第61話
翔子が達也と哲平の力を借りて作ったソマン危機管理マニュアルは、共同組合を通じて都内の全バイク便ライダーに配布された。
警察官に害を与えた犯人は警察全体から報復を受けることになると言われる。同様に、罪のないライダー仲間がふたりも犠牲になった事件だけに、バイク便業界全体が黙ってはいなかった。
各社のコントーロールセンターが、所属するライダーからの情報集約をおこない、それを組合の特別部署に連絡。そこから捜査本部に送られるシステムが構築された。
当然ライダーたちも業務の合間には眼光鋭く通行人を観察し、似顔絵にあった人物はいないかを探す。犯人、いや重要参考人の発見の為に、哲平が見た顔の似顔絵を持った何万の警察官とバイク便ライダーが、その目を光らせることになったのだ。
以来、似顔絵に関する膨大な情報が捜査本部に寄せられたが、残念ながら哲平が見た本人に該当するものはなかった。そして1週間が過ぎた。
正義の為に目を光らせる勇士が上田総合病院にもひとりいた。
コッペイである。彼は手術の傷が癒えて動けるようになると、まず始めたことが病院内のパトロールだった。パジャマの上に哲平から貰ったジャンパーを羽織り、院内を定期的に歩いて回った。困っている人はいないか、悪い奴はいないか。退院まで残り少なくなった日々ではあるが、コッペイなりの目で病院に入院している人々の安全と平和を守ることに尽力していた。
実のところ警察は、達也の家族の命が狙われている事を意識して、上田家の自宅やそれぞれの家族の動きに対しては警護にあたっていたが、病院そのものが狙われると言うことには思いつくことが出来なかった。結果的に、コッペイは無意識ながらも警察を越える洞察力を有していた事になる。
今日も昼食前のパトロールを終えて、自分の病室に戻ろうとしている時だった。
院内の通路である男とすれ違った。すれ違った瞬間、コッペイは以前味わったと同じ、この世にあるはずもないモノの気配を感じた。コッペイの背中に殺気にも似た冷気が忍び寄り、彼に緊張を強いた。ショッカーだ。ショッカーに間違いない。コッペイはゆっくりと振り返ると、その男は手袋をした右手に黒いスポーツバッグを持ち、足早に離れていく。コッペイは勇気を振り絞って、その男の後を付いていった。
男は入院患者の為のラウンジにくると、談話用の椅子に腰掛け何かを待つようにじっとしている。コッペイは、植栽の陰に隠れて様子伺った。やがて、昼食の時間となり、ラウンジに居た人はそれぞれの病室に戻りはじめた。ラウンジに人影がなくなるとその男は、一転素早い動きで自販機の陰にあるゴミ箱の奥に、黒いスポーツバックを隠し込む。そして、何事もなかったように足早に立ち去っていった。
ショッカーはいなくなったが、ゴミ箱を見つめながらコッペイはどうしていいか解らない。頭に浮かんだのは、哲平のことだった。とにかく副隊長に報告しなくては。急いで病室に戻った。
「テッペイちゃん。何処いってたの?お昼が冷めちゃうじゃない…」
心配して待っていたミカのお小言には構わず、コッペイは急いで哲平に電話したいとせがんだ。
「桐谷さんは今お仕事で忙しいのよ。あとひとつ寝れば、退院だから、今度おうちにお呼びすればいいでしょ。そんなことより、はやくお昼ご飯を食べちゃいなさい」
ミカのそっけない返事に、コッペイはコミックのヒーローと同様に、正義を成し遂げることの難しさを感じていた。
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