楽土創世(らくどそうせい)のグリモア

しらたぬき

Chapter1:群青の群像

第1話 滴る真夜中の訪問者



「えー、それじゃ第二回模擬戦試験の結果発表だ。4年7組の優勝チームは勝ち点トップのCチーム、ファイセル・サプレ組だ!」



 担任がそう発表すると教室は割れんばかりの拍手と歓声につつまれた。年に数回ある中間試験にチーム同士の戦闘訓練があり、今名前を呼ばれた彼、ファイセル達の班は今回の模擬戦闘試験で強敵揃いの5チームの間の模擬戦闘でほとんど勝利し、栄えある優勝を勝ち取った。



 他のグループとの実力差は拮抗していて、ここまで上手く勝ち抜けたのは珍しい。それを示すようにファイセルのチームは4年間で3回程度しか優勝していない。もっとも、優勝したことのないチームもあるのでこの成績は割と上出来であると言えるのだけれど。



 模擬戦闘の様子は教師たちにモニタリングされていて、個々の生徒の行動で評価されるためにチームの勝敗数だけでは成績の加点減点にはならない。それでも腕っぷしの強さがステータスとなるここ、リジャントブイル魔術学院では生徒同士が全力でぶつかり合う戦闘系のイベントは一際盛り上がる。クラスで一番成績のいいチームは年末のクラス対抗戦に出られるが今年はCチームにもチャンスがありそうな様子ではある。




「あー、これで一学期終了だが、お前らあんまハメ外しすぎるんじゃねーぞ。不祥事とか起こしたら俺の熱いマシンガン鉄拳お見舞いするからな。鉄拳ですみゃ良いけど停学とか退学じゃシャレになんねーからな」



 教壇の教師が拳をボキボキ鳴らしながらそう言った。この荒っぽい雰囲気の先生はバレン先生。鍛え抜かれた肉体とアフロヘアに日焼けした肌が印象的な先生だ。外見や言葉遣いとは裏腹に古代ヘケタ文字で書かれたグリモア(魔導書)をすらすら解読したり、海外情勢に詳しいなど幅広い教養を備えている。



 また、面倒見も良く、親身に生徒の相談に乗る人気のある先生である。戦闘スタイルは見た目通り突撃パワータイプで、肉体をエンチャント(魔法強化)して戦う。



 この学校は生徒だけでなく定期的に先生同士の戦闘大会まであり、大会中は学園全体が異様な熱気に包まれる。戦闘が苦手なタイプの魔法使いの先生にとっては憂鬱なイベントに違いない。



 まぁ肉体を強化して戦うバレン先生も他の呪文を使う先生もここではみんな広義の”魔法使い”なのだが……。



 ちなみに学院公認の『誰が優勝するか』の賭けではバレン先生のオッズは前回5.2と優勝有力候補の一人だった。



「課題もサボんじゃねーぞ。レポートや実験、実習などの内容は各所属サブクラスに確認しておくように。以上だ。じゃあお前ら楽しい休暇を過ごせよ!解散!!」 




掛け声と同時にチームのみんながリーダーである長めの黒髪で黒い瞳をした少年、ファイセルの元へ寄ってくる。


「おい、やったな!! 優勝したのなんて去年の一学期以来じゃねーか?」


「そうだね。みんなが頑張ったおかげだよ。」


ファイセルは嬉しそうに仲間たちの言葉に答えていく。


「打ち上げいこうよー。御馳走にお酒お酒!!お肉お肉!!」


「おめぇまたそれかよ……」


「もー、うるさいなー!」


「まぁまぁ。今回はみんな良く活躍しましたし」


盛り上がるメンバーの中で一人だけ上の空の女子がいる。



「……………………」


リーダーはふとそれに気づいて声をかける。


「リーリンカ、リーリンカ。今日はもうみんな疲れてるから明日の夜に打ち上げしようと思うんだけど。聞いてる?」


「あ……ああ…………わかった」


少女はハッとしたように答えたが、やはり顔色が優れないように見える。調子が悪いのだろうか。


「じゃあみんな今日は本当にお疲れ様。ゆっくり休んでよ」



 チームのみんなを労い、帰路に就く。学生寮の階段をのぼるころにはもうあたりは薄暗かった。


「んーと、今月の裏赤山猫の月と来月、裏亀竜の月の丸々2か月が休みかぁ。何して過ごそうかな……」



 割と長めの休みをどう過ごそうか考えながらファイセルは自分の部屋のドアノブをさすった。魔法でかかったオートロックがガチャリと開いたのを確認し、扉を開けて部屋に入った。



 その夜、寝ようとしていたファイセルは水の詰まるような音を聞いて水道の蛇口を見た。


「ゴボゴボ……ガボガボ……ゴボッ……」


「なんだろう?何か詰まったのかな?学院が常にメンテナンスしてるはずなんだけどなぁ」



 ファイセルは訝しげに蛇口をひねってみた。蛇口から水が出たが、明らかに水が流れる音以外の音がする。



「おぼっ、ふぁ・・・せるしゃん」


心なしか水がうごめいているように見える。


「なんだこれ!?」



 水音に混ざるノイズが”声”だと気づいてとっさにコップに水を汲んでみる。コップに並々と水がたまると水面が揺れてコップより一回り小さいかわいらしい少女の姿をした妖精が現れた。



