118 巨木を切る (2)

「しかし、たちまちはどうするかだよな。火は燃える、土は打撃系、風は……確か、『鎌風エア・カッター』があったよな、ハルカ?」

 魔法で使える物を考えた時、思いついたのはそんな魔法。

 そう思ってハルカに訊ねてみたのだが、ハルカの方は少し微妙は表情を浮かべる。

「あるけど、あれってレベル5の魔法なのよね。私、まだ風魔法はレベル3だし」

「あー、じゃあ使えないか」

「いえ、使えるけど。一応」

 風魔法の攻撃魔法は、レベル3で使える『衝撃コンカッション』があるのだが、普通に使った場合のこれの威力は、正直あまり高くない。

 その名の通り、衝撃波をぶつける魔法なのだが、同じレベル3であれば、土魔法の『石弾ストーン・ミサイル』の方が実体がある分、威力が高い。

 そんな事もあって、ハルカは威力の高そうな『鎌風エア・カッター』を優先的に練習していたらしい。

「結局、攻撃という事なら、火魔法が一番なのよね。魔道書に載っている魔法に関して言えば」

「カスタマイズができれば、それぞれ長所はあると思うがな」

 重宝している火魔法ではあるが、攻撃に質量は無い。

 それに対して土魔法の『石弾ストーン・ミサイル』は質量がある。

 ガチガチに鎧を着込んでいる相手であれば、後者の方がより効果的という場面もあるだろう。

 水をかけるだけの『水噴射ウォーター・ジェット』にしても、噴射する水を熱湯にできれば、一気に危険な魔法に早変わりである。

 尤も、それらの変更が難しいのだが。

「『鎌風エア・カッター』でこの木は切れそうか?」

「少なくともナオの『火矢ファイア・アロー』を上回れるよう、威力を高める努力はしてるけど……」

 悩むような表情を浮かべてハルカはそう言うが……いや、あんまりあっさり上回られると、俺の長所が無くなるんですが。

 ある意味、俺の売りだから、研鑽は怠ってないですよ?

「取りあえず使ってみましょうか。危ないからちょっと離れてて……『鎌風エア・カッター』!」

 ハルカがそう言った途端、木の幹に一筋の線が入った。

 近づいてみると、木の皮に確かに切れ込みが入っている。

 俺の目には何も見えなかったのだが、魔法はしっかり発動したようだ。

「ヤバいな、この魔法。何も見えねぇ……。速度も速いし、敵が使ってきたら避けられねぇよ」

「魔力を感じられたら、何となく見えるんだけど……あ、それよりどう?」

「えーっと、1センチぐらい、か?」

 切れ込みの幅が1ミリにも満たないので目視はできないのだが、そのへんに生えていた木の葉っぱを差し込んでみた感じ、奥行きはそれぐらいである。

 これは木の皮の厚みを除いた、本体部分の切れ込みの深さである。

 あまり深くはないが、ユキの魔法とは異なり、しっかりと切れている。

「おおっ! すげぇじゃん! 100回も使えば切れる!」

「いや、周辺と芯じゃ硬さが違うでしょ。それに、いくら何でも、100回も使えないわよ」

 そりゃそうだ。威力から見て、俺の威力を高めた『火矢ファイア・アロー』と同じぐらいは魔力を消費しているはず。

 1度に使えるのは頑張っても十数回といったところだろう。

「組み合わせてやるしか無いでしょう。最初は鋸と斧で外周部分を切って、斧や鋸が届きにくい部分はハルカの魔法でやってみませんか? ダメならダメで、別の方策を考えないといけませんし」

