第38話


 門を抜けると、そこは戦場だった。聞いていたとおり農地が広がっている。家々もある。灯火の術をかけた槍があちこちの地面に突き立てられ、戦場を照らしていた。切り結ぶ小鬼族と槍の騎兵。方々に。


 冷静になれ。自分に言い聞かせた。手柄を焦る気持ちはない。目的は人々を護ること。先ずは––。先ずは仲間を捜すことだと思った。リリナネとカタジニ。そしてイオワニ。


 風が強く空が鳴っていた。その風の底を駆ける騎馬、切り結ぶ人と蠻族。青白い灯火に照らされた、戦場には似つかわしくない幻想的な空間。家々が闇の中に沈んでいるが、住民はすでに避難して一人も残っていないようだった。その時、闇の中から小さな黒い影が躍りかかってきた。


 戦靴の鉄の歯で地を捉え、身を翻して斧をかわした。引いた足で地を蹴り逆回転、斬馬刀を繰り出した。切っ先は深々と敵に突き刺さった。ビクビクと痙攣している小鬼族を引き倒して鉾身を抜いた。


 側に二騎の兵が駆け寄った。馬上の武人は言った。声の感じは若かったが、二人とも鎖頭巾で顔は分からなかった。


「見かけぬ剣士、貴殿は?」

「アオイセナです。タイラ様の廟堂の」

「ツフガの剣士か。ミチモリ様より聞いている。よろしく頼む。我はオニマルサザキベ(王仁丸・雀部)。この区画の住民はすでに避難している。防壁の外には敵が押し寄せている。リリナネ様が頼みの綱だ。リリナネ様を門の外へ」

「分かりました。リリナネは何処に?」

「門の側だ。武運を祈る」早口に言い残し、駆けていった。


 行く手の暗闇の中に石の壁が聳えている。あそこまで行かなければならない、早く。



十.[壁上へ]


 広い道に出た。農地を貫く一本道。200メートルほど先に防壁があり、巨大な門がある。一番外側の壁にしては低い。それ故ここが狙われたのかも知れない。


 何本も綱が垂らされ、小鬼族が鈴なりにぶら下がっている。無数の矢が射かけられている。矢に当たり転がり落ちながらも、壁の上から続々と降りてきている。矢には灯火の術がかけられている。闇の中疾る無数の光。壁際の激戦区。矢を射る武人。降りてくる小鬼どもに槍突きたてる武人。既にこちら側にいる小鬼どもと斬り結ぶ武人。駆ける騎馬。仲間が何処にいるのか、全く分からない。


 気附くと周囲に黒い影が三つ。いつの間にか忍び寄っていた。うち一匹はすぐ側だった。


 敵が斧を振り上げた。余裕でかわせたが、敵が斧を振り下ろすまで待ち、紙一重でかわした。左足を引いて身を反らした。同時に斬馬刀を繰り出した。手の中で柄をすべらせ。


 斧振り抜いてがら空きになった胸板に切っ先が埋まった。しかし斬馬刀の重みで突き刺さっただけ。致命傷ではない。踏み込み、深々と鉾身を埋め、横に薙いで引き倒した。


 その背中に振り下ろされた二本の斧。しかし空を切った。


 移動呪で前方へ逃れたアオイは、再度移動呪を唱え、二匹の後方へ跳んだ。


 現れた時、鉾身は一匹の腹部を貫いていた。バタバタ暴れる敵を力任せに薙ぎ倒して、柄の尻、つまり石突きで残る一匹の顎打ち砕いた。


 口から血を流し斧取り落とした敵。再度石突きで突き、転がして、柄を握り直し心臓めがけ切っ先を突きおろした。かん高い悲鳴をあげて小鬼族は死んだ。


 一連の動作を躊躇なく行えたのは、人形遊びのおかげ。イメージしていた通りに身体を運んだ。


 しかしやはり、眉曇らせたアオイ。が、それも束の間。奇怪な吶喊の声、背後に湧いた。振り返ると、激戦区を抜けてきた小鬼の一団が迫っていた。


 キッと唇結んだ。斬馬刀廻して躍り込んだ。いや、飲み込まれた。


 群れの只中。斬馬刀振るう。その動きは功夫映画の棒術に近い。肩幅に開いた足、重心を体の芯に、少し腰を沈めた構え。斬馬刀の中央を握り寝かせて構え、石突き、刃の、別なく繰り出す。左右に突きを繰り出す、あるいは薙ぎ払う。


 時に移動呪で姿を消す。現れるや薙ぎ払う。間髪入れず側の敵に石突き喰らわせる。


 騎兵が一騎、加勢に駆けつけた。群れを割き、蹴散らし、左右に槍を振るう。胴服の柄で、さっきの武人オニマルサザキベだと分かった。後に続いて他の武人達もバラバラと駆けつけた。


 騎馬兵ということを差し引いても、オニマルサザキベの働きは群を抜いていた。しかし一匹の小鬼族が彼の乗る馬に斧を撃ち込んだ。


 跳ね上がり、倒れた馬。オニマルサザキベは地に転がった。起き上がろうとしたその身めがけ、斧振り上げた小鬼族一匹。しかし次の瞬間現れたアオイに背後から腹を貫かれた。


 キーキー喚く小鬼族を横に薙いで転がし、胸板に刃突き立てトドメを刺したアオイ。「大丈夫ですか」オニマルサザキベに手を差し伸べた。


 アオイの手を借り立ち上がったオニマルサザキベ、「ありがとう。貴殿のおかげで命拾いした」礼を言い、「幸いどこも怪我してないようだ」腕を回してみせた。


「馬から落ちて、ですか」


「落馬などしょっちゅうだ。いや、しょっちゅうは言い過ぎだが……、たまにはある。ちょっと肩を捻ったかな」笑った感じの声で言った。

 相変わらず鎖頭巾で顔は見えないが、声は若かった。同い年くらいかもと思った。


 オニマルサザキベは振り返り、周囲の武人らに言った。その時には小鬼族の一群あらかた退治し終えていた。

「伝令をっ。門を閉じる。小鬼族をこの区間に封じ込める」


 一人の武人が答えた。


「しかしサザキベ様、モモナリマソノ様とリケミチモリ様の到着がまだです」

「かまわぬ。来れば通せばいい。叔父貴はともかくリケミチモリ様は足がお悪い。到着は遅れるだろう。それまでは私が指揮官だ」

「分かりました」二人の武人がそう答えて、駆け出そうとしたその時。


 子供の悲鳴。


 皆一斉に目を向けた。小さな民家の戸口を数匹の小鬼族が打ち破ったところだった。悲鳴はその中から。

 駆け出した武人。アオイは移動呪で跳んだ。


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