 ファイセルはテーブルにコップを置いて、椅子に掛けて妖精を観察した。妖精は足の部分が水と同化していて水面から半身が生えているような状態だ。薄い水色をしていて、体が透けている。


「やぁファイセル君。元気でやってたかな?」


少女の声で妖精は話し始めた。



「チャットピクシー……?その口ぶり……僕の知り合いでこんなのが召喚できるのは師匠くらいしかいないですよね……」


「はーいご名答!オルバです」



 コップが置かれると妖精はくるっと回ってあざとく愛くるしいポーズをとった。声の主はオルバ・クレケンティノス。学院からはるか南、ファイセルの故郷であるシリルと言う街の近郊のポカプエル湖という塩湖のほとりに住む賢人である。ファイセルをリジャントブイルに送り出した恩師でもある。



「なんか見た目も声も女の子なのに師匠が喋ってると思うと違和感があるのでそういうオーバーなアクションはいらないです。それはそうとここ学院の寮ですよ?どうやってプロテクト突破したんですか。水道とはいえ、外部からの侵入は弾かれるはずですよ?」



「水が水道を通って何が悪いのかな?」


 妖精はくるくる回りながら無邪気にそう答えた。


「限りなく水に近い状態で入ってきたんですか……」



 ファイセルは頭を抱えた。外部から侵入してきた得体のしれない妖精と話していたりなんかしたら下手すれば呼び出しを食らう可能性もある。



「あ~、君が懸念している点については多分大丈夫だよ。監視ポイントは無反応で通り過ぎたから。セキュリティが甘いって学院に意見書でも出しとくかね」



 妖精は指を振って余裕しゃくしゃくに答えた。この場合、学園に落ち度があるのではなく、師匠の技術力が高すぎるのだとファイセルは内心思った。



「あ~、で、本題に入ろう。なんでこんな凝った連絡方法をとったかというとね、このあいだわざわざ私の家まで王国魔術局の重役、ババール氏が来てね。いや、いくら時事に疎い私でも魔術局の重役くらいは知ってるよ? それでね、彼が私に王国お抱えの宮廷魔術師にならないかとスカウトされたんだよ。三食昼寝付きで給料も出すって」



薄い水色の妖精はコップの縁によりかかって気だるそうに話している。


「宮廷魔術師……!!すごいじゃないですか。国の魔術師のトップ集団ですよ!!」



 思わずファイセルは声を大にして感嘆した。師匠の腕がすごいらしいと聞いていたファイセルだが、実際その全力を見たことはないし、普段のほほんとしているので、まさか国の魔術局から直々にお呼びがかかるほどとは思っていなかった。



「まぁ丁重にお断りさせてもらったけど。君はもうわかってると思うけど私は地位や名誉には全く興味が無いんだよね。毎日草むらに寝転んで雲を眺めていればそれでいいんだよ。三食昼寝付きは多少魅力的ではあったけど」



 妖精はそういうと今度は上半身を後ろに投げ出して腕を頭の後ろに組み、コップの縁に仰向けに寄りかかった。媚びた動きをやめた途端、一気に師匠っぽい仕草になるのがわかる。そのまま天井のマナライトを仰ぎながら話を続ける。



「ところがねババール氏が言うんだよ。『ライネンテ王国南部は貴君ら雲の賢人のおかげで水源も多く、病も少なく潤っているが、中央部や東部はひどいありさまだ。国としてはこれを大変に憂いていて実績のある貴君の助力が欲しい』って」



 妖精は憂鬱な表情をして目線を泳がせた。そういえば故郷のシリルの街から学院へ向けて北上してくる途中の村は水が不足していたり、病が流行っている村もあったりしたのを思い出す。



南部は数代にわたって「創雲」の二つ名を持つ賢者達によって豊穣と健康がもたらされてきた。オルバはその二つ名を持つ賢人達の後継ぎなのだ。



「のらりくらりしている私もさすがにこんな事を聞くといい気がしなくてね。出来る限り雲を飛ばしてやろうと思ったんだよ。まぁ連絡はいらないでしょ。多分雲の流れが変わったら魔術局の天候課でひっかかるだろうし」



 一見、全く責任感の無いような態度を取っておきながら、なんだかんだで結局は依頼を引き受ける気というわけだ。そういうお人好しなところが師匠らしい。



「ただ、中央部や東部の水質は検査したことないからどんな構成の雲を作ればいいのかわからなくてね。先代方達も国内の恵まれない地域に恵みの雨を降らせようと試みたんだけど、拠点を離れて雲にする水源の成分調査の旅に出るわけにもいかないし、雲が届かなかったりで上手くいかなかったんだよ。で、何代目かはわからないけど、私の魔法は雲を作ったり送ったりする性質に向いててね。晴れて悲願が達成されそうなんだよ。水質チェックさえできれば」



