第36話 人間の方が被曝すると即死します

 ロティーは洞窟の前で立ち止まり、にっこり笑って陸人達に言った。


「ここが私達妖精の国へと繋がる入口です」


「えっ…?洞窟が入り口?なんかこう、カラフルで可愛い感じの扉から行くんじゃないの?ちょっとイメージと違うなぁ…」


「まぁ細かいことは気にせずについて来てください。ああ、その前に――――」


ロティーは肩に掛けているポシェットから可愛らしい花の首飾りを人数分取り出し、陸人達に手渡した。


「それを首に掛けてください」


「ふーん、花の首飾りか。なんかハワイに来た気分だなぁ。行ったことないけど」


陸人、オーガスト、エレミアはロティーの指示に従い首飾りを身に着けたが、シメオンだけは頑なに拒絶した。


「シメオンさん、あなたも早く首に掛けてください」


「断る。こんな物つけたら白銀の氷輪団第一部隊隊長としての威厳が激減するだろ」


だが、ロティーは断じて認めなかった。


「ちゃんとつけてくれないと困ります。あなたの命に関わることなんですよ」


「は?どういう意味だ、それ」


「妖精界は高濃度の放射線で溢れています。私達妖精族は強い耐性があるので問題ありませんが、人間の方が被曝すると即死します。ですがこの魔法の花の首飾りをつけていれば、有害な放射能から体を守ることができるんです。おわかりいただけましたか?」


「チッ…覚えてろよ!」


ようやくシメオンが首飾りを身に着け、一行は洞窟へと足を踏み入れた。


入口もそれなりに狭かったが、中の通路はもっと狭く、シメオンやオーガストは屈みながらでなければ進めないほどだった。


「おい、やっぱり俺達騙されてんじゃねーのか?」


最後尾のシメオンが声を低めて言う。


「こんな暗くて狭苦しいところじゃ剣も抜けない。襲われたら手も足も出ないぞ」


「はは…相変わらず心配性だな、マトン君。まぁ確かに今までの流れでいけば80%くらい騙されてる可能性はあると思うが…」


「おいっ!さっきと言ってることが違うぞ!思いっきり疑ってんじゃねーかよ!」


「まぁ、そう焦るな。いざとなったら俺の必殺魔法で…」


「やめろ、使うな。パーティーが全滅したらどうする」


「やれやれ、信用ないんだなぁ…」


 五十メートルほど岩床を直進すると、光の差す出口が見えてきた。


「みなさん、出口ですよ。この先が私達妖精の暮らす国です」


結局何も起こらないまま、無事洞窟を抜けることができた。


出口の先には、思わず瞠目してしまうほど美しい花畑が広がっていた。色とりどりの花畑の向こうには、銀色に光り輝く美しい川が流れている。


「うわぁ、すごい…!“ザ・妖精の国”って感じだね」


「うむ。実にファンシーでメルヘンチックな世界だ!これでもう疑う余地はないだろう」


「ふん…。ただ花と川があるだけだろ」


「まったくムードがないなぁ、君は。なぁ、エレミア?」


「ユリに菊に胡蝶蘭…お葬式に使う花ばかりね。あの川はもしかして…三途の川?」


「おいおい!縁起でもないことを言うんじゃない!」


ちょうどその時、どこからともなく明るいオルゴールのメロディーが流れてきた。


「あら、いけない」


ロティーがハッとしたように手を叩く。


「ねぇ、あのメロディー何?」


「お茶会の時間を知らせるメロディーです。どうぞ皆さんもいらしてください。きっとお友達も参加なさってると思いますよ」



 ロティーは陸人達を連れて花畑を越え、川を渡り、その先にある小高い丘へと足を進めた。


丘は鮮やかな緑の芝に覆われ、頂上には花でびっしりと覆われた可愛らしい城が聳え立っていた。城の前には巨大な長テーブルがいくつも設置されており、妖精達は午後のお茶を嗜みながら四方山話に花を咲かせている。


