第15話~レネの苦悩

 祠の前に座り込む三人とその横に立つソイニは、ぐったりと横たわるレネの頭を優しくなでるマティアスクを見ていた。


 「上手くいってよかったわ」


 「成功した事ないのにここ一番って時に決めるって、やっぱりレネは流石だよ。僕には真似出来ない……」


 「オレなんて、そんな術がある事さえ知らなかった……」


 「本来は、すべての魔力を放出などという風に使う術ではありません。マジックアイテムに魔力を注ぎ込む為の術です」


 知らないというディルクに、ソイニが説明をした。


 「私達も知らないでやって、しこたまマティアスクさんに叱られたわ。昔話をしていけば通じると思って。勿論妖鬼に悟られない為にね。まさか、私達がこんな事していたなんて妖鬼も知らなかっただろうし」


 「あなたには驚かされました。あんな目にあっているというのに……」


 「荒治療? もう一度同じ体験をしたら治るかもって……」


 ソイニが呆れた様に言うと、てへっと、リズは笑って見せた。


 「う、う~ん……」


 「レネ!」


 マティアスクが呼びかける声で、四人は二人に近づいた。


 「気が付いたか、レネ。事は収まった。安心するといい」


 マティアスクがそう声を掛けると、レネは静かに頷き、妖鬼は? と聞いて来た。


 「リズアルが、約束通り封印してくれましたよ。もう、安心です」


 それには、ソイニが答えた。


 「そう……。リズありがとう」


 リズは首を横に振る。


 「レネが頑張ったから封印出来たのよ。ありがとう。お疲れさま」


 「さて、村に戻ろう」


 マティアスクがそう言って、レネを抱きかかえたまま立ち上がろうとするが、彼女は大きく首を振った。


 「村になんて帰れない!」


 レネは突然泣き出した。


 「大丈夫だ。心配するな」


 「大丈夫じゃないわ! 私、おじいちゃんに術を掛けたのよ! リズを殺そうとしたの!」


 「いや、リズを殺そうとしたのは妖鬼だろう? レネが止めてくれたじゃん」


 レネは、泣きながらディルクの言葉に顔を横に振る。


 「ジェスだって傷つけたわ! 私、妖鬼に付け入られたのよ!」


 そう言うと、レネは力が入らない手でマティアスクから逃れようとする。


 「レネ、落ち着いて。そんな事ないわ。妖鬼はもうあなたから出て行ったのよ」


 「リズの言う通りだよ。皆で一緒に帰ろう」


 リズとジェスも必死に説得するが、レネは泣きながら首を振るばかり。


 「では、こうしましょうか。ちょうどここには、聖なる魔女の力を宿すリズもおり、真実の祠の前です。ここで全てを話し、邪を払いましょう」


 ソイニがそういうと、レネはリズに振り返る。


 「そ、そんな事できるの?」


 「で、出来るわ!」


 不安げに聞くレネに、リズは嘘も方便と思いっきり頭を縦に何度も振った。


 「レネは混乱しているようですし、無理やり連れて帰っても罪の意識で心が壊れてしまう可能性があります。ここは彼女に懺悔させ、気持ちを楽にして差し上げてはいかかでしょうか?」


