039 ランクアップ……?
ラファンの街の門は、特に何事もなく通過することができた。
俺たちはここ最近、毎日のように通過していたし、同行者のナツキとユキもギルドカードを持っていたためだろう。
門番が全員年配で、
街に入った後はすぐに『微睡みの熊』へ移動して、親父さんに挨拶、部屋を2つ確保する。
ここで宿が取れなかったら、かなり悲しいことになりかねないので一安心である。
尤も、俺たちが泊まっているときにも、部屋が満室になる様子のなかった穴場的宿なので、然程心配はしていなかったのだが。
そうして懸念事項を片付けた俺たちは、タスク・ボアーの素材を売るために冒険者ギルドへと向かった。
「お久しぶりです、ディオラさん」
「あら? ハルカさんたちじゃないですか。久しぶりと言うほどでもないですけど、街を出られたのでは?」
「はい。幸いすぐに用事が済んだので戻ってきました」
「用事……人捜しと言うことでしたが、そうするとそちらのお二人が?」
そう言って、ユキとナツキに視線を向けるディオラさん。
結構お世話になった彼女には、街を出る事とその理由は伝えておいたのだ。
「ユキです」
「ナツキです。こちらの3人と行動しますので、これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。登録はもうお済みに?」
「はい。サールスタットの街で」
そう言ったユキに、ディオラさんは納得したように頷いた。
「あぁ、あそこですか。でしたら戻って来られた方が良いですね。仕事には向きませんし」
ギルドの受付をしているだけあって、そのあたりの情報は持っているのだろう。
宿は高いし、仕事は少ない。
ついでに食事も不味くて、留まる理由が皆無だったからなぁ。
「取りあえず、途中でタスク・ボアーを狩ってきたので、買い取り、お願いできますか?」
「はい、解りました。ちょっとお待ちください」
俺たちがいつものように取りだした肉や皮をカウンターに載せると、それらを裏へと運んでいくディオラさん。
ふと思ったんだが、ディオラさんって案外力あるよな。
20~30キロある革袋も普通に持って行ってるし。
「それで、皆さんはまたしばらくはこの街で活動されるのですか?」
「ええ。まだまだ駆け出しだから、ボチボチと」
「良いことです。少し稼げると調子に乗っちゃう人も多いですから……」
ディオラさんはそう言って、憂鬱そうにため息をつく。
最初の薬草依頼の時の『勉強』もそうだが、そのあたり、結構苦労しているのだろう。
冒険者は基本自己責任とはいえ、ルーキーが怪我などで潰れたりするのは決して気分の良い事ではないのは容易に想像が付く。
「そういえば、少し前から気になっていたんですけど、3人がお持ちの鞄、便利そうですね?」
「あ、解ります? これ、結構工夫して作ったんですよ?」
そう言われ、ハルカが嬉しそうに鞄の解説を始める。
これはこんな用途、これはこういう理由で付けた、この鞄なら
少し前にユキたちにも自慢したわけだが、バックパックと知っている2人に対しては、自作したことしか自慢できないが、ディオラさんには鞄それ自体を自慢できるので嬉しそうである。
「なるほど。ちょっと背負わせてもらっても良いですか?」
「え? あ、はい、良いですよ」
カウンターから出てきたディオラさんにハルカが自分のバックパックを背負わせて、軽くヒモなどを調節する。
ディオラさんはそのまま少し歩き回り、一度降ろしてからバックパックを持ち上げて重さを確認。再び背負う。
「これ、別に魔法とかじゃないんですよね?」
首を捻って不思議そうに言うが、気持ちは解らないでもない。
同じ重さでも手提げ鞄や単純に背負うのに比べ、バックパックは身体にかかる負担が明らかに少ない。
だからこそバックパックは各国軍隊に採用されるのだ。
自分の体重と同じくらいの荷物を背負って長距離行軍だって行える。もちろん、身体を鍛えれば、だが。
また、同じバックパックでも、高級品と安物を比べると、身体にかかる負担や疲れ方が全然違う。
見ただけでは大した差が無いように見えても、実際に使ってみるとその差は歴然。高ければ良いという物では無いが、安物の品質はどうしても限界があるのだ。
