魔女を守るのも楽じゃない

すみ 小桜

古の魔女の願い

第1話~喜びに思いをはせて

 晴天の下、「頑張れ~! リズ」と子供達の声援が響き渡る。

 声援を受けているのは、子供たちに混ざって一緒にいるリズアルである。皆にリズの愛称で呼ばれている。


 彼女は今、試験の真っ最中。

 肩よりやや短い灰色の髪を汗で濡れた頬に張り付かせ、エメラルドグリーンの瞳でジッと目の前にあるリンゴの木を見つめていた。

 イーバール国の東に位置するハリラロス村。別名魔女の村と呼ばれている。


 この村はそう呼ばれるのに相応しく、多くの魔術師のエリート達が生まれた村。いや、今現在もである。

 しかし、リズは十七歳にもかかわらず、まだ見習いのままだった。


 普通は八歳頃に見習いになり、その後一年ぼどで魔術師になる。だが彼女には決定的に足りないものがあり試験にパス出来ないでいた。

 その足りないモノとは持久力。魔術師で言う持久力とは魔力の事。つまり、すぐに魔力切れになり不合格となっていたのである。


 そして今日は月に一度の試験の日。

 今日こそはと、リズはそっと右手を前に出し手を開く。


 試験はそう難しくはない。リンゴを切り落とし、地面に落ちる前に灰にする事。ただし、周りに火を付けてはいけない。加減は難しいかもしれないが、一年も見習いをすれば出来るようになるはずなのである。


 リズは一度目を閉じた。そして開けると同時に左手を振り上げた。

 その瞬間、枝からリンゴが離れ落下し始める。それに向け右手から炎を出す。炎は、リンゴに命中した。後は地面につく前に燃え尽きれば合格である。


 皆が見守る中リンゴは……地面につく直前にすべて灰になった!


 「え? ウソ! は、灰になった!」


 少し間を置いてからリズが信じられないと言葉を発すると、一緒に見守っていた子供たちも「やった!」喜びの声を上げる。

 見習いの服の上から身に着けている年季の入ったポーチを揺らし、飛び跳ねて喜んでいる彼女に、長年指導してきた先生が近づき声を掛ける。


 「おめでとう。リズアル。よく頑張ったわ。立派よ」


 「先生……。私……。ありがとう」


 リズは、うれし涙を流しながら抱きついた。

 子供たちも一緒に泣き出す。


 「まだ、リズと一緒に勉強したよう」


 「あなたたちも頑張ってリズの後を追いましょう」


 先生の言葉に頷くと、涙を拭いた。

 その後は皆に祝福され今日の授業が終わり解散をするも、授業が終わった後も彼女は、その場に残っていた。

 リズは、もうここで授業をする事もないのだとしみじみと辺りを見渡す。


 「明日、城に行って魔術師の証をもらえば、やっと本当の魔術師なれるんだ。何だか実感がないなぁ」


 ぽつりと呟くとジッと、森を赤く染め始めた夕日を見つめていた。


 「いつ帰って来るんだっけ、お母さん達」


 リズの家族は勿論、魔術師である。

 魔術師の資格を持つものは、城から依頼を受けて魔術師にしか解決出来ない仕事をする事があり、数日、時には一か月以上も家に戻らない事がある。


 見習いを卒業すると下級魔術師になるが、大抵の魔術師はこのクラスである。

 リズも明日から下級魔術師になる予定だが、両親は中級魔術師で仕事も忙しく今は家には誰もいなかった。


 どうせ誰もいないのだからと、まるで炎に照らされて赤く色づいているかの様に見える森を懐かしむ瞳で眺めていた――。



 ☆―☆ ☆―☆ ☆―☆



 ジェスは焦っていた。

 彼は、リズと幼馴染で同じ歳の少年で中級魔術師。その証拠に首には中級魔術師の証となる水晶を下げている。


 ――早く見つけないと。


 そう思いふと見ると、森の前に佇む彼女を見つける。

 ジェスは、焦りを見せる藍色の瞳で彼女を見ると、急いで近づき声を掛けた。


 「リズ!」


 「ジェス! びっくりした。あれ? 今日戻りの日だったっけ?」


 彼女は驚いた様子で振り向いた。


 「こんな所で一人で何しているの? 探したよ大丈夫?」


 「え? あ、うん。大丈夫だけど……。あ、話を聞いて飛んできたなんて事はないか……」


 その言葉に藍色の髪を揺らすほど、ジェスは大きく頷いた。


 「聞いたよ。驚くよね。大丈夫? 取りあえず皆心配しているから……」


 「心配? なんで?」


 「いたいた! ちょっと! もう何やってるのよ!」


 リズが驚いていると遠くから声が聞こえ、手を振ってジェス達の方に向かってくる赤毛の髪を夕日で更に赤く染めた少女が見える。

 彼女もまた、二人の幼馴染でジェスと同じ中級の魔術師である。


 「え! なんでレネまで!」


 「行こう。ここにいても仕方がないから」


 お祝いに戻って来た雰囲気ではない二人に戸惑うリズを、ジェスは引っ張って行こうと手を取った。


 ――え? この感覚は……。


 彼は、この時リズから何かを感じとったのである。

 不安げな様子を見せるリズをジェス達は連れて行った。

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