048 ソースを作ろう! (1)

「ひとまず、お肉は冷却貯蔵庫に入れておきますね」

 初めて入ったアエラさんのお店の厨房には、大型の冷却貯蔵庫――簡単に言えば冷蔵庫が置いてあった。

 大きさは縦横2メートルあまり、奥行きが1.5メートルほど。かなり高価な魔道具らしい。

「すっごく便利なんですよ! ……まぁ、薄利多売でたくさん料理を作らないなら、これも無用の長物なんですけど」

 『ふっ』とでも言うような、黄昏れた表情を浮かべるアエラさん。

 購入価格が高いのはもちろんだが、大きいとそれだけ維持費もかかるらしい。

 つまり、使い切れないのであれば、無駄に負担がかかるだけになる。

「いやいや、アエラさん。お菓子に力を入れるなら、冷蔵庫は必須です!」

「そうですね。これがあれば、美味しい生菓子も出せるでしょうし、これは大きな強みじゃないですか?」

「そ、そうですか? っていうか、生菓子って何ですか!? 名前からして美味しそうです!」

「あ、あら? 生菓子ってご存じないですか?」

「はい、不勉強ながら。是非教えてください!」

 そういえば、俺たちが以前行った喫茶店にあったお菓子も、クッキーなどの焼き菓子だけだった。

 砂糖菓子もメニューにあったが、ハルカの「多分、砂糖の塊よ?」という言葉を聞いて、注文するのは止めた。その時俺の頭にあったのは、仏様にお供えする砂糖でできたお菓子だったが、多分そう外れてはいないんじゃないだろうか。

 あの時の砂糖菓子の値段を考えると、菓子という分野自体があまり発展していないのかも知れない。

 新しいお菓子の話を聞いたアエラさんは、目を輝かせてナツキに詰め寄り、ナツキの方は少し戸惑いつつも、頷いた。

「解りました。時間ができたらお教えしますから」

「きっと、ですよ!」

「はい。それより今は、インスピール・ソースの方を……」

「あ、そうでした。えっと、まずは壷が必要なんです。ウチのお店で使う用と皆さんにお分けする用、買いに行きましょう」

「あ、でもアエラさん。看板を取りに行かないといけないんじゃなかった?」

「そうでした!」

 昨日注文に行った際、今日取りに行くと伝えていたらしい。

 ユキが説明した看板ぐらい昨日だけでも作れそうな物だが、店の中に掲示する物は少し手間を掛けて綺麗に仕上げてもらうため、1日余裕を見たんだとか。

「どうしましょう。そろそろ、どちらのお店も閉まります」

 この世界のお店は、一部の飲食店や色街などを除けば、日が落ちたら閉店してしまう。

 時間帯を考えると、どちらも回るのはちょっと厳しいだろう。

「ん~、じゃぁ、あたしが看板を取りに行くよ。アエラさんは2人と一緒に壷を買ってきて」

「良いんですか?」

「うん。取りに行くだけだし。その代わり、私たちの残りの2人、ハルカとトーヤも呼んでも良いかな? ソースの作り方、ハルカにも教えて欲しいし、その後でトンカツを作って食べましょ」