その点俺たちのバックパックはハルカが頑張ってくれたので、かなり良い出来になっている。
「ええ、もちろん。丈夫な布や革を使ってるけど、それだけです」
「そうですか……ハルカさん、もし良ければ、これ、ギルドに売りませんか?」
少し考え、そんなことを言い出したディオラさんに、ハルカは目を丸くした。
「え? この鞄をですか?」
「この鞄というか、技術を、です。これはかなり画期的ですよ?」
「えっと……実は人手が確保できたし、自分たちで作って売ってみたらという話もあるんだけど……」
そう言ってハルカがユキたちを見ると、ディオラさんは納得したような表情を浮かべつつも、否定するように首を振った。
「悪い考えではありませんが……あまり、お勧めはできませんね」
「そうなの?」
「はい。もちろん、この鞄は良い物ですから売れるでしょう。ですが、あなた方3人で1日にどれぐらいの量が作れますか? 冒険者としての活動をしながらであればかなり少ないでしょうし、仮に鞄作りに専念しても知れていると思います」
ハルカの【裁縫】スキルはレベル2。ユキがすぐに【裁縫】スキルを取れることを考えれば、その速度は並みの職人よりは上かも知れない。
でもディオラさんの言うように冒険者と兼業するのであれば、数は限られるし、専業にすれば大して手伝えない俺たちが困る。
「一番の問題は模倣ですね。売れるとなればすぐに大手の商人が真似して、ハルカさんたちよりも大量に作って売り始めますよ?」
「……アイデアを保護するような制度、無いのよね?」
「錬金術事典に載るような魔道具なら別ですけど、こういった物は難しいですね」
国際条約がある元の世界でも、知的財産権なんぞまるっきり無視してコピー商品を売りさばく国があるのだ。
この世界の文化レベルであれば、国家間はもちろん、同じ国の中でも特許とか、そういう物の保護はなかなか難しいだろう。
「でも、それはギルドでも同じでは?」
「いえ、これでもギルドはそれなりに力のある組織です。正面から喧嘩を売る商人はそうそういませんよ。それに、この鞄のメインターゲットは冒険者ですから」
販売対象に喧嘩を売るようなものか。
ハルカが同意すれば、冒険者ギルドから一定期間、ロイヤリティが支払われる事になるので、結果的に自分たちで販売するよりも利益は得られる可能性が高いらしい。
「その代わり、ハルカさんが数日ほど職人に指導して欲しいのですが」
話を聞く限りはかなり良い話に思える。
ディオラさんはそれなりに信用できると思っているし、仮に騙されたとしても、バックパックの売り上げ程度なら、さほど影響のあることでもない。
ハルカは俺たちを振り返り、全員が頷いたのを確認して、ディオラさんに同意した。
「解りました。ひとまず、この2人にも同じ物を作る予定なので、その時に型を作ってそれを使って指導する感じで良い? 数日ほどは時間が必要だけど」
「ええ、もちろんです。こちらも話を詰めたり、職人を集めたりする必要がありますから」
ディオラさんから笑顔で差し出された手を、ガッシリと握るハルカ。
ちなみにディオラさん、バックパックをまだ背負ったままである。
服装が明らかに街中用なので、微妙な違和感。
「あっ、背負ったままでした。お返ししますね」
そんな俺の視線に気がついたのか、ちょっと恥ずかしそうにいそいそとバックパックを下ろしてハルカに差し出した。
「ちょうど計算も終わったようですね。えーっと、18,800レア。よろしいですか?」
「はい」
おぉ、結構行ったな。
空の革袋と共に差し出されたお金を受け取るハルカ。
一応、ここで否と言えば渡した肉などは返してくれるのだが、俺たちが文句を言うことが無いので、基本このパターンである。袋も綺麗にして返してくれるので、結構楽。
交渉したい人は自分で裏の倉庫部分にあるカウンターに持ち込み、査定と値段交渉をするみたいだが、俺たちはやったことがない。
交渉できるほどの知識が無いのだから、手間がかかるだけでほぼ意味が無いし、ギルドにお任せにしておけば、印象も良いだろうという思惑もちょっとある。
「あと、ディオラさん、1つ相談があるんだけど……家を借りるのってどう思う?」
「え? 居住用ですか? そうですね……5人でこの街を拠点にされるなら、それもありかも知れませんね」