 妖精は目線をファイセルに戻し、人差し指を振りながら自信満々にに答えた。


 オルバはサモナーと呼ばれる召喚術の使い手で、雲を作る以外にもいろいろ応用できる能力を持っている。



 現に雲を作るだけでなく召喚された妖精が目の前にいるのだ。召喚術で呼び出される幻魔と呼ばれる妖精、精霊、怪物などの存在は通常、異次元の空間である幻魔界に住んでいるものを呼び出すのだが、師匠の場合は自分で術式を構築してオリジナルの幻魔を作り出したり、幻魔をカスタムしたりすることも可能らしく、サモナーの中でも非常に高等なテクニックを駆使している。



 この幻魔にも水中を泳ぐ能力以外にも通信機能がついているし、多分人格や会話能力もついている。それ以外の能力もありそうで師匠の技術は底が知れない。



「と、いうわけで帰省ついでにと言うのも何だけど、ファイセル君には学院のあるミナレートから中央部を通って南のシリルまでこの特製ピクシーを使って水質チェックをしてきてほしいんだよ。」



 再び妖精がクルクル回りながら頼み込んできた。師匠には手取り足取り指導してもらい、学院の試験勉強を手伝ってくれたという事の恩もある。それに苦しんでいる人たちを救済するという行為には大いに賛同でき、自分が活動するだけでそれが達成できるのなら本望だと思ったため、ファイセルはこの依頼を快諾した。しかし、それと同時に少し疑問がわいた。



「ええ、いいですよ。シリルへは2年ぶりの帰省ですし。それはそうとここまで川を泳いで来る途中に水質チェックしながら来ればよかったんじゃないですか?」


「ほ~ら、そういう事聞くと思ってたら案の定」


 妖精はため息をつきながら答えた。



「さすがにピクシーとの距離が離れすぎる上に、流されながらだと集中力が乱れて水質チェック出来ないんだよ。水源のそばにピクシーが水を採取した後に戻る”拠点”がないと難しいね。あとは川に繋がっていない湖、池、沼もあるわけだし、そこの水質もチェックしてきてほしいからね。実は中央部は地図に載ってない湧水とかが多いんだよ。だからそういうところをチェックしてきてもらえると助かるんだよね。」



 そう喋りながら妖精がけだるそうにしているのにファイセルは気付いた。妖精が疲れるなんてそんな馬鹿なと思いながら観察する。



「あ~コップの水を見てみて。水の量減ってるでしょ?このピクシーは液体を消耗しながら活動するんだ。だから水が底をつくと休眠してしまうんだよ。こうやって人の姿をしている時は消耗が激しくてね。水をくんでくれるかい?」



 ファイセルはうなづいて再び蛇口から水をくみ足し、机に置いて椅子に座った。



「あと大事な事を伝えておくよ。まずは一つ。どうやって水質を調べればいいかと言う話なんだけど、このピクシーは基本的に入っている容器に”棲む”んだ。ビンか何かに入れて持ち運んで、中身の液体の一部を調べたい水面に入れる。で、水質チェックが終わると手元のビンにピクシーが自動的に戻ってくるはずなんだ。これがさっき言った水源のそばの拠点ってやつだね。妖精たちはこれを”棲みか”って呼ぶかもしれない。もし何かの事故で中身の液体が空になったとしても、棲んでいた容器に水分を入れれば再生するように構築してあるからそこは安心して。ただ再生には少し時間がかかるし、容器が割れると非常に厄介だから丈夫なホムンクルス(人造人間)育成用のビンとかを用意するといいかもね」



 ――ホムンクルスのビン……か普通に自分のカリキュラムをやっているだけなら全く必要ない代物だななどと思いながらファイセルは果たして目的の品を買えるか軽く心配になってきた。



「二つ目は今後、基本的にはピクシーを介して君と私が通信する事は出来ないということ。君の住所めがけて適当に送りつけたら届いたので今は通信できてるけど。普段、私はこのピクシーの位置までは把握できないんだよ。逆探知ができないわけじゃないけど、位置を特定する頃には君が移動していると思う。通信用に作った幻魔じゃないから仕方ないね。まぁただ、何かしら大きな変化を感じるとピクシーの方から信号を送るように仕込んでおいたので、マズいときは私の魔力をそっちの方に繋げるからそれで勘弁して」



一体、どんな事態になったら先生が力をこっちに回すことになるのだろうかと疑問に思いながらもファイセルは答えた。


「わかりました。まっすぐシリルへ向かうのとは訳が違うので多めに日数を見積もって、明後日の朝くらいには出ると思います」



 そう答えると妖精はまた指を振って何か伝えてくる。


「あとはまだ一つ用事があるんだが、それは君が帰省してから話そう。さて、そろそろピクシーに意識を戻すかな。



 うちにいる妖精姉妹の五人目だから仮の名前で『フィフス』とか呼んでたんだけど、それじゃちょっとかわいそうだね。なんか適当に名前をつけてやってよ。あと新地方の開拓って事で新人だから世間知らずだけど面倒見てやってね」



 フッっと意識が切れたように妖精は目を閉じ、動かなくなった。意識を戻すということはやっぱり人格があるのだろうか。ファイセルはまた興味深そうに妖精を観察し始めた。



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