004 街に着きました (1)

 悠から異世界の常識を訊きながら歩くこと1時間ほど。

 俺たちは街を囲む壁の門前にたどり着いていた。

 高さは3メートル足らずか? ブロックを積み上げ、漆喰か何かで隙間を塞いでいる。

 門から左右の壁を見ると、湾曲しながらかなりの距離続いているので、かなり大きな街なんじゃないだろうか?

 門は頑丈そうな木でできた両開きの扉で、今はそれが大きく開かれている。

 幅は馬車が2台程度すれ違える広さがあるが、門をくぐる人はそんなに多くなく、待つ必要もなさそうだ。

 門の前には剣を腰に差し、身長よりも少し長い槍を片手に持った兵士が数人、立っている。

「さて、行くわよ。私が対応するから、あなた達は後ろに立って口を出さないようにね、常識が無いんだから」

「「……了解」」

 いや、まぁ、確かに【異世界の常識】は無いんだけどさ、その言い方だと俺たちが非常識みたいじゃん?

 任せた方が良いと思うから、口は出さないけど。

「こんにちは~」

 門の前で街に入る人の応対をしている数人の兵士のうち、俺たちよりも少し年上ぐらいの若い男に話しかける悠。

 その完璧な営業スマイルに兵士の口元も綻ぶ。

 プロポーションは控えめになったが、美形度はアップしてるからな!