「そうね。あんまりのんびりしていたら、日も暮れちゃうわね。最初は……ロープ掛けから始めましょ。ナオ、お願い」

「了解」

 俺はマジックバッグから取り出したロープを手に木の上に上り、中程よりも少し上に結びつける。

 そのロープを滑車に掛け、木が倒れるスペースがある方向へ設置。

 そして軽く引っ張った状態でロープの先を他の木に結び、テンションがかかった状態をキープした。

「次は受け口を切りましょう。トーヤ、がんばって」

「おうともさ! よいさっ! ほいさっ!」

 カツーン、コツーンと木に斧を叩きつける音が森に響き渡る。

 トーヤは鼻歌で「ふふ~ふふふ~ん♪」と、恐らく日本一有名な木こりの名前が付いた歌を歌いながら、リズム良く木を切っていく。

 彼の身体能力の高さ故か、ガッツンガッツンと木が削れていくのが見ていて気持ち良い。

 その分、出る音もまた大きいのだが。

「ナオ、魔物は?」

「今のところ反応は無い」

「そう。警戒は怠らないでね?」

「もちろん」

 これだけの音を響かせているだけにすぐに魔物が集まってくるかと思いきや、案外そんな事は無かった。

 索敵範囲が広いだけに魔物の存在は確認できるのだが、その動きにあまり変化は無く、逆に鹿と思われる反応はここから離れていく。

 すでに何度か狩っている例のブラウン・エイク、あの巨大な身体のわりには警戒心が強くて、正面から普通に近づいていくと逃げるんだよな。

 同じ動物でもタスク・ボアーやヴァイプ・ベアーが好戦的なのとは対照的に。


「……ふぅ、そろそろ交代したい人、いねぇか?」

 トーヤが頑張って斧を振るうこと1時間ほど。

 斧を地面につき、その柄にもたれかかったトーヤが、一息ついてそんな事を言った。

 彼の頑張りもあって幹の全周にわたって20センチほどがえぐれ、受け口の方はすでに3分の1ぐらいは切れている。

 尤も、残っている部分だけでも直径50センチ以上あるので、まだまだビクともしそうに無いのだが。

「交代って言っても、トーヤほど斧が似合う奴はいないし?」

「ナオ、お前だって【筋力増強】があるだろうが。斧ぐらい振れるだろ」

「できるが、無理すると、魔力、消費するからなぁ」

 一応、俺の【筋力増強】のスキルはレベル2になっている。

 だが、これは魔力を使って身体能力を上昇させるスキルなので、使った分は魔力が消費され、使える魔法に影響が出る。

 トーヤは魔法を使わないため、自己回復と消費がほぼ釣り合っていて、あまり問題ないのだが、他の魔法使いにとってはそうではない。

 一番影響が少ないのは【魔力強化】のスキルを持っているハルカなのだろうが、逆にハルカは素の筋力が最も低いという欠点が。

 それを考えると、2番目に筋力が高くて、魔法を使わなくても戦闘力が高いナツキが候補に挙がるわけだが……。

「私、ですか? 確かに妥当ではありますね」

 俺がチラリと視線を向けたのを感じたのか、ナツキが納得したように頷く。

 だがそれに対して、ユキが冗談っぽく非難の声を上げた。

「えー、ナオ、女の子にやらせるの?」

「俺はフェミニストなんだよ。本来の意味でな」

 男女同権というなら、得意な事は男女関係なくやれば良い。

 残念ながら俺が純粋な筋力で勝てるのは、ハルカだけである。

「でも、料理を作るのはあたしたちだよね?」

「うっ。やれというならやるが……」

 それを言われると弱いので、そんな風に答えた俺だったが、それはハルカにあっさりと拒否される。

「やらなくて良いわよ。私は不味い料理を食べたくないし。実際、保存庫があるおかげで、あまり大変じゃ無いから」

 あれのおかげで作り置きができるんだよな。

 普通の冷蔵庫なんかと違うのは、作りたての状態がキープできるところである。

