第6話 変身!

 翌朝、仕事が休みだった僕は快眠に浸っていた――無遠慮で騒々しい玄関のチャイムがなるまでは。

 

「んん……」


 寝返りを打って時計を見る。まだ7時前だった。

 こんな時間に誰だろう。……また昨日の警官とか?

 僕は不愉快半分、いぶかり半分で布団を出て玄関に向かう。

 ドアを開けると、そこにいたのは制服姿の星野さんだった。

 ……まあ、警官じゃなかったら星野さん以外ほぼあり得ないわけだけど。

 

「おはようございます」

「おはよう。どうしたの?」


 僕があくびをこらえながら聞くと、星野さんは露骨に顔をしかめた。

 

「どうしたの、じゃないですよ。学校に行くんです」

「……うん?」


 半分寝ぼけた頭ではなかなか状況が飲み込めない。

 眉間のあたりを右手でもみほぐし、ようやく星野さんの言わんとしていることを理解する。

 

「――って今日、今から!?」

「そうですよ。善は急げと言いますし」

「急がば回れとも言うよ」

「金は天下の回りものとも言います」

「……それなんの関係が?」

「いえ、『回る』つながりで言ってみただけです」


 うん、だろうと思ったけど。

 

「……今日からなんて聞いてないんだけど」


 僕が言うと、星野さんは唐突に顔を赤くしてもじもじし始めた。


「もう……言葉にしないとわからないんですか?」

「いや、そんな愛を語らうカップルみたいな風情出されても情報は伝わらないから」


 星野さんはつまらなそうに唇を尖らせる。

 

「まったく、朝からノリが悪いですね」

「朝だからだよ。いや、夜でもノらないけど」

「夜……乗る……やだもういやらしい」

「君は朝からノりすぎだよ……」


 学校ではどんな風に振る舞ってるのかおじさん心配です……。

 

「では、時間もないですし着替えましょうか」

「着替え?」

「いや、その格好のまま一緒に学校行けるわけないじゃないですか」

「そういうこと」


 昨日見せてもらったような擬態の話か。

 自分の姿が女子高生に変わるとか、想像しただけで頭がおかしくなりそうだけど仕方ないな。おっさんのまま乗り込んでいったら頭どころか人生がおかしくなるし。

 

「じゃあ中に入りますね。姿見ありましたよね?」

「ああ、うん」


 星野さんを先導して部屋の奥に戻る。

 それから部屋の隅に置かれた、全身の映る鏡の前に立った。

 

「意外といい体してますよね。健全な意味で」

「普通健全な意味に受け取るからその注釈はいらない」

「スポーツとかやってました?」

「高校のときに柔道を不真面目に」


 当時の担任が顧問の先生で、話の流れで半ば強引に入部させられた。熱意はなかったけど別に嫌でもなかったので、そこそこにやっていた。

 耳にタコができるほどではないし、そんなにめちゃくちゃに鍛えてたわけじゃない。でもそれなりの筋肉はついたので、もったいないから適度な筋トレと運動で今もある程度維持している。

 

「じゃあ擬態はムキムキの柔道少女にしておきます?」

「それで浮かないならいいけど」

「めっちゃ浮きますね。吹けば飛ぶようなかよわい女の子ばっかりです」

「じゃあ僕も吹けば飛ぶような感じで」

「髪型とかのオーダーはありますか?」

「うーん、特にないけどあんまり可愛くても違和感すごそうだし、ボーイッシュな感じがいいかな」

「なるほど。わかりました」


 星野さんは少し考え込んだあとで、ひとつうなずいてから指を鳴らした。

 僕もいい加減わかってきたので、心の準備をしつつまばたきをする。

 

「…………」


 目を開いた僕は鏡の中の、丸刈りになった僕を見て真顔になった。

 困惑と呆れをないまぜにした目を星野さんに向ける。

 星野さんは楽しそうに笑っていた。

 それを見て、僕は不意にその意味を理解した。

 

「……坊イッシュ?」

「大正解!」

「いや、大正解! じゃないよ」

 

