111 おっと、お茶!

 前回と同じぐらいの場所まで到達するまでに、発生した戦闘は3回。

 ゴブリン3匹、オークが2匹、それにバインド・バイパーが1匹で、いずれも戦闘時間は僅かだったが、後処理に若干の時間がかかったため、すでに町を出てから2時間程度は経過している。

 銘木のみを目標にするのであれば、町の北から森へ入れば良いのだが、それではいきなり強い魔物が出てくる可能性が高い。

 そのため、いつも通りに東の森に入ってから北に進み、山裾まで到達した後、西へ戻るルートを辿る予定である。

「しかし、これぐらいまで奥に入れば、オークは普通に居るんだな?」

「そうね。私たちが殲滅したオークの巣も、森の奥から溢れたオークが作るって話だし」

「でも、あたしたちには、好都合だね。オークって、便利だから」

 一般人には脅威になるオークも、俺たちからすれば、今となっては都合の良い食肉供給源かつ、お小遣いである。

 言うなれば、タスク・ボアーの上位互換。

 あちらは普通の猟師も狙うみたいだし、オークがコンスタントに狩れるのであれば、タスク・ボアーはあまり狩らずに、見逃す方が良いかもしれない。

 尤も、活動エリアを森の浅い場所から深い場所に移すのであれば、タスク・ボアーに出くわす可能性も減るのだろうが。

 逆にヴァイプ・ベアーには遭遇しやすくなるはずだが、アレはあまり効率が良くないので、あんまり嬉しくないんだよなぁ。


「あら? これって、茶の木じゃないですか?」

「茶の木? って、お茶っ葉って事か?」

 更に奥に向かって進んでいる途中、ナツキが立ち止まって指さしたのは、俺の背丈よりも少しだけ低い木。

 緑の葉っぱが茂っているが、お茶の木なんて遠くから茶畑を見たことがある程度で、直接見た記憶は無く、俺には判別が付かない。

「お茶ってこんな木なんだ? サザンカみたいに見えるけど……あ、ほら、薄桃色の花が咲いてる」

「……そうですね。茶の木は確か白だったはずですが、花の形はサザンカよりも茶の木に似てるんですよね」

 ユキが指さした花を見て、ナツキが小首をかしげる。

「葉っぱも茶の木の方に近くない? 葉脈とか葉っぱの厚みとか」

「そういえばサザンカって、もっと濃い赤だったよね」

「いえ、白っぽいサザンカの花も無いわけじゃ無いですよ?」

 ハルカも参戦して、協議を始める女性陣。

 それに対し、俺とトーヤは顔を見合わせて肩をすくめる。

「なぁ、トーヤ、解るか?」

「解らん。茶の木はもちろん、サザンカすらまともに覚えていないオレに聞くな」

「だよな。俺も同じ」

 そう言う俺たちに、ナツキが視線を向けて苦笑を浮かべる。

「茶の木はともかく、サザンカはうちの庭に植えてあったのですが……」

「すまん。花が咲いていて綺麗だな、とかは思っても、花の名前や品種はさっぱりだ」

「興味が無いとそんな物かも知れませんね」

「ちなみに、小さいけど、ナオの家にはあったからね、サザンカ」

 そう言うハルカにどこにあったのか教えてもらえば、確かに記憶にある。

 そうか、あれがサザンカだったのか。

 赤い花が咲いていたのは覚えているぞ。

 尤も、咲いていた時期すら曖昧なんだが、この花が今咲いているって事は冬近くに咲いていたのだろうか?

 春や夏に咲いてなかったような気がするし……。

 ちなみにハルカによると、サザンカも茶の木もツバキ科で品種的には近く、似ているのはおかしくないらしい。

「サザンカも漢字で書くと山茶花だしね」

「ほうほう、山の茶か……ってことは、もしかして山茶花の葉っぱってお茶になるのか?」

「さぁ、どうかしら? 私は知らないけど……むしろ今はこっちの木ね。ってことで、トーヤ、【鑑定】してみて。どう判定される?」

 ハルカに促され、トーヤがその木を見つめる。

 ついでに俺も【ヘルプ】を使ってみたのだが、結果は『常緑広葉樹』であった。

 普通の人が木の実を採取する胡桃の木などは判定できているので、あまり一般人が知っている木ではないのだろう。

「えーっと……、一応、『チャノキ』に分類されるみたいだな」

「ほうほう。よし、掘り返して持ち帰りましょう」

「え、マジで?」

 その答えを聞いてニッコリと嬉しそうに頷くハルカに、驚いた表情を浮かべるトーヤ。

「もちろん。ユキやナツキも賛成よね?」

「はい。麦茶も悪くないですけど、普通のお茶もやっぱり飲みたいです」

「ハーブティーは香りは良くても味はイマイチだしねぇ」

 ナツキが口にしたとおり、今、うちの飲み物は基本的に麦茶や白湯である。

 酒を口にしない俺たちは、ラファンの町でお茶を探してはみたのだが、残念ながら全く見つけることができず、仕方なしに手軽に手に入る大麦を使って麦茶を作ることにしたのだ。

