096 訪問、南の森 (1)

 およそ500メートルぐらいか。

 徳岡たちと会った場所から南下して、人がいなくなった場所から俺たちは森へと入った。

 このあたりの木々は東の森と少し違い、比較的真っ直ぐに幹が伸びている。

 植樹された杉やヒノキみたいには真っ直ぐではないが、比較的自由に枝を伸ばしている印象のあった東の森の木々とは種類が違うのかもしれない。

 ただ、葉っぱは大分茶色になっているし、その形も針葉樹の物ではないので、広葉樹であることは間違いなさそうだ。

「時期的には、木の実とか期待したいな。胡桃とか、栗とか」

 楽しそうな表情で木の上や地面に視線を走らせるユキ。

 俺も地面を探すが、木の実っぽいのは、1センチに満たないようなどんぐりみたいな物のみ。胡桃も栗も見当たらない。

「あっても良さそうだけど……」

「どうかしら? 栗も胡桃も木材としては優秀だし、家具の材料としては適してるけど……。ところでナオ、栗はともかく、胡桃の実ってどんなのか知ってるの?」

「え? あのしわくちゃなヤツだろ? 硬いヤツ」

 殻付きの胡桃を買う機会なんか無いが、それぐらいは知っている。

 あれを割れば、おつまみのミックスナッツに入っているあれが出てくるのだ。

「間違っては無いけど、決してあれが木の枝に生っていたり、地面に転がっているわけじゃないからね?」

「え?」

 違うのか?

 驚いてハルカに顔を向けると、ハルカだけじゃなくユキとナツキも微妙な表情で微笑みを浮かべていた。とっさにトーヤに視線をやると……よし、トーヤはこっち側だ。

「一般的に見る胡桃は、種の部分なんです。食べるのはその中の仁の部分ですね。ですから、あの殻の表面には果皮が付いているんです。種類によっては果皮が割れて中身だけ落ちる場合もありますが……」

「アーモンドなんかもそのタイプだよね。と言うか、ナッツ類ではドングリとか栗の方が少数派?」

 あんまりナッツの生り方を気にしたことは無かったので、何となくあれがそのまま生っていると思ったのだが、違ったらしい。

「じゃあ、どうやって探せば?」

「胡桃は梅みたいな実なんですが……木の方をチェックするのが良いかもしれませんね。【ヘルプ】ありますし」

「なるほど!」

 盲点だった。

 小さい木の実を探すより、元の木を探す方が簡単だよな。

 そう思って周りの木をチェックしてみると、所々に栗や胡桃の木が生えている。

 ただし、その下を見ても木の実は落ちていない。いや、よく見ると虫に食われて腐った物や踏み潰されたイガは落ちているのだ、肝心の木の実は無い。

「なぁ、これって誰かが拾ってるよな」

「誰かと言うより、冒険者だよな、確実に。恐らく、木の実の収集依頼とかがあるんだろうな」

「胡桃は食べる以外にも、油を取って家具作りにも利用できますから」

「つまり、森の浅いところで集めるのは無理、って事ね」

 東の森に比べると魔物が多いと言うことだが、入ってすぐでは俺の索敵範囲にもヒットする対象はいない。つまり、安全に収集が出来ると言うこと。無くなるのも当然だろう。

「ナッツの回収は主目的じゃ無いけど、取りあえずは奥に行ってみましょうか。トーヤとナオは索敵、お願いね」

「らじゃ。初めての場所だから、注意する」


 事前調査ではさほど強い魔物はいないということだったが、注意一秒、怪我一生である。

 俺たちは少し緩んでいた気持ちを引き締め直し、きちんとした隊列を組んで森を進んでいく。

 東の森よりも魔物が多いというだけあり、歩き出してしばらくすると索敵範囲に魔物の反応が捉えられたが、討伐が目的では無いのであえて近づくことはしない。

 それでも近づいてくるゴブリンに関しては、さっくりと処理。

 ユキとハルカも火魔法が使えるようになったことで魔力的にも余裕があるため、これまでは放置していたゴブリンの魔石も、頭に『火矢ファイア・アロー』を叩き込んで回収している。

 普通のゴブリンの魔石はさほど高く売れないが、それでも全員のランチ代程度にはなる。ホブゴブリンや他の上位種なら、それの倍以上になるので、是非に回収すべきだろう。

 まぁ、それでも手作業で脳みそを抉り出さないといけないのなら、躊躇するところなのだが、『火矢ファイア・アロー』なら、頭を貫いて魔石だけ回収できるからちょっとハードルも下がる。

 だが、何で一部の魔物のみ、頭に魔石があるんだろうね?