ディオラさんが教えてくれたところによると、1ヶ月5千~1万レアほどで一軒家を借りることができるらしい。
敷金、礼金みたいな物は無いが、家賃の支払いが遅れると即追い出されるし、家屋を破損させれば当然修繕費は請求される。
それでも保証人が必要ない分、きちんと家賃を払う限りに於いては日本よりも借りやすいと言える。
「値段は場所や間取り、広さによって変わってきますが、なにか希望はありますか?」
「う~ん……みんなはどう思う?」
「えっと、値段はやはり街の中心付近が高いのでしょうか?」
「はい。中心部。大通り沿い。そのあたりが高いですね。後は治安の悪い場所は安くなります。そして、不名誉なことにこのギルド周辺も安めですね」
ギルド周辺の治安はさほど悪くないにもかかわらず、冒険者のイメージから相場が下がってしまうらしい。
実際の冒険者はバカなことをするとすぐにランクに影響するので、問題のある人はかなり少ないのだが、一般人から見れば汚い格好で武器を持って歩いているという印象なのだろう。
俺たちみたいに『浄化』を使える人が居ない場合、どうしても血や泥で汚れたまま宿まで帰ることが多くなるので、不可抗力なのだが……。
「なら、ギルド周辺が狙い目?」
「冒険者ならそうなりますね」
「俺たちは東門を多く使うから、少し遠くなるが……」
「でも、皆さんもレベルアップしてきたら、南の森へと活動の場所を移しますよね? そうすると今度は近くなりますよ」
一般的には、東エリアはルーキー向け、南エリアは中堅向けなのでディオラさんの言うことは正しい。
とはいえ、当分は東で活動を続けることになるのだろうが。
「そういえば、皆さんはゴブリンの討伐はされましたか?」
「えぇ、2度ほど。こちらの2人はまだだけど」
「魔石はありますか?」
「あ~、取ってないですけど……」
「そうですか。まぁ、ハルカさんたちなら良いでしょう。ギルドカード、出してもらえますか? ナオさんとトーヤさんも」
そう言われ、俺たちがカウンターにギルドカードを出すと、ディオラさんがその裏に一つずつ
「おめでとうございます。これでルーキーですね」
「あれ? 俺たち、ルーキー以前だったんですか?」
「ええ。まぁ、ハルカさんたちは結構稼いでいるのでちょっと違う気もしますが、一応、魔石を採取できて冒険者ということですね」
正確にはまだ採取してきていないのだが、これまでの実績などを考えれば嘘はつかないだろうということで、ランクアップらしい。
もちろん、最低ランクだから大して厳しくないということもあるのだろうが。
「これで皆さんはランク1です。一応、受けられる依頼が増えるんですが、今でも十分稼いでいますし、あまり関係ないかな?」
「はぁ。でも、ランク1でルーキーなんですよね? それ以前――つまりランク無しはなんて呼ばれるんですか?」
「決まった呼び方は無いですが、ルーキー以前とか……口の悪い人は
冒険者登録だけなら、お金を払えば誰でもできるし、最弱の魔物すら倒したことが無いとなれば確かに半端物なのかもしれないが……。
「ちなみに、ゴブリンの魔石はいくらになるんですか?」
「1つ250レアですね」
予想以上に安かった。
大して強くないとはいえ、退治するのには結構根性が必要なのに。俺基準では。
「……半端物で良い気がしてきました」
「どちらかと言えば、ディンドルの実が高いんですけどね。ゴブリンも討伐依頼があれば、別途討伐報酬も付くので、もう少しマシですけど」
「でも、タスク・ボアーも結構高いですよね?」
「そこはもう、需要と供給の関係としか。そもそも、毎回のように狩ってくる皆さんが凄いんですけど。なかなか見つけられませんよ?」
ゴブリンから取れるのは魔石のみで、単純にその品質で価値が決まる。魔石は一種の燃料なので、他の燃料と比較されるのだ。
解りやすく言うなら、ゴブリンの魔石1つでお湯を100リットル沸かせるとすれば、100リットルを沸かせる薪の価格と比較されることになる。
それに対して猪は肉を売るので、その単価で買い取られる。
そこに討伐の難易度は関係ないのだ。
世知辛い。
ちなみに、俺たちが猪を高頻度で狩れるのは俺の【索敵】とトーヤの感覚の鋭さのおかげなので、普通の冒険者からすれば、滅多に狩れないタスク・ボアーの価格は妥当ということになる。