「ええ、もちろんです。トンカツ、作り方を教えてもらえるなら、いくらでも!」

 そういう事になった。


「ここが、私が食器類を揃えたお店です」

 アエラさんに連れられて訪れたのは、大通りから外れた少し奥まったところにあるお店だった。

 知らなければたどり着けないそんなお店。

 焼き物の専門店らしく、食器や壷など、すべて焼き物である。

 一般に使われている食器は木製も多い中で、焼き物だけを揃えて経営が成り立っているあたり、かなりのやり手なのか、あるいは高級品を売って利益率上げているのか。

「あっ。――(ナツキ、お金持ってる?)」

「(え? そんなには。サールスタットで稼いだ分だけです)」

「(しまったな。俺たちの金、ハルカが管理してるから、俺も小遣い程度だぞ?)」

 所持金、2人合わせても3千レアに届かないのだが。

 しかも、置いてある商品、値札付いてないし。う~む……。

 そんな俺たちを尻目に、アエラさんは店の奥に進み、店員に声を掛けた。

「こんにちは。壷が欲しいんですが。実用性重視で丈夫な物を」

「それでしたら、このあたりでしょうか」

 店員に案内されたあたりに並んでいたのは、薄茶色で蓋付きの壷。

 大きさは最大で50センチほど。小さい物だと手のひらに載るサイズの物もある。

「お店で本格的に使うとなると、このサイズで2つは必要でしょうか……ナオさん、運ぶのを手伝ってもらえますか?」

「ああ、構わないぞ」

 アエラさんが言う『このサイズ』とは一番大きいサイズの壷なので、1人で2つ持って帰るのはちょっと無理があるだろう。

 俺たちはどれにするか……。

 ソースってどれくらい消費するもんだっけ?

「ナツキ、どれが良い?」

「そうですね……これぐらいあれば十分じゃないですか?」

 ナツキが示したのは、少し大きめの花瓶ぐらいのサイズで、容量としては3、4リットルぐらいだろうか。

「すみません、このサイズで一番安い壷はどれでしょう?」

「それなら……これですね。ちょっと歪んでますけど、実用上は問題ないと思いますよ」

 そう言われ、店員の示した壷と他の壷を見比べてみると、確かに少し歪みが大きい気がする。

 と言っても、ここにある壷は轆轤ろくろ引きではないのか、どれも綺麗に揃っているとは言い難いのだが。

 ナツキがその壷を取り上げ、軽く、コンコンと叩いて頷く。

「これ、いくらでしょうか?」

「それは600レアですね」

 ん? 案外高くない?

 むしろ、すべて手作業で作っていることを考えると、安いぐらいじゃないだろうか?

「(ナツキ、どう思う? 案外安くないか?)」

「(多分ですが、普段使いとしてたくさん売れるんじゃないでしょうか? 現代だと数が出ませんから)」

「(なるほど。機械化で大量生産できても、売れないなら安くはならないか)よし、買おう」

 俺がそう言って頷くと、それを待っていたのか、アエラさんが店員さんに声を掛けた。

「あの、この壷とこの壷も買いますので、少し値引きしてもらえませんか?」

「そうですね……では、まとめて3,000レアでいかがでしょう?」

「はい、ではそれでお願いします」

 アエラさんはそう言うと、さっさとお金を払ってしまう。

 しかしそれだと、安くはなったんだろうが、いくら値引きされたのかが解らないんだが……。

「それでは帰りましょうか。ナオさん、そちらの壷、お願いできますか?」

「お、おう」

 結構大きな壷をひょいと持ち上げて店を出るアエラさんを追いかけ、俺も壷を持ち上げて店を出る。

「ありがとうございました~」

 そんな店員の声に見送られ、ナツキも小さな壷を持って出てきた。

「あの、アエラさん。いくら払えば良いでしょう? 値段、よく解りませんし、600レアにしましょうか?」

「いえいえ~、そちらの壷は私からのプレゼントということで。こちらの壷2つ、3,000レアだと相場より少し安いですから、店員さんもその壷はオマケぐらいのつもりじゃないでしょうか」

 アエラさんは「先日、あのお店ではかなり買い込みましたからね」と付け加えて苦笑する。

 お店で使う食器類はすべてあそこで仕入れたらしいので、金額的にはかなりの物になったのだろう。

「良いんでしょうか……?」

 そう言ってナツキが俺を見る。

 アエラさんも別に余裕があるわけじゃ無さそうだし、少しぐらい払った方が良い気もするんだが……。

「それに、今日はディンドル取りに連れて行ってもらいましたから。ディンドルを買うことを考えれば、安い物ですよ、その壷ぐらい」

 確かにディンドル2個も買えば、この壷より高いのだが。

 てか、やっぱりディンドル高すぎ。

「……なら、ありがたく。ありがとう」

「ありがとうございます」

 改めてアエラさんにお礼を言い、俺たちはただで壷を手に入れたのだった。

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