S002 夕紀と那月 02

「さて、那月! 話してもらうよ!」

 那月との散歩は、本当にただの散歩だった。

 この世界の物価や冒険者ギルドについてや、お金に関してなどの常識を話しながら、ただ歩くだけ。

 船着き場から街の門まで歩いて、またここに戻ってきた以外、何にもしていない。

 多少、店を覗いたりはしたけど、何かしたと言えるようなことじゃないよね?

「解っています。まずは、そうですね。【スキルコピー】の危険性を教えましょうか」

 そう言って、極めて淡々と、真面目な顔で聞かされたその制限に、あたしは再び顔から血の気が引くのを感じた。

「ど、ど、ど~~しよ~~! あたし、もうダメ? 人生終了!?」

「落ち着いて、夕紀。確かに今の貴女は役立たずですが」

 グサッ。

 否定できないけど、心が痛いよ那月。

「でも、コピーならまだなんとかなります。私のスキルをコピーすれば良いわけですから」

「だ、だよね! なんとかなるよね! さすが那月! 頼りになる!」

 スキルを教えてくれる人がいれば、私もスキルが取れるんだよね!

 100ポイント無駄にしたかと思ったけど、そうじゃないよね!

「まぁ、どうやって教えたら良いのか、解らないのですが」

「――ぐふっ!」

 確かに!

 料理とかのスキルならともかく、あたしも【看破】を教えて、と言われても教え方が解らないよ!

「それでも実技系のスキルは教えられると思いますから、気を落とさないでください。悠たちとも合流できれば、覚えられるスキルも増えると思いますよ?」

「そうだよね! ……でも悠、どこにいるのかな?」

「多分ですが、この街にはいないんじゃないでしょうか? あと、尚くんと一緒に居るような気がします」

「あ~~、知哉も一緒そうだよね。あの3人なら、あの状態でも判別できそう」

 あの時、知り合いの魂に引っ付けと言われた瞬間、私がなんとなく解ったのは近くにいた那月だけ。

 もし悠が近くにいたら気付いたと思いたいけど……。

 でも、あの3人は多少離れていても、互いを認識しそうな気がするところがある。

「あの3人が一緒に転移できたのなら、かなり期待できそうです。私たちよりも上手くやりそうですし」

「うん。そういう信頼感あるよね、あの3人」

 しぶといというか、したたかというか、要領が良いというか?

 知哉はちょっと落ち着きがない部分はあるけど、悠がいれば多分抑えとしては十分。

 女2人のあたしたちが下手に探し回るより、待っていた方が安心かもね。

「それから、【スキル強奪】ですが、こっちはもっと酷いです」

 ため息をつきながら教えてくれたその詳細に、あたしは愕然とした。

「ねぇ、それって、無差別に【スキル強奪】を使ったら死ぬって事だよね?」

「そうですね」

「うわぁ~~、あたし、危機一髪! 良かった! 良心に従って!」

 あの時、誘惑に負けて【スキル強奪】を取っていたら、あたし死亡。ほぼ確実。

「……ん? じゃあ、さっきの散歩は何? 散歩よりもこっちの方が重要じゃない?」

 もちろん、那月に『【スキルコピー】は使うな』と言われていたから使う気は無かったけど、この説明ってかなり重要だよね?

「それは、今の説明にヒントがあります」

「今の説明……?」

 【スキル強奪】の説明だよね?

 【ヘルプ】で解る説明のことだろうから、『奪ったスキルのレベル×4%分だけ対象に寿命を譲渡する』の部分?

 そんな【スキル強奪】を持つクラスメイトがいる街を、暢気に散歩する私たち。

「……もしかして、意図的に奪わせた?」

「そうです。先ほど、私たちのステータスに一時的にスキルが表示されませんでしたよね?」

「あの時も、誰かが私たちに対して【スキル強奪】を使っていた?」

「その可能性は高いです。【スキル強奪】の持ち主からすれば、ターゲットをクラスメイトに定めるのは理にかなってますから」

 【スキル強奪】持ちがいれば自分の【スキル強奪】を奪われる可能性もある。

 『奪われる前に奪ってしまえ』、そう考えれば那月の言い分はまったくその通りだよね。

「それに、寿命を分けてくれるボーナスキャラ、逃す意味はないですよね?」

 そう言ってニッコリと笑みを浮かべる那月だけど……黒い! 黒いよ、那月!

 でも、有効なことは否定できない!

