第15話 火垂《ほた》るのファーザー

 ドゥルキスでは閉店後は主にバックバーを中心に掃除をして、開店前はグラス磨きとおしぼり作り、バックバー以外を中心に遅刻や前日に当欠をしたもの、または小遣いを稼ぎたいキャストとマサムネが掃除をしていた。



「珍しいな氷芽ひめが遅刻での掃除をするなんて」



 閉店時間を過ぎたばかりの『ドゥルキス』では、備え付けてあるTVを付けながら氷芽とマサムネで掃除をしていた。



「ですから、説明した通り不可抗力です。納得行きませんわ」



 氷芽はバックバー内の床をモップ掛けしながら不満げに答える。



「気持ちは分かるが、遅刻は遅刻だからな。特別扱いしてたら他のキャストに示しが付かない」



「デストラがしつこいのです。出勤時にたまたま道で会ってから、車で送る。って、きかなかったのですよ」



 マサムネはバックバーの端に置いてあるゴミ箱から、袋を取り出す縛ると氷芽の方を向いた。



「免許取ったばかりの男にあるあるネタだ。カボチャの馬車の方が良かったか? 氷芽も遠慮せず送ってもらえば良かったじゃないか? ジャックランタンだから道案内は得意だろ。逆に早く付くんじゃないか」



「嫌ですわ。何故、私が借りを作らなければ行けないのですか」



 氷芽はモップ掛けを終えると、カウンター席に座ってドロップを舐めながら、珍しく本来の座敷わらしに相応しい、おはじきで遊んでいた四季に台拭きを渡した。



「四季、悪いけどこれで軽く拭いてくれる」



 四季は受け取るとカウンターを綺麗に拭き始めた。



(緊急速報をお伝えします。ただ今、入ってきた緊急速報をお伝えします)



「なんだ? こんな時間に」


 マサムネと氷芽はTVに目をやると通販ショッピングから、画面は切り替わっており、スーツを着た男性が慌てたように原稿を読み始めていた。



(午前未明に12月~ 2月まで王都タケルメノで、街中の水道管を凍結させた挙げ句、交通網を麻痺させた疑いで服役中でした、冬将軍こと『ソレシア』容疑者が脱走した模様。情報は錯綜しておりいまだソレシア容疑者の足取りは掴めておりません。えー繰り返します。冬将軍こと『ソレシア』容疑者が脱走した模様、ソレシア容疑者は脱走の際に拳銃を盗み所持しているとの情報も入っており、近隣の住民の方は鍵を閉め戸締まりを再確認してください)



「冬将軍かぁ。顔写真見ても、まんまマフィアのボスだな。 国外逃亡とかしてるだろ」



「冬将軍。格好良いですよね。凄いクールで渋みがあって危険な香りというか、『冬将軍』って、響きが私と同じ匂いを感じますわ」



 氷芽は透き通る様に白い肌を少し赤らめていた。



「なんだ。ファザコンのオジサン趣味か?」



 カウンターを拭き終わった四季から台拭きを受け取ると、氷芽はマサムネを睨んだ。



「四季、ありがとう。マサムネ。ただのオジサンは興味ないですが、冬将軍は酸いも甘いも知っているような大人の魅力と色気がありますわ。そういう男性はオジサンでも若い女の子から人気がありますのよ」