ワイト長官とその手下達は中央のテーブルで若い女妖精達から厚いもてなしを受け、鼻の下を伸ばしていた。陸人達と同様、全員首に花の首飾りを掛けている。


「やい、この盗人モヒカンアスパラガス長官!」


陸人の呼びかけに反応し、ワイト長官が勢いよく立ち上がる。


「な…なぜお前達が―――!いや、それよりもさっきはよくも我々を吹き飛ばしてくれたな!」


「あんたが卑怯な真似するからだろ。つーかさっさと石を返せよ!」


シメオンがワイト長官の胸ぐらに掴みかかる。


「喧嘩はおやめください!!!」


ロティーが金属音のような甲高い声を上げて二人を制した。


「あなた方の間にどんなドロドロした怨恨があるのかは存じませんが、私達の楽しいティータイムを邪魔することは許しません」


ロティーは両手を広げてワイト長官の前に立ち、陸人達に鋭い視線を向けて言い放った。


「あなた達にはこの方への接近を禁止します。わかりましたね?」


「は?ふざけるな!」


「ふざけていません。聞き入れていただけないのなら、その花の首飾りを今すぐこの場で燃してしまいますよ?」


「チッ…!」


シメオンは唇を噛みしめ、ワイト長官から距離を置いた。


「では、あなた達はあちらのテーブルへ」


ロティーは陸人達を端のテーブルへ案内した。


「おお!なんて美味しそうなんだ!」


三段のケーキスタンドを彩る宝石のような美しいスイーツを見て、オーガストが喉を鳴らす。


「マカロンにスフレ、ボンボンショコラ…おお、ドーナツもあるではないか!じゃあお言葉に甘えて、遠慮なく頂かせてもらおう!」


「お待ちください、オーガストさん」


ドーナツを掴んだオーガストの手を、ロティーがピシャリと叩いた。


「痛っっ!何をする、ロティー!」


「静かに。そろそろ女王様がご臨席なさいますから、両手を頭の上に乗せて大人しく待っていてください」


「頭の上?!膝じゃなくて?!」


「しっ!女王様がいらっしゃいますよ!」


ほどなくして城の正面扉が開き、中から長いドレスを身に纏った美しい女性が現れた。ロティーと同じタンポポ色の髪に、若草色の瞳だ。


女王は両手を広げ、愛想よく微笑みながら澄んだ声で挨拶を始めた。


「ごきげんよう、みなさん。そしてようこそ人間のお客様方。お初にお目に掛かります、わたくしは妖精族の女王ローズと申します。本日は我々妖精の国にお越しいただき、また、お茶会にもご参加いただき、誠にありがとうございます。お菓子もお茶も食べ放題、飲み放題ですので、どうぞご遠慮なく、心ゆくまでお楽しみください」


女王が深々と一礼し、オーガストは待ってましたとばかりにフォークを構えた。


「それじゃ、今度こそいただきま――――」


「ああ、それから――――」


思いがけず女王が顔を上げて再び話し始めたので、オーガストはフォークを持ったままずっこけてしまった。


「明日は年に一度の“お肉祭り”の開催日なんです。一族総出で盛大にお祝いしますので、人間の皆様も是非是非ご参加ください。ローストビーフにミートローフ、ステーキなど、美味しい肉料理をたくさんご用意してお待ちしておりますので」