 俺も幼馴染みじゃなかったら、騙されることは受け合いだ。

「ああ、こんにちは。えっと、君たちは……冒険者、なのかな?」

 俺たち3人を見回し、何とも判断しがたいように首を捻る兵士。

「いえ、まだ登録はしてないんですけど、その予定です」

「そうなのかい? 武器も持ってないようだが……」

「ええ、実は前の街で財布を落としてしまって……。仕方ないのでそれらを売って路銀にして、ここに来たんです。この辺りなら、私たちの魔法だけでも危険は無いですし」

「ふむ。2人もエルフがいればそうだろうね。それで、税金は大丈夫かい? 1人大銀貨1枚。規則上、ツケとかができないんだが……」

 納得したように頷きつつ、心配そうに言う兵士――悠に対して。俺たちはあまり目に入っていないようだ。

 ちょっとむっとするが、ある意味ありがたいので今はこらえる。

「はい、そのくらいなら何とか」

 悠がそう応え、俺たち3人分の税金をまとめて手渡す。

 それを確認すると兵士は笑顔で頷き、少し横に避けて道を空けてくれる。

「うん、確かに。魔法が使えるなら大丈夫だとは思うけど、気をつけてね。冒険者は危険な仕事も多いから」

「ありがとうございます」

 にっこり笑って頭を下げる悠にならい、俺たちも頭を下げて門をくぐる。

「あっ、君たち!」

 数歩、歩いたところで後ろから声をかけられ、俺たちの足がピタリと止まる。

 悠がやや引きつった顔を慌てて笑顔に修正し、振り返った。

「あの、何か?」

「宿は決まってないよね? この先の広場、右側にある『微睡みの熊』って宿がオススメだよ! あと、ボクの名前はキャス。何かあったら相談に乗るから!」

 にこやかにそんなことを言ってくれる兵士。

 たぶん、純粋な厚意なのだろう。少しは……いや、それなりに悠の美貌に対する下心はあるかもしれないが。

 なんと言っても視線が悠固定だし。

 だが、正直今の俺に、それに対応するような心の余裕は存在しない。

「ありがとうございます。検討してみますね!」

 卒無く、愛想良く応じる悠に対し、俺と知哉は顔が引きつらないようにするのに精一杯。

 ドキドキである。

 再び歩き出し、そのまま無言で足を進める俺たち。

 門から十分離れたところで、互いに顔を見合わせ、3人して大きく息を吐いた。

「はぁ~~。俺、何も喋ってないけど、緊張したぜ」

「だな! いや~~、悠がいなけりゃ絶対怪しまれてたな!」

 門を通る人たちを見ていたが、俺たちのように荷物も持たず、布の服を着ただけの人なんて1人もいなかった。

 軽装の人でも丈夫そうな革製の服に小さな背負い袋を持っていたし、ナイフ程度は腰に差していたのだ。

 それから考えても、丸腰で街の外にいること自体、怪しまれかねないだろう。

「何とかなったわね。あんまり良い言い訳じゃなかったけど、多少不審に思われていたとしても、問題を起こさず、冒険者として真面目にやってればたぶん大丈夫でしょ」

「ちなみに、街に入れないこともあるのか?」

「そりゃあるわよ。まぁ、普通は税金さえ払えば、明確な犯罪者でもない限り入れるけど、長い尋問を受けたり、滞在場所を知らせろとか、面倒くさいことにはなるわね。上手いこと乗り切った私を褒めても良いのよ?」

「さすがです、悠さん!」

「悠さん、格好いい!」

 ふふん、と胸を張る悠に、俺たちも調子に乗って褒め称え、そのあと3人で顔を見合わせて笑う。

 ひとまず安全な場所にたどり着いたことで、少し緊張がほぐれ――


 ぐぅ~~~~


「おう。ははは、腹減ったな!」

 鳴ったのは知哉のお腹。

 ちょっとばつが悪かったのか、苦笑しながら頭を掻く。

「そうね、昼頃みたいだし、ちょうど良いわ。食事を買いながら、薦めてもらった宿に行ってみましょ」

 言われれば、俺も結構空腹だったことに気付く。

 えーっと、死ぬ前は朝食を食べてバスに乗り、昼飯を食べた記憶は無いから……いや、身体も違うから関係ないかもしれないけどさ。

「昼飯を食べる習慣はあるんだよな?」

「それは大丈夫。ただ、一般庶民は普段、屋台とかで軽く済ませることが多いみたいだけど」

「それでも1日2食じゃ無いだけマシだろ。元現代人としては、いきなり減らすのは厳しいぜ。さてさて、異世界の食事はどんなかな~~~」

「……期待しない方が良いと思うけどね」

 嬉しげに辺りを見回す知哉の背中に、ぼそりと呟く悠。

「お! あそこ安いぜ! パンとスープで30レア。あそこにしてみようぜ!」

 そんな悠の様子に気付くこともなく、知哉は嬉しげに一軒の屋台を指さした。

 その店先ではでっかい鍋でスープが煮込まれ、傍らにはパンが積み上げられている。

 手のひらよりも少し大きいぐらいのそのパンは、ちょっと黒っぽい。あれがファンタジーでは有名な黒パンというやつか?

 普通のライ麦入りのパンは食べたことあるが、完全な黒パンは初めてだ。

 ちょっと楽しみかもしれない。

「まぁ、しかたないか。お金ないし、ね」

 悠はどうも気が乗らない様子で渋々と、俺たちは喜々としてお金を払い、スープとパンを受け取る。

 早速食べようとした俺たちを悠は手を上げて制し、屋台から少し離れたところに連れて行く。

「良い? パンはスープに付けて柔らかくして食べる。パンは少し残しておいて、最後に器をパンで拭き取ってから食べる。器は要返却。OK?」

「おう。確かにこのパン、硬そうだもんな」

 悠の説明に、ふんふんと頷く俺たち。

 黒パンと言えば、硬いパンという噂だもんな。

 どれどれ、スープに浸して……

「硬っ! え? 予想以上に硬い! それに……マズくないか?」

「なんか酸っぱいし、スープもちょっとしょっぱいだけで美味くない、よな?」

 知哉に言われ、改めてスープだけ飲んでみるが、ほんのり塩味で入っているのはクズみたいな野菜と肉……かもしれない欠片かけら

 俺たちが目を丸くして文句を付けるかたわら、悠は表情を変えず、黙々と料理を口に運ぶ。

「え、悠、美味しくない、こと、ないか?」

 もしかして俺たちの味覚がおかしいのかと思い、訊ねてみるが、悠は憮然ぶぜんとして首を振った。

「美味しいわけないでしょ。解ってたから覚悟してただけ」

 そういえば、期待しない方が、と言ってたよな。

 黒パンとか定番だからちょっと憧れ的な物があったのに、これって少なくとも普通の日本人の口には合わないよな?

