第38話 既成事実的な何かかな?

「で、どうなのかな?」


「それはもう、絶好調でございますよ! 正直、余裕過ぎて寝まくりですよ」


「へぇ……」


「……い、いや、そんなこともないかな、うん」


 俺はそうでもないが花ちゃんは勝負ごとには真剣だ。そして俺に負けたくないという想いがすごい。いよいよという程でもないが、明日は料理対決である。味の採点は華乃ちゃんのみというのが盛り上がりに欠ける所ではあるけど、只者では無い妹さんだから心配はしていない。


「まぁいいけど。じゃっ、行こうか!」


「ど、どこに」


「土いじりだけど? あ、パパもいるよ」


 はて、どちらのパパだろうか。俺にも花ちゃんにもパパが二人いるわけだが、親父と呼ぶのが一人。パパさんと呼んでいいのか悩む人が一人いる。二分の一だが、土いじりならば恐らく料理人パパの方だろう。


「パパは俺の事、何か言ってるかな?」


「楽しみだ! だって。良かったね、高久」


「お、おぉぉ……」


 分からん! 何でこうも肝心な部分は言ってくれないのか。そこがこの子の悪い所だ。思わずお仕置きという名の説教をしたくなるぞ。


「花ちゃん! キミってどうしてそうなんだ? 言葉には主語というモノがあって、だから何と言うか……もう少し分かりやすく言ってくれよ。パパってどこの誰の事だよ!」


「ど、どうしてそんなに怒るの……怖いよ。高久って、どうしてわたしをいじめるの? 嫌いなの? グスッ……」


 えええええ!? 何で泣くの!? 俺そんなにひどい事言ったか? 怖くないのに。


「えっと……ボクは怖くないんだヨ? だ、だから泣かないでよ」


「ホントに? 怖くないなら、わたしのパパに無言のままで笑顔を見せつけて」


 へ? 花ちゃんのパパに笑顔を見せるだけでいいのか? というか、やはり料理人のパパさんじゃないか。初めからそう言ってくれよ。全く、しょうのない子だな。


 そして俺と花ちゃんは料理屋に来た。


「おー! 高久君か。よく来たね」


「……(にこっ)」


「――! そうか、やはり決めてくれたか」


 え? 何が? 


「うんうん、だからパパは安心していいからね。わたしもいるし、きっと上手く行くよ」


「ああそうだな。ゆかちゃんが俺の娘で良かったよ。ありがとう、高久君!」


「はい? 何でしょうか?」


「高久、パパが車を前に持ってくるからここで待ってて」


「あ、うん……」


 だから何が!? 俺の笑顔は何かの合図か返事なのか? 嫌な予感しかしないが……でも花ちゃんが泣き止んだから良しとしよう。好きな子は泣かせたら駄目って、どこかの親父が言ってたしな。


「うんうん、これで高久は……わたしのモノだよ」


「え? 何が?」


「んーん? 何でもないよ……」


 一体何だったのか分からないまま、俺と花ちゃんはパパさんの車に乗せられて郊外の農場にお邪魔していた。車の中では俺は助手席、花ちゃんは後部座席に座っていた。


「ところで高久君は、最近娘のことを花ちゃんと呼んでいるようだね?」


「はぁ、まぁ……そうしろと本人に言われましたので」


「それは恐らく彼女の命令だろう。どこで見張られているか分からないからね。でもここでは、前みたく呼んで構わない。俺が許すよ。キミはもう家族だからね」


 んん? 何か今さらっと家族とか言ってたが、それはどっちの家族の話なのだろうか。あの無言の笑顔は……ま、まさかな。今は深く考えないようにしとこう。


「たかくーん! 早くおいでよーこっちだよっ!」


「おー! ゆかりん、行くよ!」


 料理人のパパさんといる時は、ゆかりなさんとゆかりんと呼んでいいらしい。彼女は普段から呼び捨てオンリーだったが、ここにきて甘えまくりである。


 何ですか、萌え死にさせるおつもりですか? 明日には料理対決ですよ? 最後の晩餐ですか? ならば俺も俺という自我を解放してやろう。そして俺に対してキュンキュンさせてやろうじゃないか! ふはは!


