083 後片付け

 作業を分担し、一番力のあるトーヤと一応男の俺が小屋もどきの解体と廃材の収集を受け持ち、女性陣がオークの解体を担当する。

 積み上がっていくオークの内臓と廃材。

 ある程度溜まったところで火を着ける。

 なんだか良い匂いがしてくるのが、微妙な気分である。

「なあ、ナオ。これって大丈夫なのか? かなり盛大に燃えているが」

 確かにキャンプファイヤーとか目じゃないぐらいに燃えている。脂たっぷりのオークが燃料になっているのかもしれない。

「結構ひらけてるし、風もあまりない。大丈夫だろ。いざとなれば『消火エクスティンギッシュ・ファイア』もあるし」

 火魔法レベル3のこの魔法は、その名の通り火を消すための魔法。

 説明文には『火災現場では非常にありがたがられる魔法です』とあり、火魔法には珍しく、戦闘用以外の使い方が強調されていた。

 小さい焚き火でしか試していないが、一瞬にして火が消え、煙も出なければくすぶりもしない。また、一気に着火点以下まで温度を下げるのか、火が消えた後で再着火することもない。

 ただし、炭は手で触れない程度には熱かったので、完全に冷ましてしまうわけではないようだ。

「それなら安心して、ドンドン放り込むか」

「そうだな、まだ半分程度は残っているし」

 屋根に使われている木の枝は葉っぱの付いた生木だったが、その他の部分は乾燥していて良く燃える。

 小屋をたたき壊しては、焚き火に放り込むという作業を繰り返す俺たち。

「何か、焚き火を見ると、落ち着くというか……なんか良いよな」

「解る解る。どこかの国では、暖炉が燃える様子を映すだけのテレビ番組があるというからなぁ。もしかして、人間の性?」

「……あなたたち、気持ちは解らなくもないけど、これって焚き火ってレベル?」

「……う~ん、ちょっと炎が大きい?」

「その可能性も否定できない」

 容赦なくドンドン薪を放り込み、かつ、最初に良い感じに木を組んでおいたその焚き火はごうごうと炎を吹き上げ、その炎の高さはトーヤの身長の2倍を優に超えている。

「俺の田舎だと、どんど焼きがこんな感じ」

「餅、焼きたいな」

「火が強いわね。崩れないように注意してね?」

「おう、任せておけ」

 小屋の解体はほぼ終わったので、長めの柱を確保しておいて、焚き火の調整用に使おう。

 木を組み合わせたと言っても、せいぜい2メートルあまりの柱を使って組んだだけなので、焚き火から2メートルも離れれば、崩れてきても危険は無いのだが。

 その頃には女性陣の解体作業も終わり、肉の塊と皮が順番にマジックバッグへとしまい込まれていく。

 オークとオークリーダー合わせて38匹。その肉の量も膨大である。

 具体的には、キロじゃなくてトンで計量するレベル。

 片付けが終われば、ナツキとハルカが全員に『浄化ピュリフィケイト』をかけて、汚れを取り除く。

 後はこの焚き火が終われば帰れるのだが……。

「これ、燃え終わるまで結構かかりそうよね」

「そうだな。小屋、結構な数があったし」

 総数としては30近くはあっただろうか。それぞれに柱が4本。屋根を支える梁が4本あまり。

 そう太い木ではないが、数百本あるのだ。それを集めて火を着ければ、当然今も激しい炎を上げて、ごうごうと燃えている。

「ここでお昼にしましょうか、少しだけ血の臭いが気になるけど」

 戦闘の後だしな。

 メインの戦闘区域は巣の周辺部だったのだが、廃材を燃やしているのは延焼を警戒して、巣の中心部分。距離的に離れているものの、解体作業は不要部分を燃やすために焚き火の側で行ったので、むしろこのあたりの方が血の臭いは濃い。

 まぁ、俺たちも大分慣れたので、この程度で吐き気を催す、ということはないのだが。

「焼き肉するなら賛成。久しぶりにバーベキューしようぜ」

「そうだな、せっかく買った調理器具、殆ど使ってないし」

 冒険中に使ったのは僅かに1、2度。

 むしろ、訓練中に使ったことの方が多い。家づくりの廃材が出るので、それをもらって焚き火をおこし、休憩時間にお茶を飲んだり、イモを焼いたりするのに使ったのだ。

「焼き肉ですか。いいですね」

「話は聞いてたけど、あたしたちが合流してから、殆どやってないからね」

 俺たちの話が聞こえたのか、ナツキとユキも嬉しそうな表情で近づいてくる。

「そういえば、そうだよな」

 こちらに来た当初は、タスク・ボアーの串焼きを作って食べることが多かったのだが、若干飽きが来たことと、毎回火を熾すのは結構面倒なことから、ナツキたちが合流してからは買ってきた昼食で済ますことが殆どになっていたのだ。

「それじゃ、準備、しましょうか。今回は網もあるから、網焼きにしましょ」

「了解」

 解体作業を行っていた場所から、焚き火を挟んで反対側へ移動し、そこに拾ってきた石で簡単な竈を作る。その竈に焚き火の中から適当な熾火おきびになっている物を引っ張り出してきて入れ、金網をセットする。

 その上にハルカたちがスライスした肉が並べられた。

 すぐに脂が溶け出し、ぽたりと炭の上に落ちて煙を上げる。

 少し煙たいが、それもまた良し!

