第54話 チンケなヒトデの分際で!

「アラクネばあちゃん、そのテナって妹さん、きっと僕のばあちゃんだよ!」


陸人はアラクネを見据え、語気を強めた。


「実は僕、ここじゃない別の世界から来たんだ。アラクネばあちゃんの妹と同じように、朔の書の【今すぐココをクリック】を触っちゃったせいで。テナとテナ子って、名前も似てるし、年齢も一致するし、巻物がばあちゃんの家の床下から出て来たのが何よりの証拠だ」


陸人の衝撃の告白で、神殿内にはどよめきが起こっている。しかし意外にもアラクネは驚いていなかった。


「ふん…やはりそういうことじゃったか」


「え…?知ってたの?」


「朔の書を駆使できるのはギッフェル一族の血を引く者だけじゃからな。しかしそんなことなどどうでもよいわ」


アラクネは吐き捨てるように呟くと、陸人を押しのけて円卓の方へと歩み寄っていった。


「あ、待って…!」


阻止しようとしたが、間に合わなかった。


「精霊王よ、わしの願いを叶えてくれ!異界に飛ばされてしまった妹を、再びわしの元に返してくれ!」


ところがギャラクシアスは渋い表情を浮かべた。


「申し訳ございませんが、あなたの願いを聞き入れることはできません」


「な…なぜじゃ!」


「あなたには権利がないからです。権利があるのはデルタストーンを魔法陣に置いた者だけなのです」


「なんじゃとぉ!チンケなヒトデの分際で!」


アラクネは激怒し、両手に巨大な光の球を宿して陸人達にくるりと向き直った。


「お前達、わしの願い事をこのヒトデに言え!さもなくばこの“メテオライト・ボム”をぶちかましてくれようぞ!」


「おいおいおい…!なんかヤバそうだぞ、あの技!」


シメオンが数歩後退る。


「ああ、とてつもない魔力を感じる…」


オーガストもすっかりアラクネの貫禄に圧倒されている。


「うーむ…さすがラスボス。これはお手上げだな。言う通りにした方が賢明かもしれない」


「そんなの絶対駄目だよ!ばあちゃんは向こうの世界で幸せに暮らしてるんだから!」


「それなら良い解決方法があるわ」


声を落としてエレミアが提案する。


「精霊王に頼んで、今すぐあのおばあさんを冥土送りにすればいいのよ」


「そりゃあ名案だ」


「そうだな、我々の安全のためにもそれが一番良いだろう」


シメオンやオーガストが頷く一方で、陸人だけは反対の声を上げた。


「ちょっとみんな!いくらなんでもそれは酷いよ!一応アラクネばあちゃんは僕の血縁者なんだよ?」


「確かにそうね。それじゃ、できるだけ楽に死なせてあげましょう」


「ちょっ…そういう問題じゃないよっ!」


「ええい、早くせんか!」


アラクネがしびれを切らして陸人達を促す。


「はいはーい!ちょっと待ってくださーい!」


オーガストはアラクネに返事をしてから、声を低くして陸人にこっそり囁いた。


「陸人、先にお前の願い事を叶えてもらえ」


「え…?でも――――」


「心配するな。アラクネのことは俺達がどうにか説得する。まぁ、最悪の場合は精霊王に頼んで冥土送りにしてもらうかもしれんが…」


「ええ?!」


オーガストは陸人が返事をする隙も与えずに、背中を押して精霊王の前へと行かせた。


「二つ目の願い事は決まりましたか?」


「うん…」


陸人は一瞬黙りこみ、少し考え込んでから、息を大きく吸って一気に言った。


「僕を元の世界へ戻してもらいたいんだ。できたらここへ飛ばされる直前くらいの時間に戻してもらえると有難いな。きっと捜索願いとか出されてると思うし、色々言い訳するのも面倒だからさ…。それからついでに三つ目のお願いも言うね。そこにいるアラクネばあちゃんから魔力を全部奪って普通のおばあちゃんにしてあげて!」


「畏まりました。では同時に叶えます」


「はぁ!?何が“畏まりました”じゃ!そんなことをしようものなら今すぐこのメテオライト・ボムを―――――」


言い終わる前にアラクネの魔力はギャラクシアスに奪われてしまった。


そして陸人の体もこの世界から消えかけていた。


「今度こそ、本当にさよならだね」


最後は振り向かずにさよならしようと思っていたが、結局陸人は三人を振り返ってしまった。


「ったく…。貴重な最後の願い事まで使っちまいやがって…」


シメオンは呆れたように吐息をつき、「元気でな」と付け足した。


「まぁ、助かっただけでもよしとしましょう」


エレミアはにこやかに送り出してくれた。


「そうだな。本音を言えば億万長者になりたかったがな」


オーガストは苦笑混じりにこう続けた。


「伝説の魔法使いの秘宝を全て集めて精霊王まで呼び出したというのに、結局何も得た物がないなんてなぁ…」


「僕はちゃんと、宝物を見つけたよ」


陸人は気恥ずかしそうに言葉を継いだ。


「皆との冒険は、僕にとってはかけがえのない宝物だ」


「うむ…確かにそうだな」


四人は最後に微笑み合った。


そしてその直後、光に包まれながら陸人は消えた。

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