第33話 本当のお盆

 実家の玄関の前で、みんなで写真を撮った。

 三脚に載せたF3に景都がセルフタイマーをセットする。

 なぜか俺は真ん中に据えられた。

 景都と七海が両側から俺の腕を取る。

「和君、ハーレムだね」

 七海が言った。


 今日でお盆休みが終わる。


 写真を撮ったあとで、俺は荷物をミニの荷台に積み込んだ。

 母がもっていけとうるさい野菜やら土産が多くて、積み込みも一苦労だ。


「景都ちゃん、杏奈さん、またいつでも来なさい」

 母が二人の肩を抱いた。

「はい、ありがとうございます」

 二人が母と抱き合う。

 母は、孫を見るような目で二人を見ている。


「そうだよ、二人ともいつでも来て。和臣に運転させれば、普通の土日でも来られるでしょ。こき使っていいから」

 姉貴の奴、俺をなんだと思ってるんだ。


「景都ちゃん、また連絡するね」

 すっかり仲良くなっている景都と七海が両手を取り合った。

 景都はここに来たばかりの時より少し焼けていて、七海の肌の色に近付いたかもしれない。


「私がそっちに行くときはよろしくね。私は和君の部屋を借りるから、そのとき和君はソファーで寝てよね」

 七海が言う。

 親子そろって、俺をなんだと思ってるんだ。


「あんたも、体に気をつけて頑張りなさい」

 母が俺についでみたいに言う。

「早く恋人見付けなさいよ」

 姉が余計なことを言った。

「ああ」

 俺はそう答えて車に乗り込む。


 母や七海がいつまでも二人を放さないから、クラクションを鳴らして追い立てた。

 二人が名残惜しそうに車に乗る。

 景都が助手席に座って、杏奈さんのが後席に納まった。


「バイバイ!」

「さようなら!」

 俺が車を発進させると、景都と杏奈さんが車から体を乗り出して手を振る。

 見送る三人も、バックミラーから消えるまで、いつまでも手を振っていた。

 やがて通りを曲がって、三人が見えなくなる。

 それでも腕を振っていた景都が、諦めてようやく車の中に腕を引っ込めた。



「師匠、ありがとうございました」

 運転する俺に、景都が改まって言う。

「夏休みの思い出ができました。写真も一杯撮れましたし」

 F3を掲げて、嬉しそうな景都。

 景都のバッグには、撮影済みのフィルムがたくさん詰まっている。


「うん、どういたしまして」

 勢いでしてしまったけれど、喜んでもらえて良かった。


「お姉ちゃんも、お仕事はかどったよね」

 景都が訊くと、後席の杏奈さんが、ルームミラーの中でコクリと頷く。


 杏奈さんの仕事の邪魔をしたんじゃないかって、それだけが気掛かりだったけれど、それも何よりだ。



 カーラジオやナビの渋滞情報が、高速道路の絶望的な渋滞を告げていたから、下道を行くことにする。

 途中、道の駅に寄ったり、見晴らしのいい山道の駐車場で休憩したり、最後の最後までお盆休みを楽しんだ。


「師匠、マンションに帰る前に、一カ所、寄ってもらいたいところがあるんですけど、いいですか?」 

「うん、いいけれど……」

 ここにまで来て、どこに行きたいっていうんだろう?

「お盆なので、父と母にも会っていこうと思って」

 そうだ、お盆って、本来そういうものだ。



 二人のご両親が眠る墓は、マンションから一時間ほどのところにある静かな霊園の中にあった。

 そこに着いた頃には、もう、日が暮れようとしていて、墓石にオレンジの光が当たっている。

 お盆休みだったから、どこの墓も綺麗に掃除されて、新しい花が供えられていた。

 まだ、そこここから線香の煙が立ち上っている。



 景都と杏奈さんのご両親が眠る墓は、先祖代々の墓ではなくて、比較的新しい黒御影石の墓だった。

「父と母は、両親の反対を押し切って結婚したそうなので……」

 景都が、言いにくそうに言う。

 なるほど、景都と杏奈さんが親戚と疎遠そえんで、お盆にも行き来する気配がないのは、そんな事情が関係してるんだろうか。


 景都と杏奈さんが丁寧に墓を掃除して、途中で買った花を供えた。

 杏奈さんが、火をつけた線香を俺にも分けてくれる。


 俺なんかがお参りをしていいのか?

 俺みたいな男が一緒に生活していることを、ご両親は草葉くさばかげでどう思ってるんだろう?

 そんなことを考えないでもなかった。


 そんなことを考えながら、線香を供える。



 墓の前に並んで、静かに手を合わせる二人。

 夕日の中で祈る二人の後ろ姿は、楚々そそとしていた。

 蒸し蒸しした辺りの湿気が抜けて、空気が澄んだ気がする。

 辺りを包むひぐらしの声がその光景に似合っていた。


 俺も二人の後ろで手を合わせる。

 微力だけれど、俺も二人のことを見守ります、と、その墓の前で約束した。



 祈りの時間は、五分くらい続いただろうか。

「師匠、父も母も、景都と杏奈をよろしくお願いします、って言ってますよ」

 景都が言った。


「特に、景都の写真の腕が上がるように、これからも撮影に付き合ってやってくれと言ってます」

 随分、ピンポイントな要請をするご両親だ。


 これから帰って支度をするのも大変だから、夕飯は、外で食べていくことにした。

 俺がおごるから寿司でもなんでもいいというのに、結局、杏奈さんのリクエストでファミリーレストランに行くことになった。


「お姉ちゃんは、お寿司を喜ばない女なので」

 景都が笑いながら言う。


 当然、杏奈さんがハンバーグを選んで、景都もそれに従った。

 俺も、杏奈さんにならってハンバーグを食べる。


 今年のお盆休みは、そんなふうに終わった。

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