「う~ん、この感じが焼き肉の醍醐味だよな!」

「同感!」

 鉄板を使っても肉は焼けるが、やっぱり炭を使った網焼きとはちょっと違う。

「しかし、これだけお肉だけが並ぶと……」

「だよね。お野菜、欲しいよね」

「何か、買っておけば良かったかしら」

 肉に喜んでいる俺たちに対し、ハルカたちは少し不満なようだ。

 まぁ、確かに壮観ではあるのだが、箸休め的に別の物があっても良いかもしれない。

「焼き肉って、どんな野菜使う? キャベツ、タマネギ……」

「ピーマンやナス、ニンジンやアスパラを焼いたりもするわね」

「オレはトウモロコシが好きだな、甘いヤツ」

「スイートコーンですね。でも、難しいかもしれません」

 まず、甘い品種のトウモロコシがあるかどうかの問題。

 そして、収穫後の保存性の問題。

 スイートコーンは収穫して時間が経つと、ドンドン甘みが落ちていくらしい。

 それを避けるためには低温で管理するか、収穫したらすぐに加熱してしまうか。

「ですので、早朝に収穫してすぐに茹でて食べるのが、一番美味しいでしょうね。家庭菜園で作ると、すごく美味しいトウモロコシが食べられますよ?」

「店で買ってきたトウモロコシの中に、全然甘くないのがあるのはそれが原因か!」

「実の入り方は解っても、味が分からないのが難点よね、トウモロコシは」

 毛がたくさん出ているトウモロコシが良い、という話は聞いたことがあるが、収穫してからの経過時間、保存方法についてはなかなか解らないもんなぁ。

「この世界だと、低温でのサプライチェーンなんて、期待できないよね」

「はい。マジックバッグは最適ですけど、普通の農家が使える物では無いでしょうし」

「……よし、庭で作るか! せっかく広い土地を買ったんだし」

「たしかに、家庭菜園をする程度のスペースはあるが……トーヤ、できるのか? 経験は?」

「無い!」

 胸を張って断言するトーヤ。

「だってオレの家、畑を作れるような庭、無かったからな!」

 俺たちは全員戸建てに住んでいたが、確かにトーヤの家の庭はそれほど広くなかった。

 俺とハルカにはそれなりに広い庭があったが、家庭菜園の経験は無し。

「じゃあどうするんだよ」

 そう言うオレに、トーヤはユキに視線を向け、パンと両手を合わせて拝んだ。

「ユキ、ガーデニングが趣味だったよな? やってくれないか? オレも手伝うし」

「えぇっ! 確かに花を育てるのは好きだけど、野菜とはちょっと違う気が……」

「ナツキは経験ありそうな口調だったよな?」

「そうですね、庭の片隅で少々。ただ私の場合、肥料も土も苗も、買ってきて植えるだけでしたから、さほど詳しいわけでは……」

 トーヤに頼まれ、ユキとナツキはちょっと戸惑ったような表情を浮かべる。

 肥料も土も売っていない、品種だって家庭菜園で育てやすいように改良された物とは違う。恐らく失敗する可能性の方が高いだろう。2人のためらいもよく解る。

 だが、そんな2人の背中を押したのは、意外にもハルカだった。

「別にやってみたら良いんじゃない? 農家じゃないんだから、失敗したからって生活に困るわけじゃない。私たちも仕事ばかりじゃ生活に潤いもないし、趣味の一つとしてはありだと思うけど?」