 大麦を煎って煮出すだけの麦茶はお手軽なわりに美味しいのだが、少々物足りないところはある。

 何種類かの薬草を使ったハーブティーも試したものの、味的には微妙。

 ジュースの類いは、砂糖はもちろん、果物が高価なこの街では早々飲める物では無い。

 俺としても、緑茶や紅茶が手に入るのなら、飲みたい気はするのだが……。

「掘り起こすって事は、庭に植えるって事だよな?」

「もちろん。マジックバッグが無ければ断念したところだけど、あるんだからそっちの方が良いでしょ? 新芽の季節に茶摘みに来るよりは」

「そりゃな。このへんで暢気に茶摘みとか、できるわけがない。――しゃーない。掘るか」

 幸い、それほど大きな木ではない。

 手作業で掘れと言われれば1日仕事だろうが、土魔法を使えばそう難しくはないだろう。

「それでは、一番伸びている枝の下……このあたりから、ぐるりと周囲を掘り起こしてください。深さは1メートルもあれば良いと思います」

 ナツキの示した範囲は結構広い。

 普通の植え替えであればそこまで大きく掘る必要は無いらしいのだが、全然環境が違うところに移す上に、今回は魔法とマジックバッグのおかげで、掘り起こしと移送の手間が少なくて済む。

 少し無駄でもそっちの方が良いだろう、というのがナツキの言い分である。

 俺たちの中では一番詳しそうなナツキがそう言うのだから、あえて反対する理由も無い。

「それじゃユキ、そっち側から掘っていってくれ」

「おっけー」

 ガラスの浴槽もどきを作り上げた俺たちにとって、穴を掘る程度造作ぞうさも無い。

 見る見るうちに土が脇に寄せられ、半球状の溝ができあがる。

 ただし、そのままでは根っこが周りと絡み合っているため、動かすことはできない。

「さすがに森だけあって、根っこが多いですね。トーヤくん、溝の部分にはみ出ている根っこを切っていってください」

「おう」

 トーヤが伐採用に持ってきていた鉈と鋸を使って、手早く根っこを切っていくこと数分ほど。それでやっと茶の木の掘り起こしが完了した。

「後はこれをマジックバッグに入れるだけですね。……重そうですが」

「俺が『軽量化ライト・ウェイト』を使って、トーヤが持ち上げればなんとかなるだろ。短時間ならかなり軽くできるし」

「そうですね、それでお願いします」

「それじゃ、私たちでマジックバッグを広げておきましょ」

 魔法の難易度や魔力の消費は、簡単に言えば威力と持続時間に比例するので、持続時間を数十秒に限定するのなら、この木をトーヤ1人で持てる程度に軽くすることも、そう難しくはない。

 俺たちが持つ中で一番口が大きなマジックバッグをハルカたち3人で広げたところで、俺がかなり強力に『軽量化ライト・ウェイト』を木にかける。

「トーヤ、今!」

「おう! ――っ、軽っ!」

 俺が声をかけると、トーヤはひょいと巨大な根鉢の付いた木を持ち上げ、その重量に驚きの声を上げつつも、素早くマジックバッグの中に放り込んだ。

 うーむ、無駄に魔力使いすぎたか?

「よしっ! これで春になったらお茶が飲めるわね!」

「あ、すぐには飲めないんだ?」

 嬉しそうにマジックバッグを仕舞いながらそう言ったハルカに、トーヤが聞き返すと、苦笑してハルカは首を振った。

「茶摘みは春だからねぇ」

「夏も近づく八十八夜って言うし?」

「いやいや、それって何時だよ? 初夏?」

 トーヤにツッコまれ、ユキが考え込んで、指折り数える。

「確か、立春から数えるんだよね? えーっと……5月初め頃?」

「はい、そうですね。連休の頃です。一応、夏の終わりぐらいまでは摘んだりもしますが、さすがに今の時期は……いや、味を我慢すれば、もしかしたらいける?」

 ナツキが少し真面目な顔になって、小首をかしげる。

 お茶って普通、新芽を使うんだよな?