それだけ言うと、女王はようやく中央の長テーブルの端に設置されたゴージャスな椅子へ着席し、皆に向かって食事を勧めた。


「“お肉祭り”…。なんと素晴らしい響きの祭りだ!」


さっそくドーナツにがっつきながら、オーガストが声を弾ませる。


「僕ら、本当に運がいいよね。そんな美味しそうなお祭りに参加させてもらえるなんて!肉ってやっぱA5ランクかな~」


陸人も若干興奮気味だ。


「おいおい、お前ら大事なことを忘れていやしないだろうな?」


シメオンは相変わらず仏頂面だ。


「俺達はあのモヒカン野郎から石を取り戻すためにここへ来たんだぞ?茶会や肉祭りに参加するためじゃない」


「隊長さん、あなたこそ大事なことをお忘れよ。私達には接近禁止命令が発せられているわ」


「そうそう。だから今は取り合えずお茶会を楽しもうよ。ん~!このマフィン激ウマ!チョコチップが良いアクセントだね!」


「おい…!」


「そう焦るな、マトン君。石はそのうち隙を見て取り返せばいいんだ」


「そのうちっていつだよ」


「そのうちはそのうちだ」


「ったく…。どいつもこいつも呑気なこと言いやがって…」



 およそ二時間半に渡るお茶会が終了した後、ロティーは陸人達を城内に案内し、一人一人に今夜泊まる部屋をあてがってくれた。


「シャワー、トイレ完備。歯ブラシ、フェイスタオル、バスタオルなど、必要な備品はだいたい揃っています。明日の朝食は一階食堂にて午前六時から十時まで提供されておりますので、各自ご自由にお召し上がりください。それから一応注意しておきますが、喩えお風呂に入る時も花の首飾りだけは絶対に外さないでくださいね。城の中にも放射線は溢れていますから。それでは質問がなければ私はこれで――――」


「ちょおっと待ったぁぁぁ!」


オーガストが慌ててロティーの服の袖を掴んだ。腰をかがめ、縋るような眼差しで彼女を見つめながら、おずおずと質問を投げかける。


「明日の朝食の話は聞いたが、今夜の夕飯の時間は聞いてないぞ?どこで何時に提供されているのかな?」


「え?」


何を言ってるんだと言わんばかりにロティーが眉を寄せる。


「夕飯なら、さっき召し上がったじゃないですか」


「は?召し上がってないぞ。さっき食べたのはスウィーツだ」


「ですから、それが夕食です」


「ええ?!そりゃないだろう!まだ夕方だぞ!」


「我々妖精族は朝夕一日二食のスタイルなんです。朝はパンとスープ、夕方はお茶とお菓子と決まっています。明日のお肉祭りでは夜通しご馳走食べ放題ですので、どうか今夜は我慢なさってください」


「くそ~!餓死してしまうではないか~!」


「するかよ、馬鹿。つーかさっきあんだけ菓子食って、よくまだ食べる余裕があるな。あんたの胃袋、穴でも開いてんじゃねーのか?」


「何を言うか!スウィーツは別腹だ!」


「なんだよ、“スウィーツ”って。“スイーツ”でいいだろ」


「よくない!“スウィーツ”の方が断然高級感があるではないか!」


「どうでもいい。俺はもう寝る。じゃーな」


シメオンは冷ややかに言い放ち、自分の部屋に入って行った。


「マトン君は何をそんなに怒っているんだ?」


「きっと甘い物があんまり好きじゃなかったんだよ。シメオンってどう見ても辛党っぽいし」


「いや、それはないと思うぞ。実は見てしまったんだ。彼が紅茶に角砂糖を10個も入れているところを…」


「10個?!それもう紅茶じゃなくて糖蜜じゃん!相当の甘党だね」


「そうとも限らないわよ。ただの味覚障害かも」


「う~ん…それもあり得るね。シメオンって目玉焼きにもソースと醤油ダブルでかけてそうな感じするし…」


「うむ、確かに。オムライスにはケチャップ一本使いきるタイプだな」


「そうね。めんつゆも原液のまま飲み物代わりに飲んでそうだわ」


バンと勢いよく扉が開き、シメオンが般若のような形相で顔を覗かせる。


「おい!聞こえてるぞ!誰が味覚障害だ、コラ!」


陸人達は慌てて自分達の部屋に散っていった。










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