「(なぁ、なんでゴブリンの魔石回収しなかったんだ? 多少は金になるのに)」
「(ゴブリンの魔石、頭――海馬のあたりにあるのよ。ちょっとまだ頭をかち割るのは……)」
「(あぁ、なるほど)」
ゴブリンの外見は、一般的なゲームに出てくるような代物だが、一応2足歩行しているだけに、その頭から魔石を取り出すとなれば、剣を叩きつけて頭蓋骨をかち割るか、首を切り離して中身をほじくり出すか……うっぷ。まだちょっと厳しいな。
俺ができそうにないのに、ハルカにやらせるのは申し訳ない。
戦闘中に攻撃して結果として頭蓋骨が砕けるのはともかく、死体損壊はちょっと抵抗がある。
それもそのうち慣れるのかも知れないが。
「話が逸れましたね。それで、家の方はどうしますか? この周辺ならギルドで仲介できますが」
「え? 冒険者ギルドってそんな仕事もしているの?」
「この周辺だけですけどね。先ほど言ったように、一般の人たちは少し敬遠されてしまいますから。持ち主の方も冒険者に貸すにしても、ギルドを通した方が少し安心できますからね」
持ち主も荒くれ者というイメージがある冒険者と直接交渉せずに済むというメリットもあるのか。
「それに、一般の仲介業者だと冒険者は邪険にされることもあるので」
「あぁ、なるほど」
仲介業者も冒険者より、安定した職を持った人を優先するのは当然だろう。
稼ぐ人は稼ぐとはいえ、不安定な職業で、命の危険もあるわけだから。
「場所はこの周辺に決まりで良いかな? 他に希望はある?」
「オレは庭が広い方が良いな。鍛錬がしたいし」
「うん、トーヤは広い庭ね」
「私はお風呂が欲しいですが……難しいですよね?」
「……ディオラさん、どう?」
それは俺も欲しい。
綺麗になるだけなら『浄化』で対応できるが、たまには風呂に入りたい。気分的に。
それはみんな同じだったようで、期待した表情をディオラさんに向けるが、その表情は冴えない。
「お風呂ですか……普通の家では無理ですね。貴族レベルのお屋敷なら別ですけど、そんな家はさすがにウチでは仲介してませんし。……広めの洗濯場がある家に桶を設置するぐらいが精々じゃないでしょうか」
洗濯場とは、その名の通り洗濯をするための場所で、手洗いが基本のこの世界では宿なんかにもそれ専用の場所が設けてある。
宿の場合、宿泊客が使えるのは井戸の側にある吹きさらしの場所が普通だが、自分の家ともなれば冬だろうと雨だろうと、天候に関係なく洗濯が必要で、シーツのような大物も洗わないといけない。
そのため、屋内に排水可能な土間のような場所が設けられている家もあるらしい。
「賃貸ならその辺りが限界かなぁ。他は?」
「俺は個室が欲しいかな。できれば人数+アルファで作業部屋も確保できれば言うこと無い」
ハルカの錬金術、それに俺が時空魔法を鍛えてマジックバッグの作製なども考えると、部屋に余裕があれば助かりそうだし、『微睡みの熊』の倉庫を借りて保存している樽もある。
広めの食料保存庫がなければ、それらを置いておく場所も必要だろう。
「あたしも庭かな? 花を育てるぐらいの余裕は持ちたいよね」
花……ガーデニングか?
うん、まぁ、地に足を付けて暮らして行くには、そういった心の余裕も必要かもな。
俺の場合、自分ちの庭の草抜きすら、大掃除の時に親に言われて渋々に、程度にしかしたことなかったが。
親が花苗を買ってきて植えていても、『果樹を植えれば食えるのに』とか、『野菜なら、花と実、両方楽しめないか?』とか思っていたぐらいである。
「……希望はそんなところ? ディオラさん、なんとかなりますか?」
「そうですね……個室が5部屋以上、広めの洗濯場に庭、ですか。ハルカさんには鞄のことでお世話になりますから、何とか頑張ってみます。数日、お待ち頂けますか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
少し首を捻りつつも、笑顔で頷いてくれたディオラさんに俺たちは全員で頭を下げて、冒険者ギルドを後にした。
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