 さっきの木の葉っぱ、どう見ても固くてお茶になりそうに無かったんだが。

「ナツキ、実は結構不満だったのか?」

「いえ、我慢できないことは無いのですが、生活に余裕が出てくると……」

 食うや食わずの生活であれば単なる水でも気にならなかったが、美味しい物が食べられるようになるとお茶も、と思い始めたってところか。

「ナツキは良く緑茶を飲んでたからねぇ」

「自販機で買うのも、『お~○、お茶』だったよね。遊びに行っても緑茶が出てきたし」

 そういえば、ナツキのうちだと和菓子が出てきたな。

 そして、セットで緑茶も。

 普段はスーパーで買うお饅頭ぐらいしか食べない俺の家では、到底食べられないような美味しい和菓子だった。

 和菓子の方に気を取られていたが、きっとあの緑茶も良いお茶なのだろう。

「良いじゃないですか、好きなんですから! 正直、茶の木を確保できたのは、最近では一番の収穫でしたね!」

「ちなみに、バレイ・クラブや甲殻エビと比べると?」

「うっ……難しい選択です」

 俺が指摘すると、ナツキが言葉に詰まる。

 俺たちの食事の品質向上に大きな役割を果たしたエビとカニ。

 単純にスープに入れるだけでも一気に味に深みが出るため全員のお気に入りで、当然のごとくナツキも好んで食べている。

 ただの水でも我慢できる俺からすれば、圧倒的にカニとエビの地位が上なのだが、ナツキ的には悩むレベルらしい。

「まぁ、良いじゃない。正直私も、麦茶だけは飽きてきてたから」

「ですよね! できればもう数本、見つけたいところですけど……」

「1本じゃ足りないのか?」

「せっかくですから、紅茶も作りたくないですか? 緑茶ならほぼ問題なく作れると思いますけど、紅茶は試行錯誤が必要だと思いますから。あと、できたら抹茶も欲しいですね」

 緑茶と紅茶は同じ茶葉を摘んだ後の処理が違うが、抹茶の方は育て方からして違うらしい。

 さすがに抹茶はやり過ぎな気がするのは俺だけだろうか?

「紅茶はあたしも欲しいけど、抹茶、飲むの? 甘いお菓子が無いと、イマイチじゃないかな?」

「それは否定できませんが、良いお抹茶はそれだけでも美味しいですよ?」

 良いお抹茶なんて飲んだことないから批評はできないが、それが高いことぐらいは知っている。

 つまりそれは、作るのが難しかったり、手間がかかったりすることと同義であり、ナツキが簡単に作れるような物では無いだろう。

 それを指摘しようとした俺は、【索敵】に引っかかる物を感じて言葉を止め、意識を集中する。

「むっ……、これは……。すまん、囲まれた」

「えっ? 囲まれたって、敵に? マジで? 反応無いぞ、オレには」

 俺の言葉に驚いた表情を浮かべるトーヤに、俺は頷く。

「ああ。100メートル以上離れているから単独で動いていると思ったんだが、これ、多分連携してるな」

 俺たちが今居る地点を中心として、100メートル以上離れた位置から少しずつ近づいてくる反応が複数。

 索敵範囲が広がった関係上、ある程度の数の反応が常に引っかかっているのが通常になっていたため、あまり気にしていなかったのが裏目に出た。

 ちょっとずつ近づいていたのは理解していたのだが、まさかここまでの距離で連携するとは予想外である。

「連携って事は、スカルプ・エイプよね? そんなに離れていて連携できる知能があるの?」

「結構長い時間、ここに留まっていたからでしょうか?」

「逃げるのは無理?」

 ユキに訊ねられ、俺はもう一度【索敵】で良く探ってみるが、少し考えて首を振った。

「……難しいな。間を抜けようとすれば恐らく戦闘になる」

 現在【索敵】で把握しているだけでも20匹以上。

 スカルプ・エイプに仲間を呼ぶという特性がある以上、戦闘になれば更に増える可能性もあるだろう。

 初めて戦う敵で、想像以上の数。

 しかも俺は、先ほどの茶の木の採取で想定以上の魔力を消費済み。

 ユキは『軽量化ライト・ウェイト』を使っていない分、俺よりも消費は少ないが、元の魔力は俺よりも少ない。

 決して万全とは言えない状況。

 これは……少しマズいか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る