 確かに今までは、生活資金を貯めるため、仕事と訓練ばかりの日々だったから、家ができたら余暇の時間があっても良いよな。

 俺も何か考えるべきかもしれない。この世界には、インターネットも、手軽に買える本も、ゲームもないんだから。

「……失敗しても良いのでしたら」

「あたしも、それぐらいの緩い感じなら、いいかな?」

「オッケー、オッケー。成功したら儲けもの、程度の気持ちでやろうぜ」

 気軽に笑うトーヤに苦笑を浮かべる2人。

 俺もスイートコーンは食べたいので、是非頑張ってもらいたい。と、その前に、その品種があるかどうかが問題なのだが。

「さて。そろそろお肉、焼けたわよ。食べましょうか」

「いただきます!」

 ハルカがそう言うが早いか、すぐさま箸をひらめかせたのはトーヤ。

 網から肉を奪い取り、口に放り込む。――ちなみに箸は売っていないので、自家製である。

「うん、美味い!」

 俺もそれに倣い肉を口にする。

 味付けは塩と僅かな香辛料。シンプルだが、普通に美味い。

「たまには屋外でやる焼き肉も良いよね!」

「はい。ちょっとバリエーションがないのが残念ですけど」

「レモン汁でもあれば、少しさっぱりと食べられたのにね」

 確かに。基本的には塩のみだからなぁ。

 インスピール・ソースはあるが、さすがにあれを焼き肉に付けるのは躊躇われる。

「焼き肉のタレ、欲しいよな」

「すげえよな、あれ。肉も野菜もあれで味付けしたら、ご飯何杯もいけるからな」

「猛者はあれだけでメシを食うと言うぞ? ――作れないか?」

 そう言ってハルカたちに視線を向けるが、全員揃って首を振った。

「難しいよ、あれは」

「果物や野菜類はなんとかなりますが――」

「醤油か味噌がないと、味が決まらないわよね」

 醤油と味噌はやはり偉大だった。

「原料って米と麦、大豆だよな? それらがあれば、作れる人は……?」

 ハルカとユキは首を振ったが、ナツキは控えめに手を上げた。

「作ったことはあります。但し、麹菌を探す必要がありますが」

「麹菌かぁ……売ってないよなぁ」

「まぁ、売ってないでしょうね。ただ、麹も酵母菌の一種だから、見つけることはできるわよ、地道に努力すれば」

 そう言ってハルカが色々解説してくれたが……うん、とにかく難しそうなことは解った。

 不可能ではないと解っただけでも、今は良しとしておこう。俺にできるのは、応援することと、雑用を頼まれたら手伝う程度である。

「ま、醤油の話は置いておくとして、明日以降はどうする? オークの巣を潰したから、もうオークで稼ぐことはできないだろ?」

「だよなぁ。オークがゼロにはならないだろうが、今までみたいに頻繁に見つからなくなるだろうし」

 一部の人には迷惑なオークだが、俺たちにしてみれば良い金蔓かねづるだった。

 なので、あえて巣の殲滅をせずに適度な間引きを繰り返し、持続可能な資源として活用する案もあったのだが、ギルドに殲滅依頼が出た時点で諦めた。

 放置しておけばギルド主導で殲滅が行われるわけで、俺たちに益はない。それならば、先に潰してしまう方がまだマシである。

「オークを卒業したぐらいの冒険者って、何で稼ぐんだ?」

「南の森、ですね。普通の冒険者はホブゴブリンが斃せるぐらいになれば、そちらに移るみたいです」

 そういえばオークって、割が合わないから人気が無いんだったな。

 おかげで競争相手が居ない俺たちは、ガッポリと稼がせてもらったわけだが。

「南の森……何があるの?」

「次のランクということであれば、木こりの護衛みたいです。後は、東の森よりも少し価値の高い薬草類、魔物を狩って魔石を集める、でしょうか」

「それだけ訊くと、なんだか微妙な気がするんだが……?」

「そうですね。はっきり言えば、南の森に移っても、オーク狩りで稼げるほどには稼げないと思います。ですから、この街には高ランクの冒険者がいないのでしょうね」

「オーク、良い稼ぎになるからなぁ……」

 4匹も売れば、日本円にして軽く100万以上である。

 肉の量を考えれば妥当か、むしろ安いぐらいだとは思うのだが、1ヶ月の小遣いが数千円だった俺たちからすれば、大金である。

「ま、どうするかはゆっくり考えましょ。オークの在庫はかなりあるし、それがなくなるまではのんびり過ごしたら良いと思うんだけど」

「だよね。お金に余裕があるんだから、休暇も必要だよ。――そうだ! オークの巣の殲滅成功を祝って、祝勝会でもしない? アエラさんのお店でも予約して」

「お、いいな! アエラさんの料理、美味いけど、朝に販売しているヤツと、ランチ以外食べたことなかったし」

 笑みを浮かべてパチンと手を合わせ、そんな提案をしたユキに、トーヤもまた同調する。

 俺たちにも特に反対する理由も無く、顔を見合わせて揃って頷く。

「それじゃ、肉を売って、帰ったら予約しに行きましょうか」

「賛成!」

 それから俺たちは、豪快なキャンプファイヤーが下火になるまで、しばらくその場で食休みを取った。

 そして、おおよそ燃え尽きた段階で、燃え残った物をユキの土魔法でごっそりと穴の中に放り込むと、森を後にしたのだった。

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