 ソイニは、マティアクスにそう耳打ちをする。それに彼は、そうだなと頷いた。


 「レネ、話せる事だけでよい。もしリズにだけというならそれでもいいぞ」


 「ううん。皆にも聞いてほしい……」


 先ほどとは違い、ゆっくりと首を振った。


 「そうか」


 マティアスクは、優しく微笑む。


 「私ね、ずっと苦しかったの。どんなに頑張ってもおじいちゃんの孫だからって言われて。あ、おじいちゃんの事は大好きよ」


 マティアスクは、うんうんと頷く。


 「それで一年ほど前に夢を見たの」


 「夢?」


 リズの問いにこくんと頷くとレネは詳しく話始めた。



 ☆―☆ ☆―☆ ☆―☆



 それは、大きな木が話しかけてくる夢だった――


 レネは、自分自身を認めて貰えず、悔しい気持ちを抱えていた。そして、それを誰にも気づいてもらえず寂しかった。


 そんな時、大きな木が「痛い。助けて」とレネに助けを求めて来たのである。

 彼女は、助けを呼ぶ木に近づいた。


 『私の声が聞こえるなら私を助けて! このナイフを抜いて!』


 見ると、大きな木にナイフが根元までザックリと刺さっていた。


 『誰にも気づいてもらえなくて寂しかった! レネ、君ならこの気持ちわかるよね?』


 驚いてレネは、木を見つめた。


 『君がナイフを抜いてくれれば、私は自由になる。助かるんだ。勿論、助けてくれれば、君の力にもなれる』


 レネは助けてあげたいと思った。ただ、ナイフを抜くだけだと……。

 そうして、ナイフをゆっくりと抜いた――



 ☆―☆ ☆―☆ ☆―☆



 「私、ただの夢だと思っていたの。その後しばらくは何も起こらなかったし。でもある日、自分の心の声が聞こえるようになった。ミスをした時に誤魔化してしまえとか、足を引っ張る仕事仲間を置いて行ってしまえなどと」


 レネは辛そうな顔つきになっていた。


 「そんな自分が嫌になってきた時、その声が心の声じゃない事に気が付いたの。ジェスと一緒に仕事をした時だったわ。彼がいるから自分の評価が下がって正しく評価されてないって……」


 「え!」


 驚いて声を出すジェスに、慌ててレネは首を振った。


 「私は今まで一度もそんな事思った事なんてなかった!」


 今度は、ジェスが縦に首を振る。


 「もしかして、この声は私の心の声ではなくて、あの大きな木の主の声じゃないかって。少し部屋を探したら、夢で見たナイフが出て来たの。そうしたら、今度は怖くなってきて。助け出したのは妖鬼で、今、私の中にいるんじゃないかって。でも、確かめようがなかった。そんな時だったの……」


 レネがリズを見た。


 「リズに妖鬼憑きの疑いがかけられたって。驚いたわ。その話は信じはしなかったけど、私の中にいるのは何? ってもうわからなくなったの。散々悩んだ挙句、おじいちゃんに話す事に決めたの。そう思って泊まる事にしたのよ……」


 今度はマティアクスを彼女は見つめる。


 「本当は昨日話そうと思ったの。でも、すごく眠くなって。次の日早く起きるって言っていたし、明日の朝話そうと思って寝てしまった。でも、起きてみたらおじいちゃんがあんな事になっていて……」


 そこでレネは、また泣き出した。


 「そうか。それはつらかったな」


 「わ、私、自分が寝ている時に何かしているんじゃないかって思い始めて……。でも、これも確かめようがなくて。だけど、眠りから一時的におじいちゃんが目を覚まして私を見た顔でわかったの。今、私何かしたんだって。ううん、私の中にいる何者かが何かしたんだって……」


 「そうだ。あの時、レネに手を握られ術を強められたのがわかった。レネの中にいると気が付いたものの、そのまま眠りについた。皆に知らせる事が出来なかった。すまない」


 マティアスクが、軽く皆に頭を下げた。


 「そんなのマティアスクさんのせいじゃありません。それに僕達だって最後まで気づけなかった。妖鬼はうまく隠れていたんです」


 「っていうかさ、なんで術が弱まったんだ? やっぱ鈴のお蔭?」


 ディルクの質問にマティアスクは神妙な顔で頷く。


 「たぶんな。私も身に着けて寝ていたのだが。三つ傍に集まった事によって術が弱まったのだろう。目の前に妖鬼がいたとしても鈴にはそれだけの力があった……」


 「やっぱりそうだったんだ。ディルクに見せられた時、もしかしてと思ったよ。戻ったら試そうとも思っていた」


 「え? そうなの?」


 リズはすごいとジェスを見た。


 「リズごめんね」


 「え? もう何度も謝らなくてもいいわよ」


 リズがほほ笑むと、レネもほほ笑んで頷いた。そして、また話を再開する。


 「私ね。リズの疑いだけは晴らさないとって思って、祠に行くことを決めたの。でも、そこでやっと妖鬼が私の中にいるって確信したの。……でも、トラの出現には驚いたわ。妖鬼の仕業だと思って、やめてって何度も言ったんだけど返事はなかった。そして、リズじゃなく私を助けたディルクにも当たってしまったわ」


