CASE.3-06
空気が冷たい。冬備えを忘れていることに気が付いたが遅かった。
鼻水を垂らしながら役場の位置を探る。役場の位置を示す標識のおかげで難なく役場にたどり着く。
薄着姿の見慣れぬ二人に不信感を抱きながらも役場の職員は山火事の記録を手配してくれた。二人の異様さ以上に捜査員証明章の効果が絶大だったということだ。
ある程度、記録を斜め読みし認識との差がないことを確認するとすぐさま役場を後にした。その際、智沙はあることに気が付いた。
「これって役場からの指名よね」
「確かに、あの職員メモしていた」
お互い顔を見合わせて納得。心置きなく二回目の時間移動を果たした。
9月20日の正午、山の中は涼やかだった。
旅館で見張るという案もあったが、女将や仲居と鉢合わせするリスクを考慮し、それを却下したのだ。却下したわけではあるが、後悔後に立たず。山での潜伏はかなり労力を要する。車中による張り込みなどもってのほか、今の二人は無一文かつ裸一貫の未来人。撮影機材の小型カメラと電子ボードそしてわずかな未来の記憶だけが今の彼らの強みである。
「ねえ、早送り機能なんてないの?」
「僕はビデオ人間じゃない。だから渋ったじゃないか。これも代償ってやつだよ」
二人は三人組が姿を現すはずの山の入り口を見張った。ちょうど屋根付きベンチを見つけ腰を下ろす。こじんまりとした小屋は木造であり、いかにも農地になじんだ簡易的な休憩スペース。表面が黄ばんだ看板は来るはずのないバスの時刻を示していた。3時間に一本というバスのダイヤを刻んでいたようだ。
本来なら遺体発見現場に向かって穴を掘り返し、遺体が埋まっているかの確認をしたいところではあるが、直接発見現場を見たわけではない二人には無理な話だ。それにそのようなことをしてしまえば現在に影響を与えかねない。もし、埋まっていたとしたら発見が早まる。二人がここにいる理由もあやふやになってしまうのだ。
何となく現在の世界の晩に緒形の言った『時間の無駄』という言葉が身に染みていた。これで空振りならまったくもって無駄な労力だろう。
(そろそろ2時間)
智沙は狂ったままの携帯電話の時計を見て不思議な気分に浸る。オンライン状態を切っていなかったら勝手に現在時刻に補正されていたであろう。表示されていた時刻はすでに午前1時過ぎ。つまり今は真夜中。体内時計が狂いそうになる。
渕上が大きなあくびを漏らす。
渕上がいつも変に眠そうな理由を改めて気づかされた。
「ねえ、前々から気になっていたけど、あなたの能力っていつから使えるようになったの?」
「君の知る僕は、そのことは教えていなかったようだね」
「聞くのまずかったかな?」
「僕は構わないけど、もう一つの意味で言えばわからない。七夕の頃の出来事に触れるような内容は避けたいんだ。そのあたりの微妙な判断は君に任せるよ」
智沙には思いがけない返答だった。心情的に拒否されるような気がしていたからだ。過去の話題は触れられない聖域が存在しているのだと。
「F&S理論的には関係がないと思うけど…」
「ファクターアンドスペース?専門的な言葉を知っているってことは結構込み入った状況だったんだね…」と言った渕上は慌てた様子で彼女の両肩をつかんだ。
「いけない。それ以上絶対話すなよ。つい推測してしまいそうになる」と泡食ったように焦っていた。
その直後、カサカサと茂みの奥から音がして二人は瞬間的にそちらに目をやった。もしかしたら三人組の男たちが歩いて来たのではないかとも警戒したのだ。
「狸!かわいい!」
目の前の私が小動物であることに気が付きほっとした様子でいた。
「まったく、人騒がせな狸だよ」
渕上は呆れたような視線で近づく私に優しい視線を送る。
「デフォルトだと太ったイメージだけど、こうしてみるとかわいいわね。モソモソしていて癒されるわ」
智沙の変わった表現に渕上は噴き出した。
「なんか変?」
「いや、何でも」
気が付くと小動物はそこにはおらず、また二人は来るはずの三人を待つ。
「6年前の都心事件」
「あの大事件?それが何?」
「あの日、僕は家族を失い、能力が身についた」
智沙の質問に対する答えだった。すべては日本史上世紀の事件とされる大事件。その渦中において能力の目覚めがあったのだというのが渕上の出した答えだった。
2020年9月6日パラリンピック最終日。さらに覚えやすいイベントとなると、それは夏休み明けの初めての日曜日である。
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