第33話 残念だが、GPS機能はついていない

ゴーン…ゴーン…ゴーン――――


荘厳な鐘の音が鳴り響く。


陸人達は教会の真ん前に立っていた。


どうやら先ほど空中にいたメンバー全員が強制的にこの場所に転移させられたらしい。


突如どこからともなく現れた陸人達を見て、行き交う町の人々は尋常じゃないくらい驚いている。人間だけならともかく、ドラゴンや天馬達、河童化したオーガストもいるので尚更だ。


「なんなんだ、あいつら…?一体どこから沸いてきたんだ?」


「ドラゴンよ!早く逃げなきゃ!」


「魔法協会に通報しないと!」


陸人達はどよめく人々の間を縫うようにして抜け、人気ひとけのない広場までやってきた。


『騒ぎが大きくなる前に、私達は故郷に帰らせていただきますね』


天馬達は逃げるように空へと飛び立っていった。


「私もゴンスケを送還せねば…」


ワイス長官は懐からヒョウタンを取り出し、蓋を開けてドラゴンに命じた。


「戻れ、ゴンスケ!」


巨大なドラゴンは驚異の吸引力でヒョウタンの中へ入っていった。


「一体、何がどうなっているんだ?」


シメオンは陸人の手中にある巻物に視線を向けながら、


「おい、陸人。お前また巻き物を使って何かやったのか?」


「僕は何もやってないよ」


巻物はもう赤い光を放っておらず、通常通りだ。取り合えず陸人はジャン・ダッシュとコンタクトを取ってみた。


――――ねぇ、今のワープは一体なんなの?


ジャン・ダッシュは機械的な口調で答えた。


『朔の書に多大な負荷がかかったことによって生じたバグだろう』


――――バグって…。コンピューターでもあるまいし。


『細かい事はどうでもよい。おそらくバグが生じた原因は、良からぬ者が朔の書に触れたからだろうな』


――――良からぬ者って、あのアスパラガスのおじさんのこと?悪党が触るとバグが起きるってこと?


『いや、あの男がパルドラス一族の血を引く者だからだ。実を言うと奴の祖先は私の不倶戴天の敵でな…大事に取っておいたドーナツも、苦労して捕ったクワガタも、初恋の女の子も、すべてそいつに奪われたんだ』


――――そ…そうなんだ。お気の毒様。


『お前も油断するな。なんたってあの男は奴の子孫だ。知らぬ間に大事な物をくすねられているかもしれないぞ』


陸人はハッとして懐に手を当てた。いつもはある、あの硬い感触を感じられず、思わず表情が凍り付く。


「おい、どうした」


様子のおかしい陸人に気付き、シメオンが呼びかけた。


「い…石が――――巾着袋に入れてたデルタストーンが…」


「石がなんだよ?まさか失くしたとか言うんじゃないだろうな?」


「ごめん、そのまさか」


「は?!ざけんなよ、てめぇ!」


「ちょっと待って、もしかしたら――――」


陸人はいったんシメオンに背を向け、こそこそと腰をかがめて去ろうとしているワイス長官とその手下達に向かって声を張り上げた。


「ねぇ、ホワイトアスパラのおじさん!さっき逃げる時、どさくさに紛れて僕から何か盗まなかった?」


ワイス長官はピタリと静止し、チラっと陸人を振り向きながら、


「さぁな?俺は石の入った巾着袋なんて知らないぞ」


「「嘘つけ!」」


陸人とシメオンはワイス長官をつかまえようと手を伸ばした。


しかし――――


「くらえっ!“ウインドブラスト”!」


ワイス長官の繰り出した突風の魔法によって、陸人達は後方に吹き飛ばされ、尻餅をついた。


「大丈夫か、陸人!シメオン!」


オーガストとエレミアが駆け寄ってくる。


「僕らはなんとか大丈夫だけど、石が…」


「大丈夫だ。この敏腕魔法使い、オーガスト・ロウに任せておけ」


オーガストはワイス長官を猛追し、両手を前に突き出して呪文を唱えた。


「“風吹けコンコーン!!”」


その両手から猛風が吹き、ワイス長官達が天高く舞い上がる。風は長官達をどこまでも遠くへ運んで行き、やがて彼らは空の彼方へと消え、見えなくなってしまった。


「おい!遠くへ吹き飛ばしてどうすんだよ!」


「ははは…すまん、すまん。つい力が出過ぎてしまってな」


「は?!ふざけんじゃねーよ!なにが“敏腕魔法使い”だ!この“暴走魔法使い”!」


「そうだよ!しかも呪文超ダサいし!」


「まぁまぁ、落ち着け、二人共。怒っていても仕方がないだろう」


「そうよ。飛ばされた位置はわかっているんだし、そこへ探しに行けばいいだけよ」


「え?どこに飛ばされたかわかるの?」


「ええ。二時の方向よ」


「大雑把すぎだよ!っていうか、ここ何ていう町なんだろう?」


陸人は巻物を広げて地図を表示させた。


――――ねえ、ジャン・ダッシュ。現在地とか特定できないの?


『残念だが、GPS機能はついていないものでな』


――――ふーん。モバイル機器なのに肝心な機能はついてないんだね。


『…』


ふいに地図の上に影が差し、水掻きのついた緑色の手が陸人の肩の後ろから伸びてきた。


「ここはトライデント王国内陸部の町カンパナだ」


その指が、大陸の中心部を指さす。


「え…?」


陸人は目をパチクリさせた。


「おじさん、なんで知ってるの?もしかして、前にここに来たことあるとか?」


「いや…そういうわけじゃなくてだな…」


オーガストは少し面映ゆそうな表情で、


「ここは俺の故郷なんだ」


「えっ、そうなの?!じゃあ、おすすめのレストランとか連れてってよ」


「ああ、いいぞ。なんならこれから連れて行ってやろう。そろそろ昼飯時だからな」


「やったー!」


「おい!何さりげなく話をすり替えてんだよ!石はどうすんだよ、石は!」


「まぁ、そう焦るなマトン君。腹が減っては戦はできぬというではないか」


「そうそう。人間食べなきゃ生きていけないもんね」


「ったく…仕方ねぇな」


どうにかシメオンの了承を得て、一行はレストランへと向かうことになったのであった。






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