「しっかし、ゴブリン以外出てこねぇな?」

「はい。ゴブリン・スカウトとか、ゴブリン・ファイターという上位種は出てきましたが……」

「あんまり強くなかったね?」

 上位種と言うだけに、ホブゴブリンよりは強いのだろうが、槍で急所を一突きすれば普通に死ぬので、オークよりもたやすい。

 何より重量が無いので、対峙していても気が楽。

 オークの場合、ボディーアタックされてしまうと、斃せたとしても大怪我だから気が抜けないのだ。

「魔物としては、ブランチイーター・スパイダーとスラッシュ・オウルがいるのよね?」

「はい。ただ、ブランチイーター・スパイダーに関しては、索敵で先に見つけられれば、さほど脅威では無いと思います」

 この魔物はその名前の通り、木の枝を囓る性質のある蜘蛛なのだが、これは枝自体を食べるためではなく、獲物を狩る道具として使うための行為である。

 まず最初に、粘着力のあるクモの糸を枝に巻き付け、その枝を囓って折れやすくしておく。

 その状態で猿などが乗れば、枝が折れて糸に引っ付いた状態で落下することになる。

 それで死ねば良し、死ななければ落下ダメージで動きが鈍っている隙に更を糸を搦めて、動けなくなったら牙で止めを刺す。

 もしくは、そういった加工をした枝の下を獲物が通りがかったら、枝を落下させてその獲物にぶつける。後は先ほどと同じ。糸を追加して動きを制限し、攻撃。

 前者は木に登らなければ関係ないので、ほぼ人には影響が無いのだが、後者の方は、希に単独行動している木こりや冒険者が餌食になる事がある。

 だがこれは【索敵】で先に敵を見つけるか、仮に見落としても、複数人である程度の距離を空けて移動していれば、すぐに助け出せるので、大した脅威では無い。

 手の届く場所に出てくれば、ブランチイーター・スパイダー自体はさほど強い魔物ではないのだから。

 ただ、木の枝を食害する性質から林業の面では厄介者なので、討伐証明を冒険者ギルドに提出すれば報奨金が出る。

 大した額ではないが、見つけたら狩っても良いかな? と思える程度には貰える。

「スラッシュ・オウルも強くはないらしいが、若干不安はあるよな」

「切り裂き攻撃か……」

 スラッシュ・オウルの怖いところは、低空から無音で一気に近づいて、切り裂いていくこと。

 どういう原理か、翼の一番外側の羽の切れ味が素晴らしいらしく、すれ違いざまにその羽で攻撃していく。

 腕を切られるぐらいならまだ良いのだが、運が悪いと頸動脈をスッパリとやられ、死に至る。

 厚手の革を切り裂くほどには鋭くないみたいなので、俺たちも顔や首を狙われなければ問題は無いのだが……。

「ネック・ガードでも付けた方が良いかな?」

「頸動脈でも、治癒魔法があるから死にはしないと思うけど……」

「仲間が即反応できれば、ですね」

 血管をすぐに繋ぐことができるわけだから、問題になるのは出血量か。

 切られたときに、とっさに手で押さえられるものかな? 急速な血圧低下による貧血で意識を失う可能性もありそうだが。

「ま、出会って危なそうなら考えましょ」

「そうだな。いくら速いって言っても、一瞬で何十メートルも移動することは無いだろ」

 【索敵】で捉えることさえできれば、十分に対処可能なはず。

 もし対処できないような速度で移動するのであれば、護衛付きでも木こりが森に入る事なんてできないだろう。


    ◇    ◇    ◇


「前方5メートルぐらいにいるはずだが……」

 【索敵】でブランチイーター・スパイダーらしき反応を捉えた俺たちは、少し進路を変更して確認に来ていた。

 スキルのおかげでおおよその位置は解るが、木の枝が邪魔になっていて俺の所からは見えない。いると判っていてこれなのだから、普通ならなかなか見つけられないだろう。

「ナツキ、見えるか?」

「そうですね……。――っ!」

 俺の言葉にナツキが樹上に視線を走らせ、素早く槍を突き出す。

「これですね」

 そして引き戻した槍の先端には、30センチほどの黒い蜘蛛が串刺しになっていた。

 まだピクピクとは動いているが、一撃である。やはり、見つけることさえできれば雑魚と言ってしまっても良いかもしれない。

「でも結構判りづらいな? 見つけても、オレの剣じゃ届かないし」

