第8話

 私は視界に空母を捉えていたが状況はあまり良くなかった。

 

 エンジンの音が途切れる瞬間があり、操縦桿も重い。まだ距離があるが海上に浮かぶ空母は普段離着艦する正規空母ではなく一回り小さい護衛空母で、遠くから見ても全長が全幅より明らかに長い正規空母より航空機が離着艦する船体上部のほぼ全てを占める航空甲板が短く、艦上戦闘機などの小型機でないと離着艦が難しいのは明らかであった。ただ、空母で運用することが前提の艦上機は陸上で運用される航空機と違って機体の尾部に着艦フックという鉤爪が用意されており、これを空母が着艦時に何本か用意してくれるワイヤーに引っ掛けることで機体を止めることができる。だが、空母への着艦は航空機の操縦の中でも難しい着陸以上に困難なもので、慣れているパイロットですらやり直しや機体を損傷させることのある危険なものだ。

 普段なら着艦できないと判断したらやり直すこともできるが、今回はエンジンの状態からして二度目はない。今まで問題なく飛行してきたのだから、エンジンの不調は損傷や故障ではなく燃料が尽きかけているのだろう。なんとしても成功させなければ。

 

 疲れて集中力が切れかけているのをなんとかこらえて護衛空母を見る。

 はっきりと空母の様子が見えるようになり、飛行甲板の側面に付いた無数の対空機関砲や護衛空母の数少ない構造物である艦橋、こちらの着艦のサポートをしてくれる着艦支援員がもう少し機体を右側に寄せるよう指示しているのが見える。

 これでも必死に操作しているのだが。

 墜落寸前の機体の高度を維持しつつ空母の後ろを飛行していたが細かい操作はほとんどできない状況で、手応えがなかったのも忘れて水平尾翼の操作ペダルを何度も踏んでいた。

 結局、右に寄せろという指示を満たせないまま、護衛空母の飛行甲板に着艦すべく格納されていた車輪と着艦用フックを出す。

 あとは運頼みの一発勝負。着艦訓練で何度かやり直したことはあるが初回の着艦訓練は一発で成功させた経験がある。今回も出来る限りのことはした。


 車輪が飛行甲板に着いた直後に視点が低くなる。丁寧に着艦させたつもりだったが、車輪を支える主脚が折れたらしい。これで完全にやり直しは不可能になったが、直後に着艦フックがワイヤーを捉えた衝撃が伝わり、機体は護衛空母の中央付近で停止した。


 疲れていたが、まだやるべきことがある。

 壊れたキャノピーを開けて飛行甲板に降り立つと、こちらに消化班や救護班が走ってくるのが見える。彼らは私が負傷しているのを見てケガの状態を聞いてきたが、それよりも後ろにいる仲間を助けてほしいと伝えて振り返る。

 

 私より年上のナビゲーターは左肩に弾を受けたらしく、右手で傷口を押さえながら荒い息遣いで痛みを堪えている。年下の機銃手は血まみれで力なく動かない。

 機銃手は空戦が終わった時点で手遅れなのが明らかなほど弾を受けていた。

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