第36話 パラドックス
――モフモフモフモフ
小柄な身体に、大きな胸と尻尾、それから可愛らしい顔に狐耳。
今まで通りリナさんとくっつく感触ももちろん良いけれど、今はこのモフモフ感が最高……
「って、抱き合っている場合じゃないんですっ! リナさん、これは非常に不味い事態ですよっ!」
「優ちゃん? ……あ、せやね。早くミウを助けないとっ!」
「ミウちゃんの事もそうですけど、そもそも時間の流れに矛盾が生まれちゃいますよっ!」
「矛盾……って、どういう事?」
僕の言葉に、リナさんがキョトンと小首を傾げたので、手短に説明する。
「さっきリナさんは、夫に会いたくて異世界転生して、過去に来てしまったって言いましたよね? でもリナさんが来た事により、この世界に変化が生じかけている」
「ミウの状態から推測して、このままだと優ちゃんの子供、川村優太が生まれないかもしれないって事?」
「えぇ。でも、その川村優太が居なければ、そもそもリナさんはこの世界へ来ようとは思わないですよね?」
「せ、せやな。夫がウチの世界へ来た事で、今居るこの世界の存在を知った訳やし、そもそもここの世界の存在すら知らんかったと思うわ」
「でも、リナさんがこの世界へ来なければ、川村優太は普通に生まれていたはずですよね?」
「あ、ホンマや……って、何か堂々巡りする事にならへん!?」
頭上にハテナマークがたくさん浮かんで居るかのように、リナさんが何かを考えては、明後日の方向を見つめだす。
これはいわゆる、タイムパラドックスと呼ばれるものではないだろうか。
僕も詳しくはないけれど、既にリナさんが居た時空間とは別の時空間になっていたりだとか、時空間が消滅してしまったりだとか、矛盾を起こす原因となったリナさんが消えてしまうとか……かつて読んだSF小説にそんな事が書かれていた気がする。
もちろん、それらが実際に起こるとは限らない。だけど、起こらないとも限らないんだ。
時空間というか、この世界が消滅するのは困るし、ミウちゃんが僕やリナさんの知らないミウちゃんになってしまうのも嫌だ。明日香と結婚出来るはずなのに出来なくなるかもしれないのも悲しいし、リナさんが消えてしまうというのも避けたい。
正解かどうかは分からないけれど、本来のあるべき状態に戻すには、僕が明日香と元の関係に戻る事が最良のはず。
今、この状況を打破出来るのは、僕しか居ないんだっ!
「リナさん。ミウちゃんの事は、僕が何とかしてみます」
「じゃあ、ウチも行く! ウチだってミウを助けたいし、明日香さんに夜這いをするなら、魔法でいろいろ出来た方が良いやろ?」
「いや、だから夜這いはしませんってば。それよりも、リナさんはミウちゃんの傍に居てあげてください。ミウちゃんが目を覚ました時、誰も居なかったら、きっと悲しむと思うので」
「そっか。ミウもこんな状態やし、優子ちゃんや琴音さんに見せられへんしね。優ちゃん、ミウを……ミウを助けてな」
目を見つめながら大きく頷くと、リナさんも僕を見つめながら頷き返す。
これで昨日とは違って、リナさんが勝手について来ないはず。
ミウちゃんとリナさんを助けるため、僕は自室へ戻り、早速明日香に会う準備をする事にした。
……
「お兄ちゃん、おっはよ……って、珍しいね。お兄ちゃんが起きてるし、しかも着替えまで済ませてるなんて」
明るくなってから明日香のスマホへ会いたいとメッセージを送り、着替えも完璧に済ませて、返事を待っている所へ優子が僕を起こしに来た。
「おはよう、優子。僕だって、早起きくらいするってば」
「えー、珍しい事をして、雪とか降らさないでよー? 自転車通学なんだから、雪とか大変だし。……それより、お兄ちゃん。今日はリナさんとミウちゃんは? 一緒に寝てないの?」
「え!? あ、あぁ。どうやらミウちゃんが体調を崩しているらしくて、リナさんが付きっきりなんだ」
「そうなの!? おかゆか何か作って持って行こうか?」
「い、いや、えーっと、おたふく風邪だって言っていた気がするから、近づかない方が良いんじゃないかな? 確か、優子はおたふく風邪に掛かってないでしょ? 大人になってからの方が辛いらしいよ」
「そう……だっけ? 私おたふく風邪に掛かっていなかった?」
「うん。そうだったと思うよ。おかゆなら僕が作って持って行くから。部活もあるし、移るとマズイから部屋に近づかない方が良いと思うよ」
咄嗟に適当な事を言ってしまったけれど、「そっか。じゃあ悪いけど、お兄ちゃんお願いね」と、優子をリナさんとミウちゃんの部屋から遠ざける事が出来た。
後は、一刻も早く僕が明日香との仲を修復するだけだ。
だって本来の未来は、僕と明日香が結婚して、子供まで授かって幸せな家庭を築いているんだから。
「さて、腹が減っては戦が出来ぬ。明日香と会う前に、しっかり朝ご飯を食べておかないとねー」
明日香に会いたいとメッセージを送るだけ送って、僕は何も考えずに朝食を済ませる。
僕はこの時、リナさんの話を聞いて調子に乗りまくっていたのだった。
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