

「どうなんだろうなぁ」

 分かれ道から歩き出してしばらく、時々、道の左右に脇道のように掘り進められた坑道が現れるのだが、その深さは10メートルに満たない程度で、灯りで照らせば突き当たりが見える。

 迷う心配が無いのはありがたいが、やや退屈ではある。

「普通に考えれば、坑道を複雑な形状で掘ることは無いんじゃない?」

「それはどうでしょう? 鉱脈を追って掘っていけば、自然と複雑になる可能性もあるのでは?」

「なるほど、それはあるわね」

 目的は通路を掘ることでは無く、鉱石を掘り出すことなのだ。

 そしてその鉱脈は真っ直ぐ走っているとは限らない。

 そのことを考えれば、ナツキの言うことには一理ある。

 もしかして最初の道が緩やかにカーブしていたのも、そのためだろうか。

「あ、行き止まりみたいです」

「……ふぅ。ここで、分かれ道からおおよそ800メートルぐらいだよ」

 敵が出なかったので、俺たちの中で一番疲れたのはマッピングを行っていたユキだろう。

 彼女は手を止めて息を吐くと、マップのマス目を数えてそう言った。

「お疲れ。大丈夫? 何だったら、ここで休んでいく? ちょうど少し広くなってるし」

 行き止まりになっていた通路の終点は、ちょっとした部屋ぐらいの大きさまで掘り広げられていた。

 だが、地面には何かの木片が多少落ちている程度で、何かの目的に利用していたのかどうか、そのあたりはよく判らない。

 もうちょっとゴミとか落ちていそうなイメージだったんだが、どんな感じに採掘をしていたのだろうか?

「ううん、大丈夫。疲れたと言っても、精神的な物だし、戻るときにはマッピング、必要ないしね」

「そう? なら戻りましょ」

 ユキがそう言うならと、特に休憩を挟むことも無く分かれ道まで戻り、今度は右の道へ。

 この道の方は長い脇道が左右に伸びていたりはしたが、基本的にメイン通路と脇道という関係で、仮に地図が無くても迷わない程度の簡潔さである。

 そして最初の分かれ道から1時間ほど歩いたところで、洞窟に入って初めて【索敵】に反応があった。

「スケルトンだ。距離は前方100メートルほど」

「良かった。【索敵】は有効なのね」

「ちょっと距離が短いけどな」

 屋外と比べて大幅に短くなっている索敵範囲が気にはなるが、それでも実用面では必要十分。

 これはかなりの安心材料である。

「確かに、耳を澄ませれば、カタカタという音が聞こえるな。どうする? 魔法は温存するか?」

「そう、ね。アンデッドが多く出てくる可能性が高いわけだし、普通に斃しましょ」

 ゾンビであればできれば『浄化』で斃して欲しいところだが、少数のスケルトンであれば、さしたる苦労も無い。

 現れたスケルトンは僅かに5体で、前衛2人と俺によって簡単に駆逐される。

「これからもっと出てくんのかな? 今までのペースじゃ、正直暇だし稼げねぇぞ?」

「それは判らないけど、あまり頻繁に寄ってこられても困らない? 夜寝るときとか」

「……確かに。ままならねぇな」

 稼ぎの面ではトーヤの言うとおり。

 だが、俺たちの目的は避暑――もとい、子爵の家宝の回収な訳で。

 仮に失敗してもペナルティは無く、上手く回収できれば権力者との繋がりが持てるかも知れない。

 この国はまだマシな部類の様だが、それでも人治主義みたいなところがあるみたいなので、覚えめでたい方が何かと安心できるだろう。

 正直、全く関わらずに済むのなら、そっちの方が気楽なのだが。

「そういえばさ、土魔法に『鉱物探知シーク・アース』って魔法があっただろ? ナオ、あれでミスリル探せないのか?」

「無理。あれって、術者が対象の金属を知らないと見つけられないから」

 鉱脈を探す場合にも使われる『鉱物探知シーク・アース』の魔法だが、術者がその鉱脈がどのような反応を返すのか知らなければ全く意味が無い魔法だったりする。

 例えるならば、目隠しをして手触りで物を探すような物なので、対象物の形や手触りを知らなければ見つけられるはずも無い。

「金や銀、銅とかどうなの?」

「そっちもダメだなぁ。一番マシなのが鉄だが、含有量の少ない鉱石とか拾っても、意味ないだろ?」

「貧乏ならそれもありだが、今となってはなぁ」

 せっかくの機会なので、俺も一応、使ってはみたのだ。

 鉄や金銀などは何となく反応が解ったのだが、残念ながらここで探知できた鉱物は、少なくとも採算ベースに乗るような含有量では無かった。

「まぁ、個人で採掘するのは現実的じゃ無いわよねぇ」

「はい。ちなみに元の世界だと、金山の平均的な金含有量が1トン当たり3グラムらしいですよ?」

「え、マジで?」

 想像以上に低い含有量に驚いて聞き返したトーヤに、ナツキは平然と頷いた。

「はい。ダンプカー1杯分を精錬しても、純金だと金貨数枚分にしかなりませんね」

「うわぁ、すげぇ大変だな」

 この世界で普段使っている金貨は、『金が含まれる硬貨』であって、金の含有量はかなり少ないのだが、ナツキの言葉を聞くとそれも当然のことと理解できる。

 大金貨になれば半分ぐらいは金が含まれるようだが、それでも生産コストと貨幣価値が合うのかどうか……。

 工業的生産では無く、人力で掘ることを考えると難しそうな気がするのだが、そのあたりは魔法や錬金術でカバーされるのだろうか?

「ナオ、魔法で地面から直接、ズモモモ、って感じに抽出できねぇの?」

「無茶苦茶言うなぁ、トーヤ。一応、『土作成クリエイト・アース』がその魔法だぞ? 使うとぶっ倒れるがな!」

 含有量が少ない元素を集めようとしたらどうなるか。それはすでに風呂を作る時に経験済みである。

 ――あぁ、そうか。含有量の高い鉱石を集めさえすれば、『土作成クリエイト・アース』で抽出は可能なのか。それなら精錬は楽になるな。

 この世界ではそれで精錬しているのかも。

「そういえば、ミスリルって、金とどっちが希少なんだ?」

「ミスリル、でしょう。流通量を考えると。純金じゃないとは言え、金貨は流通してますからね」

「うわっ、ならミスリル鉱石の採掘は、もっと大変なのかよ……」

 ナツキの答えに、トーヤが顔をしかめる。

 金以上となると、これまでの坑道すべてにミスリル鉱石が詰まっていたとしても、精錬したら一握りにしかならないんじゃないか?

 ……うん、やはり、ミスリル鉱石を回収するのは無理だな。

 上手くすれば、ミスリルの武器を手に入れられるかも、と淡い期待を持っていたんだがなぁ。

 素直に金を貯めて、購入するか。

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