100 再訪、オークの巣

 新居で迎える初めての朝。

 昨夜のパーティーの残りで朝食を済ませた俺たちは、東の森にあったオークの巣へと向かった。

 久しぶりに入った東の森は大分木々の葉っぱが落ち、冬の様相を呈していた。

 少し変わった風景に戸惑いつつ、オークの巣へと辿り着くと、そこは前回来たときと変わらぬ状態のまま放置されていた。

 【索敵】に反応する物が無い事を確認し、手分けして周囲を調べる。

「どうだ?」

「気になる物は無いな」

 小屋などもすべて燃やしてしまったので、残っているのは巣の中心部分にある燃えさしのみ。

 オークを解体した残りも一緒に燃やしたせいか、他の獣が残り物を漁りに来た様子も無い。

 あえて違いを挙げるのなら、草が芽吹いていることぐらいだろうか。

 あれから何度か雨が降ったおかげか、完全に土が見えていた巣の跡地も、かなり緑が目立つようになっている。

「こちらも特に何も無かったわ」

「うん。新しいオークは来てないみたい」

「少し残念ですね。新しいお肉を確保することができません」

 ナツキは使い勝手の良いお肉と脂が同時に確保できるオークが、案外お気に入りらしい。

 街で買うと、他の食料と比べて、植物性油脂が割高ということもあるのだろう。

 俺も売っているのは見たことあるが、あれで天ぷらを作るとなれば、かなりの高級品になってしまうことは受け合いである。

 いや、作る手間を考えれば、日本で売っている油が凄く安いと言うべきか。

 菜種油とか、油菜を栽培して種を集め、それを搾るんだろ?

 1本の油菜から取れる種なんて一握りにも満たない。もし自分で栽培して油を搾るとすれば、いったいどれほどの手間が掛かるのか。あの小さい胡麻から絞る胡麻油なんかも、凄く大変そうだよなぁ……。

「ま、何も無くて良かった、と思いましょ。どうする? すぐに引き返す?」

「せっかくここまで来たのに、収穫無しでは勿体なくないですか?」

「でも、そろそろ木の実も終わりだよねぇ」

 最近、南の森でもあまり拾えなくなったんだよなぁ。

 当たり前だが、木の実を狙うのは人間だけじゃ無い。

 栗鼠りすとかそんな動物も普通に居るので、落ちた木の実は争奪戦なのだ。彼らだって冬に向けて蓄えないといけないのだから。

 もちろん、だからと言って俺たちが遠慮するわけでは無いのだが、残念ながら無いものは拾えない。

「……えーっと、薪とか?」

「薪か。必要だよな、宿じゃ無いから」

 自分たちで――というか、ナツキたちが煮炊きするようになって必要になったのが薪。

 ガスコンロなんか無いので、火力と言えば基本、薪なのだ。

 今はまだ耐えられるが、もっと寒くなれば暖房用としても必要だろう。

 問題は、木を切ってきても長期間乾燥させないと使えないという所だろうか。

 まぁ、いざとなれば『暖房ワームス』という魔法があるので、寒さに関しては耐えられるのだが、火魔法が使えないナツキとトーヤのために、時々かけ直す手間が必要になるだろう。

「台所のコンロなんかに関しては、早めに魔道具に変えたいわね。アエラさんのお店にあったようなのに」

「暖房器具は?」

「それも魔道具が良いかしら? 魔力に関しては問題ないでしょ?」

 魔法を使えなくてもある程度の魔力は誰でも持っているので、普通の人でも魔道具を使えないと言うことは無い。

 むしろ魔力を消費することが無いので、魔法を使える人よりも気軽に使えるぐらいだろう。

 もちろん、魔力の総量は魔法を使える人の方が圧倒的に多いのだが。

「でも、せっかく暖炉があるわけだし、あれは使いたいかも」

「あぁ、暖炉。なんか良いよな、燃える炎って温かい感じがして」

「食堂は暖炉があるけど、自室は無いでしょ? そっちは良いの?」

 暖炉が設置されているのは、食堂にリビング、応接間のみ。

 研究室や個人の部屋には設置していない。使用頻度や設置コスト、掃除、燃料費を考えると、メリットが薄いのだ。

「う~ん、寒い時期は食堂かリビングに集まってれば良くないか? ずっと家で過ごすわけじゃ無いし、寒ければ『暖房ワームス』を使えば、当分は温かいだろ?」

 それこそ寝る前に全員に『暖房ワームス』をかけておけば、自室に戻って布団に入るまで、寒さを感じることも無いだろう。

「そう言われると、わざわざストーブを用意する必要も無いかしら?」

「自前で『暖房ワームス』が使えないのはナツキとトーヤだけだしね。ナツキは言ってくれればいつでもかけるし、トーヤは自前の毛皮があるもんね」

「ねぇよ! 毛があるのは耳と尻尾だけだよ!」

「あれ、そうなの? 見たこと無いから、てっきり……」

 ユキがムフフと笑いながら惚けたことを言うが、絶対判って言っている。

「ユキの冗談はともかく、ここまで来て薪拾いだけというのもなによね……」

 そう言って少し考えるハルカに、トーヤが声を掛けた。

「なぁ、ここから北方面へ向かってみないか?」

「今から森の奥へ?」

「そのうち、そちらにも探索範囲を広げるんだろ?」

「それはそうだけど……ここから奥に進むと、魔物の分布が変わってくるのよね?」

「はい。山脈の麓を最深部として3つに分け、1層、2層、3層とするなら、この辺りは1層の終わりの付近になります。ギルドとしてはこの1層部分を緩衝地帯と定め、ここにオークの集団が出てくると、今回のような討伐依頼を出すみたいですね」