「ねえ、そこの大根を引っ張ってくれるー?」


「はいはい、喜んで!」


 まぁ、そんなに甘くない。ここぞとばかりにこき使われているというのが俺ですよ。パパさんは料理に使うための良さげな野菜たちを、目を光らせつつ歩き回りながら品定め中だ。しかし俺とゆかりなさんと来たら……傍目には、いちゃいちゃしているように見えるただの子供です。


「たかくーん、じゃがいもを引っ張って~! おねがーい」


「イエス!」


 何てことは無い。いくら運動が苦手でもさすがにそれくらいは出来る。それに俺は密かに決心をしていた。それはゆかりなさんとの遊園地デートを終えた時からだった。


 たかがジェットコースターで記憶を失うとは情けなさ過ぎた。せめて体力をつけてゆかりなさんに見合う……いや、満足させるような男にならねばならないと思った。


「あはっ、たかくんのほっぺたに土が付きまくり! 可愛いね」


 お前の方が可愛いに決まってるだろうが! と、叫ぶ勇気はない。無いが、同じく土に触れていたゆかりなさんの頬や額には、汗と共に土が付きまくっていた。


「ゆかりん、少し動き止めて」


「んー? どうしたの――っ!?」


 無意識に手が動いていた。綺麗な顔が土で汚れていたので、優しく触れながら土を落とそうとしていただけだったのに……その手の動きに彼女は、何故か顔を真っ赤にしながら俺の眼を真っ直ぐに見つめていた。


「たかくん……」


「――え」


 こ、この真っ直ぐな瞳と吸い込まれるような可愛くて小さな唇は、俺のキスを待っておられる!? しかし、ここは他人様の農場でなおかつパパさんも近くにいて、誰かは見ている状況。どどどどどうすればいいんだあああ!


「……」


 あぁ、無言の圧力が……いや、確定が来ました。よ、よし、今度は不意打ちじゃなくて相手がお待ちになっておられるキスだ。行ってやろうじゃないか! 


「――ゆかりな」

「んんっ――」


 ここまでは良かった。望まれるままに口づけをするまでは。


「おーい、高久君とゆかちゃん、いい野菜が……なるほど。やはりそういう関係にまでなってたか」


「ゆかりな、大好きだ。俺、お前のことが……」

「ん、わたしも好き。大好き……」


「よし、そこまでにしとこうか。ませガキども! ここは農場だぞ。いくら俺が優しいからって、それは感心しないな。農場の皆さんも迷惑かかってるぞ?」


「あっ! ああぁぁぁ……」

「パパ……ごめんね。でも、よく理解したでしょ?」


「した。十分すぎるほどにな」


 おや? 何ですか、この会話は。まさかと思うが仕組まれたのか? いやいやいや、しかしあの雰囲気はどう考えても、キスしちゃいなよ! 的な雰囲気だったよね? こ、この親子はもしや……既成事実を?


「よし、そろそろ戻るとしようか。高久君、今日の事は俺はあいつには言わないよ? 俺とゆかちゃんと、キミだけが知っていることだ。だからそんなに怯えなくてもいい」


「まるで野ウサギみたいに小刻みに震えてるよ? だ、だいじょぶ?」


「はぃ……」


 あーあー……やっちまったな。親の見ている前でキスはあかん。雰囲気に押し流されまくりとは情けない。でもあんな雰囲気とか、うるうるな瞳は反則以外の何物でもないわけで。


 ゆかりなさんのことは好きだ。これは全俺が認めている。認めているが、何だろうか。まだ何一つ、俺は頑張っていない気がしている。彼女が初期の頃に言っていた、成長したら~的なレベルには達していないのだ。


 このまま好き同士で深め合って、そのまま……という結論にまではどうにも納得出来ない俺がいる。しかしもはや、俺にはゆかりなさん以外の子を好きになるという気持ちが芽生えない。いいのか? このまま突き進んでもいいのか?


「いいよ」


「ほえ?」


「聞いてなかったの? だから高久は駄目な奴なんだよなぁ……はぁぁ」


 おろ、戻ってらっしゃる。気付けばすでに車内にいて、しかも後部座席で隣合わせだ。


「だから……明日の勝負が終わったら、わたしのことを好きにしていいよ?」


「す、好きに!?」


「こらこら、そういうのは親がいないとこで言うもんだぞ。全くしょうがないな、ゆかちゃんは」


「ごめんね、パパ」


 あれ? 聞いてなかったのは事実だが、どういうこと!? 好きにしていい? アンビリバボー!?

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