第50話
十六.[後片附け]
アオイはガバッと跳ね起きた。壁の掛け時計を見た。見るまでもなく、窓から差し込む陽の感じで分かったが。
「げっ! 昼近い」
ユタはどうして起こしてくれなかったんだ––。バタバタと支度して、慌てふためき部屋を飛び出した。お廟の入り口でアヅハナウラとタパタイラにばったり会った。丁度外出から戻ってきた処だった。アオイは慌ててアヅハナウラにお礼を言った。
「さっきはすみませんでした。ありがとうございました」
アヅハナウラは微かに笑みを浮かべて「いや」と答えた。「気にすることはない」戦場では鷹のように鋭く見えたが、今は穏和な目をしていた。
「ホントにすみませんでした。今は急いでいるので––」
タパタイラが問いかけた。「どうしてそんなに慌てているのかね」
「眠ってしまって……。後片付けに行かなきゃいけないのに」
タパタイラは笑みを含み優しく言った。「それならユタが代わりに行ったと聞いておる」
「え? あいつが」
「然様。それに後片付けは午前か午後のどちらか行けばよい。慌てずとも大丈夫じゃ」
「そうなんですか……」それでも急いだ方が良い。自分の代わりにユタに穴掘りをさせるのは可哀想だった。いくらしっかりしていてもまだ子供。「とにかく、行ってきます」
タパとアヅハナウラに何度も頭を下げ、お廟を飛び出した。
●
昨夜の戦場は明るい太陽の下で、すっかり様変わりしていた。外壁の内側。天幕が幾つも張られ、その下で飲み物や軽い食事がふるまわれていた。畑の中に大きな穴が幾つも掘られていた。ユタの姿を捜したが、見つけられず壁の外へ向かった。
門をくぐると、一面に黒こげの屍体が転がっていた。壁沿いにやはり天幕が幾つも張られていて、その下にリリナネの姿を見つけた。一番手前の天幕の下で女の人たちと話していた。アオイが声をかけるより早く、彼女は気附いた。
「あら。もう大丈夫なの?」
「はい。すみません」今ではどうしてあれほど眠かったのか不思議なほど頭がハッキリしていた。「眠ったらスッキリしたみたいです。ユタは?」
「向こうで土運びを手伝ってるわ」
「分かりました」
駆け出そうとすると呼び止められた。
「あ、ちょっと待って。無理しない方がいいわよ」
「え?」
「分かってないみたいだけど呪文の後遺症なの」
「へ?」
「マタトア。きっと君は初めてだったのよ」
「え?」
「免疫がないと、後でドッとしわ寄せが来るの。だるくなったり眠くなったり」
「そうなんですか……」
「今日は無理しないでゆっくりしてた方がいいよ」
「はい……」
はいと答えたものの、ゆっくりしてようとは思わなかった。ユタの姿を捜して歩いた。方々で男達が畑を掘り返し、土を台車で運んでいた。屍体はまとめて牛車で運んでいた。
歩きながら考えた。あの呪文は麻薬みたいなモノか……、カクセイ……ザイとかコカ……、コカ何だっけ……、コラ、ん⁇ コカコ……⁇ 聞き憶えがあるけど違うな……。何だっけ……? 最近は言葉もあまり思い出せなくなっていた。記憶が戻るのか不安になる。徐々に思い出すなら話は分かるが、徐々に忘れていってしまっている。
同様に話言葉も、古めかしいと感じていた話言葉が当たり前に感じるようになっていた。どころか。実はずっと以前から気附いていたが、自分の話言葉も相手に会わせて変わってきていた。
何でだろう、と思うところで、なにゆえ、等と頭に浮かび、少なからず慌てた。なにゆえなんて言ってたか? と首を捻った。お礼を言うところで「かたじけない」と言いそうになり、慌てて「ありがとうございます」と言い換えていた。実際「かたじけない」などと言う人は見たことない。
しかしながら、これは不思議でも何でもない。相手が時代劇風の話言葉だから、時代劇風の受け答えが自然出てくるのである。
「アオイさまー」
ユタが台車を押しながら手をふっていた。台車の上には土が山盛りになっている。重そうに少しふらついていた。アオイは慌てて駆け寄り、台車の手を取った。
「どうして起こさなかったんだ?」
「えへへ」ユタは照れ笑いを浮かべた。「だってお疲れでしたから」
「もう大丈夫だから。お前は帰って休め」
「うん。でも、僕だって少しは役に立たないと」
「普段あれほど一生懸命働いてて何言ってんだ。もう休め。俺が交代するから」
「うん。アオイさまはもう平気なの?」
「ああ。寝かせて貰ったおかげでスッキリしたよ」
「そう。良かった。じゃあ、僕は飲み物を貰って休憩してから帰るね」
「ああ。あっちにリリナネがいたから」
「うん。じゃあね。アオイさま。無理しないでね」
「ああ」
立ち去ろうとしたユタを呼び止めた。礼を言った。「ユタ。ありがとうな」
ユタは嬉しそうに照れ笑いを浮かべ、駆けて行った。
●
その後、アオイは男達に混じって土運びをし、穴掘りをした。おじさん達は気さくに話しかけてきて、昨夜の労をねぎらった。名前を訊かれ「アオイセナです」と答えると、皆一様に目を丸くして「あんたかい」と驚いていた。中に数人の武人がいて、その活躍ぶりを大仰に褒めた。ツバクロ殿というあだ名が附いたみたいだった。
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