「ついでに言えば、掃除と洗濯も、ハルカとナツキ任せだし」

「いや……それは仕方ないだろ?」

 普通に掃除するなら、もちろん手伝う。

 だが実際は、掃除も洗濯も、『浄化ピュリフィケイト』一発なのだ。それが使えない俺たちに出番は無い。

「もちろん、不満があれば言ってくれて良いんだが……」

 そう言ってハルカたちに視線を向けるが、ハルカは軽く肩をすくめた。

「今のところは別に無いわよ? 別に飲んだくれるわけじゃ無いし、訓練も仕事も真面目にやってるから。ねぇ?」

「はい。むしろ、共同生活としては上手くいっている方じゃないでしょうか」

「それは確かに。トラブルが無いよな、オレたち」

 文句を言える様な余裕が無かった事もあるのだろうが、これまで別々に暮らしていた他人が集まって暮らしているわりに、問題が起きていない。

 元々、互いの家に自由に出入りするぐらいには距離が近かったハルカはともかく、他の3人とは生活習慣や生活レベルもかなり異なったはずである。

 にもかかわらず、それでも喧嘩らしい喧嘩になった事は無い。

 意見の対立が全くないとは言わないが、それぞれがちょっとずつ譲って、すりあわせが可能な範囲である。

 ルームシェアやシェアハウスではトラブルも多いと聞くし、それを考えると本当にこのメンバーで良かったよなぁ。

「それじゃ、頑張ってみますね。トーヤくんほどにはできませんけど。斧、貸してください」

「あ、ちょっと待って。先に『鎌風エア・カッター』で削っておくわ。受け口の方が良いわよね」

 ナツキを制止したハルカが受け口の方へ指を差し込み、そこから『鎌風エア・カッター』を放つ。

 斧で切るような豪快さは無いのだが、ハルカが魔法を使う度に「シュッ」と音がして、確かに少しずつ切れ目が深くなっていく。

 そんな切れ目の深さを、ハルカは1回魔法を使う毎に確認し、時々頷いている。

「それは、何しているんだ?」

「どうやって魔法を使うのが一番効率が良いかと思ってね。ちょっとずつ条件を変えてるの。当たり前だけど、同じ魔力量なら、幅が狭い方が威力はあるわね」

 そうやって検証をしながら、十数回ほど『鎌風エア・カッター』を使ったところで、ハルカはそこを離れる。

「……こんな物かしら? そろそろ倒れてきてるから、気を付けた方が良いわね」

「え、そうなのか?」

「ええ。微妙に隙間の幅が増減してるわよ。単に風で揺れてるだけかも知れないけど、突然倒れても困るし、ロープは引っ張っておきましょ」

「そうだな。俺たち、木を切るのは初めてだもんな」

 滑車に繋がったロープを再度引っ張ってから、結び直す。

 木を見上げると、その先端がロープで引っ張っている方向に少し曲がっているのは確認できるが、この巨木がこのロープで制御できるのか、ちょっと不安である。

「次は私ですね。受け口はもう良いですよね? こっちから切っていきます」

 ハルカの頑張りで、受け口の方の切れ込みの深さは木の中心部近くまで達している。

 ナツキはそれの逆側に斧を叩き込んでいく。

 その腰つきは初めてとは思えないほど見事だが、外見とは全く合っていない。

 トーヤはぴったしだったのに。……トミーとか連れてくると、更に良い感じかも知れない。ドワーフだし。

 ユキもそう思ったのか、なんとも微妙な表情を浮かべて口を開いた。

「ナツキの外見だと、薙刀でズバッ、とかやって欲しいよね」

「ユキ、それは俺も同感だが、現実的には無理だから。トミーの作った薙刀はなかなか良く切れるが、それでも現実的な武器だから」

「ふぅ……。ユキ、そう言うなら、あなたが錬金術でファンタジーな武器、作ってくれても良いんですよ?」

 斧を振るっていた手を止め、一休みしてそう言ったナツキに、ユキが視線を逸らしてハルカを見る。

「ハルカ、できるのかな?」

