第9話 本音と嘘と本音?

 休日でも俺とゆかりなさんはラブラブだ! 人通りの多い街を練り歩き、その仲良し具合を人に見せつけて、俺の妹……いや、俺のゆかりなさんを見せつけてやるのだ!


「その変態ポジティブ思考、マジうざいから考えるのやめてよ」


「え? 頭の中とか心の中が読めるのですかい!? 怖いじゃないか」


「そこの君、ちょ~っといいかな?」


「待てぇい! ゆかりなさんに用があるなら俺の許可が必要だ。まずは俺に話を……」


「はい、わたしに何の用ですか?」


「えええー……俺のいる意味なくね?」


「高久くんが近くにいるだけでいいの。許可とかそういうの、どうでもいいし」


 俺の時と違うじゃないか。重みっていうか、俺はゆかりなさんに許可をいちいち求めないと何も出来ないっていうのに。なんすかその違い? あんまりじゃないか。せっかく前よりもいい感じの体つきになってんのに。


「言葉の意味も理解してないようじゃ、まだまだってことなのかな。残念」


「仲良しな所ゴメンね、ボク、こういう者なんだけどぉ、興味あったら連絡してね。それじゃあ、待ってるよお」


 怪しげな野郎は名刺を渡して去っていった。いかにも胡散臭いぞ。そんな名刺は兄らしくバっと取り上げてビリビリと破いてしまおう。


「こらっ、ゆかりなさん! その名刺を俺に渡しなさい!」


「やめてくれる? マジでうざい」


「いやっ、ぼ、ぼくは君の為を思って……」


「これマジな奴だし。これって、スカウトだよ! わたし、可愛いんだ? ねえ、そうなの?」


「やばいくらい可愛いですよ! 俺が認めるよ!」


「範囲狭すぎでしょ。まぁ、一人のザコでもそう思ってるならそうなのかな」


 雑魚ってなんだよ。くそー可愛いからって日に日に生意気度が上がりおって……どうしてくれよう。こっそりと名刺を見つめてみたら、どこかで聞いたようなモデル事務所じゃありませんか。


「興味あるんだよね~話だけでも聞きに行こうかな? 高久くんはどう思う?」


「そ、それはまずいぞ。ゆかりなさんが遠くの存在になってしまったら、俺が傍にいられなくなって、しまいには彼氏が出来て週刊誌にあんなことやこんなことが書かれてしまって、某お兄さんはどう思われますか? とか聞かれまくるモテモテな日々が繰り返されるじゃないか! それは駄目だ。ゆかりなさんは俺の手元にいないとつまらんぞ。俺のゆかりなさんは俺だけの妹なんだ。駄目だ駄目だ」


「っていうか、全部口に出してるって気付いてる? 俺の手元って、わたしそんなに小さくないんですけど? って、気付いてる? あー妄想モード入っちゃったんだ……」


「高久くん……わたしのこと、好き? なんて言われたら地中に穴を掘って地底都市に家を建てたいぞ!」


「……好き?」


 俺が妄想の世界を駆け巡っている間に、リアルでは心ときめくワードが俺の耳に届いていたらしい。聞こえなかったというのは言い訳に過ぎないが、もう一度聞き直してみる。そして俺の中限定でキュンキュンしてみたい。


「え、えっと……何かな? ゆかりなさん」


「高久くんは、わたしのことが好きなの?」


 はい、頂きました。これは何と表現すればいいのですか。胸がやばいですね。あああああ……いや、真面目に考えろ俺。どういう意味なんだ? 兄弟愛というやつか? 


 それともいわゆる恋愛系なのか。そ、それとも?


「えと、ど、どういう方向の……」


「――分かっているはずだよ?」


 マジな奴だ。やべえよ。答えていいのか? 俺が真面目に答えた所で世界情勢はよくならないんですよ? このまま流れに身を任せて、アレですか? 


「ゆかりなさんの、す……き焼きがいいな。俺、家に電話して来る」


「ここで電話すれば? 何でわざわざわたしと距離を取るの? お母さんにやましいことでも告白するつもりがあるわけ?」


「恥ずかしいお年頃でして、えへへ」


「きも……早くあっちへ行け!」


 ですよね。ええ、分かってますよ。キモイとかウザいとかあれだけ言う妹さんが、俺のことを好きなわけがないんだ。分かってるよ。俺が……キミへの気持ちを言った所で叶わないんだ。


 ゆかりなさんのことが好きだ。だけど俺はまだ、ゆかりなさんに釣り合わない。君に気持ちを聞かれている内は駄目ってことくらい、俺でもわかる。


「あ、もしもしもし……俺だよ、俺! すみません、切らないで! いや、えっとすき焼きが食べたいので、はい、はい……ゆかりなさんと食材を買って行きますので、準備をよろしくお願いします」


 今どきそんな電話の掛け方する奴なんていないんだが、やはり頭に来るらしい。それはともかく、すき焼きは真面目に食べよう。問題は、明らかにむかついていらっしゃる妹さんにどう答えるべきか。


「遅い! お母さんに何話したの? 愛の告白でもしてたとかだったら応援したけど」


「ないわー。一応、親父の奥様ですよ? ボクがそんな裏切りをするわけがないじゃないですかー」


「あっそ。で、キミの答えを聞かせてくれる?」


「今夜はすき焼きです。これからスーパーへ直行ですよ」


「じゃなくて、言え! しばくぞ?」


「くっ……お前はどうなんだよ? ゆかりなさんは俺に告られて、どうなるつもりなんだよ? 俺の妄想のままに理想の彼女になってくれるっていうのか?」


 ど、どうだ? 俺の精いっぱいの反撃だ。マジで怖いデス。たまには本音をぶつけることもあるんだぜ? 言いたいけど言えない兄の気持ちに気付いてくれよ。俺のことを想うなら。


「なるよ。ううん、それが高久くんの望みでしょ? あなたの望む彼女になってあげる。好きってこと、バレバレだしね。でしょ?」


「ちげーし……俺は、理想とかそんなのは必要ない。まだ足りないだけだ。だから、もうそういう引っ掻けとかやめろよ。後戻りできなくなるだろ」


「……ん、分かった。高久くん、ごめんね」


「先に歩くぞ。置いて行かない距離で前を歩くから付いて来いよ?」


「うん」


 久々に真面目になってみた。案外、素直になってくれたんだな。そうか、真面目になればしおらしくなっていただけるんだな。いやー良かったよかった。


 ゆかりなさんが泣いてしまったら大変な目に遭うことになるのは確実だった。


「……バカ。意気地なし。そうやってふざけのない高久くんの割合が増えて行けば、わたしからもう一度言うのに。ふざけた兄妹関係を続けているうちが幸せ、なのかな?」


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