 「それで、あの時、あんな事言ったのかよ」


 「ごめんなさい」


 「別にいいけどさ」


 「ジェスもごめんなさい。私、あの時咄嗟にやめてって口にだして叫んでたわ。そして、消えてって強く思ったの。そうしたら、消えてしまった。あの時はまだ、妖鬼じゃないかもって気持ちもあったけど、ジェスを傷つけたのは、私の中にいる何かにはかわりなかった……」


 「ううん。君がそう強く願ってくれたから僕達は今、ここに無事にいるんだよ」


 そう、優しくジェスは語った。


 「私、一生懸命平静を装ったわ。でも、洞窟でトラとリズの邪気が一緒だって聞いて、もう平常心でいられなくなって。恐怖心と罪悪感でいっぱいになって、出て行ってって言ったら、やっと向こうが口を開いたの。無理だ、もう自分たちは一体なんだって……」


 「妖鬼の言う通り、僕が追い詰めて……」


 レネの言葉に暗い顔をすると、


 「ジェスが落ち込んでどうすんだよ。大体、レネ本人も知らない所でやった事じゃん」


 ディルクは、彼なりの励まし方で元気つけようとした。


 「そうね。私の知らないところでやったのなら、おじいちゃんに掛けた術も絶対そう。だから、私、洞窟で言ったの。おじいちゃんの術を解かない限り、ここに一人残って死んでやるって。とうとう、妖鬼は術を解いたわ。そして、皆について行くように言ったの」


 「あの時、返答がなくなったのって、妖鬼と話していたからだったんだ」


 「そうよ。でも、気が付いたら二人が喧嘩していて、焦ったわ」


 「私もよ。ディルクが言う事聞いてくれないし」


 「え? オレだけ悪いのかよ!」


 そこで、少し笑いが起きる。

 そしてレネが、大きな木を指差した。


 「それで、ここに来て驚いたわ。夢の中の大きな木があって……」


 「え! レネ、ここに来た事があったの!」


 「どうやって来たかなんて覚えてないわ。それよりも、祠があってもっと驚いたわ。妖鬼は最初から祠がここにある事を知っていた……。今思えば、おじいちゃんに術を掛けたのも私をここに向かわせてここを見せる為だわ。早く私の体を手に入れる為に。だから、術を解いたのよ。私の体が手に入れば、その事はどうでもよかったのかもしれない……」


 「なるほど。それは一理あるかもしれません。私達は、祠に行くのを邪魔されていると思っておりましたが、その逆で誘導されていた。その方がしっくりきます。妖鬼は、結界を破った時、私達より能力が上だと断言していましたし……」


 レネの意見にソイニも賛成の意見を述べた。


 「って、いうかさ、なんでリズを殺さなかったんだ? あ、ごめん、リズ。勿論、殺されなくてよかったって思ってるからな!」


 「わかってるわよ」


 「レネの話からすると、心の隙、つまり不安や恐怖などの感情が影響あるようだな。体に入れたとしても隙がないと術が使えない。そして、それを煽りどん底へ落とし最終的に体を手に入れる。なんともまあ、いやな術であるな」


 マティアスクのその言葉に、皆頷いた。


 「私、本当に怖かったわ。妖鬼が自分の中にいてそれが周りを傷つけるのが、そして、その事がバレてしまうのが……」


 「それ、よ~くわかるよ」


 「え? なんで君が?」


 わかると賛同したのがディルクであった為、ジェスは驚きの声を上げた。


 「なんだよ、オレがわかっちゃ変か? オレにだって……」


 「ディルク!」


 何故か強めにリズが、ディルクを止めに入った。

 皆は悟った。ディルクは山火事の事を言っているのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る