「まじか~~。オレ、ラノベ読みながら、もっと美味いもんだと思ってたよ……」

 どうやら知哉も俺と同じだったらしく、黒パンを哀しそうに見て大きくため息をつく。

「メリットもあるわよ? 日持ちだけはするから、保存食には最適……というか他に選択肢が無いわ」

「オレ、保存食には米が最適だと思うんだ。長持ちするし、飯ごうがあれば焚き火でも美味しい飯が食えるだろ?」

「それならほしいが最強じゃないか?」

「ああ! 古典とかに出てくる!」

「そうそう。あれならそのままでも食べられるし、水を注ぐだけでも良いらしいし?」

「まぁ、現代でもアルファ化米として売ってるしね」

「あれが糒か!? あれ、お湯を注ぐだけで、ほとんど普通のご飯と変わらなかったぞ?」

 災害時の保存食として売っているのを食べたことがあるが、普通に美味しく食べられた。

 もちろん炊きたてのご飯とは違うが、常食しても全く問題ないほどに良くできていた。

「さすがにあれは、現代技術で凄く良くなってるとは思うけどね。ただし、残念ながら私の『常識』の中に米はありません!」

「つまり、冒険者をやるなら、このパンに慣れないといけない、と?」

 そう訊ねると、悠は重々しく頷く。

「他の保存食もあるけど、味はやっぱり微妙みたいよ?」

「う~~ん、余裕ができたら何か考えたいな」

「そうね。私もこの味、得意じゃないから、その時は協力するわ……」

 その後、現実に打ちのめされた俺たち2人も無言になり、もそもそと食事を終えた。

 悠は俺たちから空になった器を回収すると、3つ重ねて屋台の親父に差し出しながら訊ねた。

「おじさん、宿を探してるんだけど、良いところ知らない? 個室が確保できるところが良いんだけど」

「そうだなぁ、予算次第だが……」

 そう言って俺たちの格好をじろじろと眺める親父。

 控えめに言っても俺たちが金持ちには見えないだろう。

「『微睡みの熊』って所を薦められたんだけど、そこは?」

「『微睡みの熊』……ああ、あそこか。そういえば、宿もやっていたな。悪くないと思うぞ。オヤジは無愛想だがな。ちょっと解りづらい路地にあるから、この先の広場に着いたら、右側の大通りを少し進んで、道を聞くと良い」

 親父が器を受け取りながら、道の先を指さす。

 見れば数百メートル先に少し広くなっている場所がある。

「ありがと! また来るね!」

 悠はにっこりと笑って親父に手を振り、俺たちを促して歩き出す。

「……また行くのか?」

 慌ててその後を追って訊ねると、悠は苦笑して首を振った。

「たぶん行かない。……お金が無くならない限り」

「よかった~。パンもだが、あのスープも……どうなんだ?」

「日本はインスタントでも良くできてるからねぇ。お湯を注げば10秒でできるコンソメスープでも、自分でゼロから作ろうとしたらすっごい大変みたいだし。私も塩しかなかったら美味しいスープが作れるかどうか」

「そうなのか? 悠ってかなり料理上手いよな?」

 頻繁にでは無いが、幼馴染みだけに悠の料理を食べる機会は時々あった。

 他の女子高生の料理の腕なんて知らないが、少なくとも悠の料理はかなり上手かったんだが。

「ありがと。でも、それも調味料が揃ってだからね。乾物がどのくらい充実してるか、だよね」

 乾物……鰹節や昆布、ワカメなんかか。

 干し椎茸や炒り子も乾物だよな。

 そう考えれば、出汁だしって乾物が重要なんだな。

 俺が料理するときは粉末の出汁を放り込んで手抜きしてるけど、料理番組なんかで見るときは、かなり大量の鰹節とか放り込んでるよな。

 乾物をあのレベルで使うとなると、出汁って結構贅沢品なのかも。

 この世界で暮らしていく自信が一気に無くなったぞ。

 料理上手な悠には、何とか頑張って、低コストで美味しい料理を作ってもらいたいなぁ。

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