「槍が無ければ、魔法か弓か……少し面倒ね」

「待ち伏せするタイプだから、回避はできるが……ちょっと勿体ないか?」

 雑魚なわりに魔石はゴブリンと同等、更に討伐報酬まであるのだから、『探して狩る』まではしなくても、遭遇したら回避せずに倒したい。

「それじゃ、蜘蛛の担当はナオとナツキね。よろしく!」

「別に構わないが……多分、全部ナツキがやることになるよな?」

 何匹も群れる敵ではないし、ナツキが先を歩いているのだから、あえて譲られない限り、俺の出番が無い。

「別に構いませんよ。苦労する敵でもないですから」

「そうだよなぁ、一瞬だったし。取りあえず魔石を回収するから、それ貸してくれ」

「はい」

 トーヤがナツキから槍を受け取ると、蜘蛛を踏みつけて槍を抜き、討伐証明となる右前足と魔石を回収する。

「頻繁に出てくるなら稼げそうだが、そんなに多くは無いんだよな?」

「だろうな。まだ1匹だし」

 すでに1時間ほど歩いているが、見つけたのは1匹のみ。

 俺たちの歩くルートからあまり離れていない場所では、という制限は付くが、それでも数が多いとは言えないだろう。

 ラファンの街が懸賞金を掛けている効果が出ているのかもしれない。


 そこから更に奥に進むとスラッシュ・オウルとも遭遇したが、こちらも脅威では無かった。

 最初の1匹はバカ正直に正面から飛んできたので、トーヤが簡単に叩き落として倒してしまったのだ。

 【索敵】で把握できるため、事前に警告すれば、間違っても『首を刎ねられた!』みたいな状況にはならないだろう。

 ただし、ゴブリンとの戦闘中に後ろから襲撃されたときは、少し面倒だった。

 尤もそれも、ハルカが簡単に切り捨ててしまったので、よほどギリギリの戦いをしているときでも無ければ、問題は無さそうである。


「しかし、結構奥まで来たけど、あまり代わり映えしない森ね」

「魔物の出現頻度は上がってるが、その程度だよな。強い魔物もいないし」

「2時間ぐらいは歩きましたよね。魔物は結構倒しましたから、稼げないわけでは無いですが……」

 それなりの数の魔物を倒しているので、魔石の売却額は金貨10枚を超えるだろうが、効率が良いかどうかは微妙である。

 このあたりまで侵入すれば、索敵範囲に何グループかゴブリンらしき反応があるので、稼ぎでは無く、魔物の討伐と考えれば、効率は悪くないのだろうが……。

「一応、レベルアップには意味があるんじゃないかな? 魔物が一杯出てくるし? 魔物を倒す事による身体強化は実感してるでしょ?」

「それは、なぁ」

 フルマラソンを世界記録レベルで走っても、さして疲れない状態なのだ。

 こちらに来た当初から身体能力は上がっていたが、その時と比較しても明らかに違う。

 元の世界にいたときとは違い、毎日訓練をしているが、それだけで説明できるような上昇率ではなく、何らかの『不思議パワー』が影響していることは間違いないだろう。

「でも、それって、弱い魔物相手でも意味があるのか?」

「もちろん強い魔物を倒す方が良いと思うけど、ゴブリンでも意味が無いって事は無いと思うよ? そもそも、『ゴブリンだと経験値が入らない!』ってレベルまであたしたちが強くなったとは思えないし」

「安全性を高めるため、しばらくはこの森で討伐に明け暮れるのも手、かしら?」

「でも、殺伐とした生活ですよね、魔物を倒すのが目的の日々って」

 ハルカが思案するようにそう言うと、ナツキが少し苦笑してそう答える。

 トーヤは別に構わないって言う表情で、ユキは迷っているって感じか。

 俺としては、ゴブリンからの魔石の回収さえ無ければそれもあり、って感じなんだが……毎回頭を吹き飛ばすのは、なぁ。倒すためならともかく、死んだ後にだから、ちょっと気分良くない。

「……一先ずは帰りましょうか。森の様子も概ね把握できたわけだし、稼げる方法なども含めて、戻って相談しましょ」

「そうだな。またディオラさんに話を聞いてみるか」

 困ったときのディオラさん、ではないが、やはりこういう事は地元の人に訊いてみるのが一番だろう。

 俺たちは方針をひとまず棚上げにして、森の外へと引き返した。

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