 俺たちからすればかなり踏み込んだつもりだったが、ギルドの区分ではまだまだ浅い部分らしい。まぁ、ゴブリンが出てくるエリアなのだから、そんな物なのかもしれない。

 そして、ラファンの街のギルドとしては、2層、3層には基本的に手出ししないというスタンスのようだ。

 街や街道の安全性には影響しないことと、そのエリアの危険性と得られる利益が釣り合わないことが主な要因らしい。

 ラファンを統治している代官としては、冒険者に森の奥にある銘木を入手してきてもらいたいのだが、その危険に釣り合うほどの報酬は出せないし、ギルドとしても、安い報酬で動く程度の冒険者では死ぬ可能性が高いので、入らないように注意する。

 ただし、入ること自体を禁止しているわけでは無いので、冒険者が自己責任で行くのは自由なのだが、ギルドに止められてなお行く冒険者はほとんどいないのが現状である。

「そうなると、2層、3層の情報は無い?」

「いえ、調査はしているみたいです。ギルドの資料に載っていたのは、スカルプ・エイプ、バインド・バイパー、そしてオーガーの3種類ですね」

「スカルプ・エイプ? 変な名前だな……?」

「えっと……最初に発見されたとき、人間の『それ』を持って騒いでいたらしいです」

「……ぉぅ」

 ちなみにスカルプとは、頭皮のことである。

「スカルプ・エイプは少し厄介です。ゴリラぐらいのサイズで、一般的には10匹以上のグループで獲物を取り囲み、棍棒を使ったり石を投げたりして攻撃してくるみたいです」

 更にそのゴリラみたいな外見に違わず腕力もあり、素手で殴られたりしても普通の人間なら大怪我。獲物が弱ってきたら、頭や腕、足を掴んで振り回し、地面に叩きつけるという極悪な攻撃もしてくるらしい。

「マジかよ……その数と道具を使う知能は脅威だな」

「はい。とにかく囲まれないことが大事、ですね」

 10匹以上で囲まれ、一斉に石を投げられるだけでも十分に脅威である。

 しかもゴリラの腕力で。

 場合によっては、盾を準備すべきかもしれない。

「バインド・バイパーは木の上から忍び寄り、その長い胴体を利用して首を締め上げたり、つり上げたりするのですが……ブランチイーター・スパイダー同様、先に発見できればそこまで危険では無いかもしれませんね」

 全長5メートルぐらいある大蛇が、木の上から音も無く忍び寄る。

 【索敵】が無ければかなり脅威である。

 ただ、先に見つけることができたとしても、打撃が効きにくいという問題点があるため、雑魚というわけでは無いらしい。

「トーヤの攻撃が効きづらいのか」

「いやいや、オレの剣、一応刺せるからな?」

「木の上だぜ? 届くのか?」

「またか! ブランチイーター・スパイダーもオレ、1匹も斃してないんだぜ!?」

 そもそもそんなにたくさん倒していないのだが、ブランチイーター・スパイダーの撃墜率トップは、弓を使うハルカである。

 木の枝が茂っていて見えにくくても確実に斃す、針の穴を通すようなハルカの狙撃はなかなかに見事だった。

 ちなみに俺も討伐数はゼロである。隊列の順番的に、槍が届くなら先にナツキが倒してしまうし、魔法での攻撃は、森の中だった上に討伐証明が燃えるかもしれないので控えたのだ。

「バインド・バイパーは皮が強靱ですから、ブランチイーター・スパイダーの様には行かないと思いますよ。上手く頭を叩きつぶすか……多分ですが、ハルカとユキの小太刀で切り裂くのが有効かもしれません」

 なんか面倒そうである。

 基本、1匹で現れるのがまだしもの救いか。

「オーガーは純粋に強いです。オークリーダーよりもやや小さいですが、速度・筋力共に大幅に上。今の私たちなら逃げること推奨ですが、速度的には多分逃げられません。ナオくんの【索敵】頼りで遭遇しないようにするのが一番ですね」

 オークリーダーより大幅に上とか、まず無理だな。

 そこまで強いなら、【索敵】でも判りやすいだろう。きっと。

 判らなかったら……下手したら死ぬんだよなぁ。プレッシャーである。

「その他、動物に関しては、最も危険な物がヴァイプ・ベアーなので、気にする必要は無いでしょう。狼もいますけど、お魚釣りに行ったときに襲ってこなかったみたいに、普通はあえて人間を襲うことは無いみたいです」

 やはり問題になるのは魔物か。

 魔物がいなければ元の世界の森と大差は……あれ? そういえば、ギルドの資料に……。

「蛇と言えば、普通の蛇もいるんじゃ無かったか?」

「あ、それを忘れていました。魔物では無い普通の蛇や毒虫は多少います。でも、ハルカの光魔法で治療できますから、さほど脅威では無いと思います。――魔法が無ければ死にますけど」

「おぉぅ、そうなのか……」

 あっさり死ぬとか言われてしまった。

 確かに何種類かは咬まれると危険と書いてあった気もする。

「血清なんて無いですからね。搬送手段も限られますし」

「『毒消し草』みたいな物はないんだ?」

「ゲーム的な物であれば、【錬金術】の範疇ですね。【薬学】で作る物は、それぞれ対応する毒がありますから、何にでも効く物はありません」

 もちろん、日本にもそんな都合の良い物は無く、対応する血清をすぐに打たなければいけない。無ければ取り寄せることになるが、それが可能なのも現代だからこそ。

 こちらの世界だと取り寄せている間に死ぬし、そもそも街に帰り着けない可能性の方が高い。

 尤も、毒蛇が危険なのは判りきっているので、森に入る人は丈夫なブーツなどで身を守り、そうそう咬まれるような事故は起きないらしいのだが。

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