 わかった僕も僕だけど、意味がわからなすぎる。

 

「まあ今のはちょっとしたボケです」


 言いながら改めて指を鳴らす。

 

「おお……」


 今度は普通に変身していた。

 ショートの黒髪。身長は160センチ前後。顔もいつもの僕同様とりたてて特徴はないけど不細工ではない、至って普通の造形。服は星野さんと同じ制服。

 

「これ、身長はどうなってるの?」


 減った10センチ分の身長の行方が気になり、頭の上に手をかざしてみる。ちなみに尋ねた声も可愛くなっていた。

 

「小さくてものすごく薄い着ぐるみに無理やり体を押し込んだようなものですね。元の身長では頭をぶつけるような場所でも、その状態ならぶつかりません」

「へえ……」


 小さくなった顔をペタペタ触ってみる。

 自分のものとは思えないような、きめ細やかですべすべした肌だった。

 ものすごく不思議な感覚。本当に女の子みたいだ。

 ……となると、気になるのは下だよな。

 

「……えー、なんというか……下のは当然ついてないみたいだけど、例えば股間を蹴り上げられたりしたときの痛みってどうなるの?」

「それなりの痛みはあると思います。肉体の改造ではないので。元の体であざになっている部分を叩かれても痛いです。歩けない人を歩けるようにすることもできません。逆に、野球選手が華奢な体に擬態して豪速球を投げる、みたいなことはできます」

「なるほど……元の体で起きるはずのことは起きるし、起きないはずのことは起きないと」

「そういうことですね」


 本当に着ぐるみみたいなものなんだな。

 

「服は着替えなくても?」


 もともとは灰色のスウェットを着ていたことを思い出して聞いてみる。


「服は何でも大丈夫です。全部擬態の中に押し込まれるので、どんだけトゲトゲしたりもじゃもじゃしたりしてても問題ありません。なんなら全裸でも」

「いや、全裸はさすがに……」


 30の男が女の子のが女子高生になるだけでも変態的な香りが濃厚なのにしかもその下が全裸とか、もう企図しただけでも重犯罪クラスだと思う。

 星野さんは真顔で首を傾げた。

 

「私はときどきやりますよ。全裸で擬態」

「…………」

「冗談ですからドン引きやめてください!」


 いや、正直星野さんならそれくらいのことはやってのけるんじゃないか、とか一瞬本気で思ってしまった。

 

「こほん、他に質問がなければ早速学校に向かいますけど」

「どういう形で入ることになるの? 転校生とか? あとかばんとか教材とかはどうすればいいわけ?」

「その辺の段取りは全部済んでます。あとはちょろっと校長先生と面談して書類をかけば、晴れて女子高生の仲間入りです」


 晴れてと言っていいかどうかはともかく、昨日の今日なのにやけに根回しがスムーズなんだな。しかも一介の生徒の言い出したことなのに。。

 その辺りの疑問が顔に出ていたのか、星野さんはにやりと笑って親指を立てた。

 

「これでも私、校内ではそれなりの地位があるんですよ?」

「……生徒会長とか?」

「そんな面倒なことしませんよ」

「理事長の娘」

「は友だちです」

「総理の娘」

「違います」

「世界政府の長」

「SFですか」

「……宇宙人?」

「確かに昨日そんなネタありましたけども」


 一六歳、八月九日生まれのしし座流星群の件か。確かに宇宙からやってきたなら突飛な言動も周りへの影響力も納得がいくけど違うらしい。

 

「行けばだいたいわかりますよ。あとでちゃんと説明もします。それを知らないことには私を師とする意味もないんですから」


 ……どういう意味だろう。魔術絡みの話ってことかな?

 まあ、あとで説明するといってるわけだし今ここで無理に聞き出すこともないか。

 

「では、早速行きましょう! おー!」

「お、おー……」


 意気揚々と右手を掲げる星野さんに応じて、僕も一応手を挙げた。

 そして足取り軽やかに玄関に向かう星野さんのあとに、ため息をひとつついてから続いた。

 ……本当、これから一体どうなることやら。

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