「……まぁ、そう言うファンタジー武器は鍛冶師よりも錬金術師の領分かも知れないけど。一応、今の武器に使っている青鉄とか黄鉄なんかも、錬金術師が作ってるのよ?」

「あ、そういえばそうだったね。ならその流れで、オリハルコンとかのファンタジー金属も?」

「少なくとも、私の持っている錬金術事典に作り方は載ってないわね。それに、金属の性能でどうにかなる話? 薙刀で巨木を切り倒すって」

「そこはほら、ファンタジー金属だし?」

 ユキの言うような不思議武器は、ある意味、ロマンではあるのだが、この世界で可能なのかと言われると、微妙な気がする。

 この世界、結構現実的だし。

「叩きつけても壊れない薙刀は作れるかも知れませんが、切れるかどうかは別問題ですよね。それこそ、ファンタジーな現象でも起きないと」

「木を切る事だけ考えるなら、斧を巨大にして、質量を増やすのが現実的だろ。尤も、オレ以外が使えないようになるかも知れないが」

「完全に物理の世界だな」

 確かに、トーヤの扱い方を見ていると、今の斧はちょっと小さく感じる。

 一度に削れる範囲も狭く、もっと大きい斧があれば効率は良さそうだ。

「でも、それですと、質量を増やすより、速度を増す方が威力がありますよね?」

「あー、そうなるのか」

「はい。エネルギーは質量と速度の2乗に比例しますから。斧が重くなっても、トーヤくんが振る速度を変えずに扱えるなら別ですが」

「それなら、重い斧は保留か」

「あ、いえ。もう少し刃渡りが広くて、柄の長い斧であれば、もっと効率は上がると思いますけど。遠心力も使えますし」

 今使っている斧は、ホームセンターで見かけるような普通の斧。

 ナツキの言うとおり、扱えるのであれば、それこそハルバートのような巨大な斧の方が良いのかも知れない。

「ところでナツキ、交代しようか?」

「あ、いえ、手を止めたのはそろそろ危なそうだったからです。クサビを使った方が良いかもしれません」

「え、そうなのか?」

「はい。ちょっと、ぴきぴきと音がしてますよ」

 ナツキにそう言われ、全員で耳を澄ましてみると、風が吹く度に木から僅かな音がしているのが確認できた。

「なるほど。まだ結構残っているが、打ち込んでみるか」

「それじゃ、ロープをトーヤとユキ、それにナツキで引っ張ってくれる? クサビはナオが打ち込んで、私はあたりを見ておくから」

「了解」

 トーヤたちがロープを手に持った事を確認して、切れ目に何本ものクサビを打ち込んでいく。

 カツーン、カツーンと叩く度にクサビはめり込んでいくのだが……。

「ハルカ、どうだ?」

「ちょっとは傾いた……かしら?」

「そろそろ打ち込める余地が無くなるんだが……」

 伐採用のクサビであるのだが、このサイズの巨木にはちょっと小さかったらしい。

 すでに頭が切れ目に埋まるほどになってしまっている。

「……『鎌風エア・カッター』でダメ押しするしか無いわね」

 今更埋め込まれたクサビを取り出すのも難しい。

 ハルカはクサビの隙間から指を入れ、木の中心に向かって『鎌風エア・カッター』を放つ。

 今度は逆に俺が周囲の確認。

 そしてハルカが数度目の『鎌風エア・カッター』を放ったその時、それは一気に起こった。

 ミシミシと響き渡る音、倒れ始める大木、そしてトーヤの「たーおれーるぞー♪」の嬉しげな声。

 ……余裕あるな、おい。俺とハルカは慌てて退避するのに忙しかったのに。


 バキバキバキッ、ズズン。


 トーヤたちが頑張って引っ張っていたのが良かったのか、幸いなことに巨木は狙い通りの場所に倒れ、枝が折れる音と低い地響きをたてながら、地面へと横たわったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る