 あたしたちの安全を考えれば、いきなり【スキル強奪】を使うような人は消えてくれた方が安全とも言えるのだから。

 シビアなことを言うようだけどね。

「あと、【スキルコピー】に関しても同じですよ?」

「え?」

「私たちからスキルをコピーさせる、それ自体が相手にとって弱みになりますから」

「確かに、制限されるね」

 あたしたちからコピーした以上、あたしたちに頭を下げて教えを請わない限り、そのスキルは使えなくなる。

 それだけでも相手に対して有利に立てるのだから、自分自身を餌として歩き回るのはある意味、理にかなっている。

 やっぱりちょっと黒いけど。

「他には【英雄の資質】とか周りに被害を与えるスキルも厄介ですが、関わらなければ済む話ですしね」

「一緒に行動しようって言われたら?」

「え? もちろん断りますよ? この状況で信用できる人、いますか?」

「……いないかも?」

 あたしたち、あんまり交友範囲広くなかったから。

 いや、正確には広かったけど浅かったと言うべきだよね。

 学校の範囲内ではそれなりに仲良く付き合ってたけど、学校から出たらほぼ付き合いがない。

 互いの家も知らないし、休日に会うこともない。

 そんな人たちとずっと一緒に行動するのはかなりストレスが溜まりそう。

「敵とは言いませんが、仲間とするには不安の方が大きいです」

「うん、そうだね。――他に何か注意点はある?」

「いえ、夕紀のスキルに関しては特にないですが……何か変な取得の仕方が気になったくらいですね」

「え、そうかな?」

「はい。……ひとまず、相談するために、互いのスキルを地面に書いてみましょうか」

「うん」

 あたしたちはその場に腰を下ろし、ステータス画面のスキルを地面に書き写す。

 ステータス画面が直接見せられたら便利なんだけど……この世界の人たちは認識してないんだから、トラブルの元か。

「――よし、できた」


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 【スキルコピー】   【異世界の常識】   【魔法の素質・土系】

 【魔法の素質・火系】 【魔法の素質・水系】 【魔法の素質・時空系】

 【看破 Lv.1】     【土魔法 Lv.1】    【頑強 Lv.1】

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「――私もできました。まずは夕紀から見ていきましょうか」

「うん」

「コピーはもういいとして、【異世界の常識】、これはナイスですね。私はあったことにも気付きませんでした」

「多分、あとから誰かの希望で増えたのかな? 私も最初は気付かなかったし」

 これは5ポイントしか必要ないのに、かなり役に立ってるスキル。

 この世界に来て最初の頃しか意味がないんだろうけど、その時期を無事に乗り切るためには重要なスキルなんじゃないかな?

「【看破】はコピーに関連して、ですよね。一番気になるのは、魔法の素質だけたくさん取っていることなんですが。魔法は土魔法しか覚えてないですし」

「だって、素質って先天的な物だよね? 習えば覚えられそうな魔法より、覚えられそうにない素質にポイントを使う方がお得じゃない? もちろんポイントに余裕があれば魔法も覚えたと思うけど」

 例えばスポーツなんかでも、練習して技術が上達することはあっても、『素質が上達する』ことなんてないと思う。

 逆に素質があれば、最初は素人でも、練習の成果が出やすい可能性は高い。

 才能がないからダメなんて事は思いたくないけど、練達するためには、やっぱり、ある程度の才能は必要なんじゃないかな?

 単純な練習量の差だけで、プロとアマチュアが分かれるとも思えないし。

「だから、『才能』が自由に得られるなら、やっぱり取っておかないと損だよね?」

「そう言う理由ですか。でも、ファインプレーです。実は人間の場合、素質がないと魔法が覚えられませんから」

「え? そうなの? じゃあ、生まれたときに素質がなければ、いくら練習してもダメって事?」

「そういう事だと思います。しかも、スキルの確認方法ってないんですよね? この世界の人間が魔法を覚えるのは大変なんじゃないですか?」

「えっと……うん、確かに人間の魔法使いは少ないみたいだね」

 あたしの【異世界の常識】には『素質がないとダメ』なんて事は含まれていないけど、ステータス確認ができなければ、素質の有無も判るわけがない。

 この世界では、魔法使いに弟子入りして、ある程度訓練しても魔法が使えなければ、その人は魔法使いには成れないというのが常識。

 でも、その常識の中に系統ごとの素質という考え方はないので、魔法使いになれなかった人の中には、もしかすると師匠の使えない系統の素質を持っていたという事例もあったかもしれない。

 そう考えると……結構厳しいなぁ、魔法使いへの道。

 完全に素質の世界、生まれ持っての才能に左右されてしまうのだから。

「『光』も取っていれば私からコピーできたんですが」

「あ、那月は光魔法を取ってるんだ?」

「はい、レベル1ですが。医療体制が整ってない場所での怪我とか怖いですからね。――でも、夕紀は何で土魔法だけは覚えたんですか?」

「魔法の中では一番安全に稼げそうだったから? ほら、土なら色々使えそうじゃない?」

 異世界がどういう所か解らなかったから、現実世界で考えてみたんだけど、殆どの魔法って日常生活だとあまり役に立ちそうにないんだよ。


 水――水道があるよね。

 風――扇風機?

 火――最近、自宅の庭ですら焚き火もできない。

 光――治癒は便利そうだけど、低レベルで商売になる?

 闇――う~ん、肝試し?

 時空――夢はあるよね。夢だけ。


 そんな中、土は使い道がある。

 土木作業や農業に使えそうだし、日常的に仕事がありそう。

 機械を使うほどでもない現場だと、重宝されそうじゃない?