「ふ~ん。そんなもんかね。ってか、マサムネじゃなくて店長だ。そういえば閉店時に鍵閉めたっけかな? 一応、氷芽見てきてくれ」



 氷芽がドアまで近付くと、突然ドアが開き、雪と風が一気にドゥルキス内に入り込んだ。



「失礼する、怪しいものではない。少し休ませてはくれんか?」



 黒のロングコートに黒のハットをして赤いマフラーを結ばずに、首から垂らしおまけに夜にも関わらずサングラスとマスクまでした男が銃を構えながら入ってきた。



「いやいや。その格好で銃を構えながら怪しいものではない。って、無理があるでしょ」



 マサムネは及び腰になりながらも、男との距離を詰めていった。



「サングラスもマスクも外して、銃は預けよう。受け取ってくれ」



 男は銃を投げると、マサムネは慌てふためきながらも何とかキャッチするとカウンターに置いた。四季は誰にも見付からないように銃を自分の服に隠した。



「もう何でも良いから、早くドア閉めて下さい。風と雪が凄い」



 男はドアを閉めると、ゆっくりと様子を伺うように、カウンター席まで移動しては、四季の隣に座った。




「申し訳ない。力を抜いたので雪も風も収まったはずだ。お嬢ちゃんにも、この店にも迷惑は掛けないから、少しだけで良い。休ませてくれ」



 男は隣に座っている四季の頭を優しく撫でた。



「なんや。オッチャン。どっかで見たことあるなぁ。何処から来たんじゃワレ?」



 四季は覚えたての間違っているであろう方言で質問した。男は面食らったものの優しく微笑んだ。



「元気の良いおかっぱ頭のお嬢ちゃんだ。隠しても仕方あるまい。数百年前には攻め込んできた兵士を大量に凍死させ、この国をも守ったもののいつしか力が強大過ぎて嫌われてしまった。冬将軍こと『ソレシア』だ」



 マサムネと氷芽は目を合わせた。四季はドロップ缶を振り、新しくドロップを取り出そうとしていたが、数が少なくなっているのか取り出すのに苦労していた。ようやくドロップを取り出し口に投げ込むとその場で立ち上がりソレシアを見下ろした。



「自分から何を自虐的に自慢しとんねん。ここで生きていたけりゃ、全知全能にして百鬼夜行を束ね森羅万象をも無に帰す事が出来る、この四季の言うことを聞け」



 マサムネは咄嗟にカウンター越しから四季を座らし口を塞ぐと、ソレシアを横目で見た。



「ハハハ。子どもの言うことって面白いですよねぇ。私は店長をしております。『マサムネ』と申します」


「私は『氷芽』と申します。そうだ! ソレシアさん。何か飲みませんか?」



 ソレシアは四季の言葉に怒る様子もなく、氷芽を見るとはにかんだ笑顔を見せた。



「四季ちゃんは良い目をしている。氷芽ちゃん。恥ずかしながら私は金は持ってないぞ」



「大丈夫ですわ。まぁ。お店からの奢りって事で」



 ウインクまでおまけしている氷芽にマサムネに耳打ちをした。



(逃亡犯に奢って良いのかよ?)


(だって。見ました? ソレシアさんの、はにかんだ笑顔? 大の大人が、あんな少年の様な笑顔をするなんて可愛すぎですわ)



「では、お言葉に甘えて。私は『ゴッドファーザー』を頂こうか?」



(ほら、見たまんまだよ。氷芽、騙されんな! お前売られちゃうぞ)



 氷芽はマサムネの言葉を無視すると、四季の為にミルクをレンジで温めてる間にゴッドファーザーを作り出し、ソレシアの前に置いた。



「どうぞ、ゴッドファーザーです。四季にはホッとミルクね。私はスパークリングで、店長は車だから水ね」



 四季はカップを持つと、ソレシアのグラスと乾杯を求めた。



「ソレシア。人がどんな仕事をしていようが、私にはどうでもいいことさ。これも何かの縁だ。ふっ。安心してくれ、グラスには血は入っていない。今日という日を楽しんでいってくれ」



『プロージット』



「四季、映画の見すぎだ! キャラをコロコロ変えるな。分かりづらい」



 ソレシアは乾杯をすると、ゴッドファーザーを口に含み味を噛み締めていた。



「久しぶりの酒は美味いな。この店に入って正解だったな」



 マサムネは愛想笑いをすると、ホットミルクを飲んでいた四季は、味を変えたかったのか、ミルクをドロップ缶に注ぎ込むと両手で振り数回繰り返すとドロップ缶に口を付けた。



「四季。多分だけど、ミルクの味は不味くなりますわよ」



 四季はドロップ缶のミルクを飲み干すと不満げに、ドロップ缶を見つめてから、カウンターに置いた。



「なんや、思うてたのとちゃうなー。ワシは遊びで忙しいので、あんさんは用済みや」



 そう言うと四季はドロップ缶をカウンター越しからゴミ箱に投げ入れ、服の下に隠していたソレシアの銃を取り出すと銃の先を舐めるような仕草をした。



「四季。それドロップ違うし、おはじきでもなく、『ハジキ』や! どんだけ、突っ込ませるんだよ。めんどくせーな」



 ソレシアは涙を目に浮かべ、腹を抱えて無邪気に笑っていると、それを見つめる氷芽は完全に頬を紅潮させて潤んだ目をしていた。

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