 もちろん異世界なので状況は違うと思ったけど、日常生活でも潰しが効きそうなのは同じじゃないかな?

 そんな説明を那月にすると、妙に感心されてしまった。

「私は危険性の排除を考えていたんですが……想像以上に地に足が着いてますね」

「想像以上って……酷くない?」

「安易に【スキルコピー】を取った人とは思えません」

「それは言わないで!」

 もう黒歴史認定済みなんだから!

「それよりも那月のスキルを見せてよ!」

「はい、こんな感じです」


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 【ヘルプ】    【頑強 Lv.4】     【病気耐性】

 【毒耐性】    【暗視】       【槍の才能】

 【槍術 Lv.4】   【光魔法 Lv.1】   【魔法の素質・光系】

 【投擲 Lv.1】   【体術 Lv.3】    【薬学 Lv.3】

 【罠知識 Lv.1】  【解錠 Lv.2】    【隠形 Lv.2】

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「ふむふむ……確かに危険排除って感じのスキル構成だね。解錠とか、盗賊っぽくてちょっと気になるけど」

 元の世界では少し病弱だったせいか、【頑強】やら【病気耐性】、【薬学】とか健康に気を使っているのが感じられるね。

 【頑強】だけでも病気予防になるみたいだし、実はかなりタフになってるんじゃないの?

 外見は相変わらず羞花閉月しゅうかへいげつたおやかな美人さんなのに。

 【槍術】や【体術】に関しては、元々体力作りと言って薙刀や合気道をたしなんでいたから、意外ではない。レベル上げすぎって気もするけど。

「別に盗みに入るつもりはありませんが、万が一、閉じ込められたときとかに使えるかと思いまして」

「タフで忍べて、夜も行動でき、体術も使える。――うん、特殊部隊みたいだね」

 これで槍じゃなくてナイフ使いだったら、更にぴったしだったのに。

「私は生存サバイバルを目指しただけなんですが……夕紀の土魔法は役に立つのですか?」

「それはもちろん? ……ちょっと待ってね。ステータスから確認できるみたいだから」

 レベル1で使えるのは、『土操作グランド・コントロール』と『砂噴射サンドブラスト』か。

 まずは解りやすそうな方から。

「では行きます! 『砂噴射サンドブラスト』!」

 手を突き出して唱えると同時に、手のひらから噴き出した一握りほどの砂が、正面に向かって飛んでいく。

 そしてそのまま落ちる。

「……目潰しですね。それなら私もできますよ? ほら」

 そう言って足下の砂を掴んで投げる那月。

 いや、実行しなくていいから!

 自分でも微妙なのは解ってるから!

「これは……うん、突然唱えればバレにくいよね?」

「まぁ、そうですね。コッソリと土を拾う必要はないですから」

 うんうん、と優しげな笑みを浮かべる那月にあたしは慌てて手を振って言う。

「大丈夫! もう一つあるから! 『土操作グランド・コントロール』!」

 ベコッ、と指さした先の地面が陥没する……30センチほど。

「…………生ゴミを捨てるときには便利でしょうか?」

 更に優しい笑みになった那月。

 おかしい!

 もっとスゴいと思ったのに!

 これじゃガーデニングにも使えないよ!?

「いやいや、待って待って! あたしのポテンシャルはこんな物じゃないはず!」

 これは何も考えずに使ったのが悪いんだよ、うん。

 もっと明確に結果を想像して、気合いを入れて唱えれば――

「『土操作グランド・コントロール』!!」

 ボコッ!

 私の前の地面に直径1メートル、深さ2メートルほどの穴ができる。

「よしっ!」

 と、同時に身体がふらつき、その穴に落ちそうになる私を、慌てたように那月が後ろから抱き留めてくれた。

「だ、大丈夫ですか? 夕紀!」

「う、うん。急に力が抜けて……うん、もう大丈夫。ありがと、危なく落ちるとこだったね」

 急激な虚脱感にふらついたけど、落ち着けば十分に立っていられる程度の疲れ。

 これが魔力を消費した感覚なのかな?

 慣れておかないと、戦闘時なんかには全力で使えないかも。

「これはあれだね。魔法は使った魔力とイメージに依存するから、使うときにはしっかりイメージしてないとダメみたいだね。だから、ほら」

 今度はちょこっと地面を盛り上げてみる。

 10センチぐらいの出っ張りができただけだけど、これでも素早く使えれば相手を転かすことぐらいはできそうだよね。

「へー、すごいですね。でも夕紀?」

「なに?」

「この穴、埋めないといけないんじゃないですか?」

「……そうですね」

 さすがにこのサイズの穴を放置するのは、迷惑すぎる。

 運が悪いと、落ちた時に大怪我しかねないもの。

 あたしは何度か休憩を挟みつつ、『ポテンシャル』を発揮して、その穴を元の状態にまで戻したのだった。

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